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お知らせ

・2022年末の告発をめぐる訴訟は、和解により解決済みです。レイプの訴えは裁判所より「原告の立証に隘路(困難、問題)がある」という判断もいただきました。詳しい説明はこちらをご覧ください→ →和解について →当方の主張

・ネットの誹謗中傷や誤報に対し、削除依頼や名誉毀損訴訟など対応を進めています。→名誉毀損訴訟について →ある裁判傍聴記の嘘 →削除依頼方針 →某誌への公開質問状

・ここ数年で考えたことを記事にまとめています。 →炎上はなぜつらいのか →東出くんのこと →会長のこと →『家を壊す』無料公開

誤報や誹謗中傷への削除依頼について(しんどい)

昨日、政経東北という雑誌に公開質問状を送りました。先ほど先方に到着したようです。「公開質問状なんておだやかじゃないなぁ、まだもめてるの?」と思うかもしれませんが、 そうではなくて、他はみんな削除依頼に応じてくれたのに、この月刊政経東北だけが削除依頼に応じてくれなかったので、なんで?と聞いている、ってことなんです。

ここ半月ほど、ニュースサイトや雑誌社、ネットメディアなど、数十件の削除依頼を送りました。だいぶ大変な量ですし、その都度やってもいない自分のレイプ記事を読むのは心がぐちゃぐちゃになります。大抵ひどいコメントもついています。でも、歯を食いしばって送ってみたら、大半のサイトは驚くほどすぐに、あっさり削除に応じてくれました。○○ニュースや○○スポーツといった報道系はもちろん、○○ちゃんねるや○○まとめなどネット系も含め。むしろ「○○速報」みたいなサイトの方が、対応が早く丁寧だったくらいです。

メールでも御礼しましたが、本当にどうもありがとうございます。もっとつらい、冷たい対応を予想していたので、「ちゃんと話せば伝わるんだ」とだいぶ心が軽くなりました。

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おそらく、ちゃんと理由を書いたのがよかったのだと思います。法的根拠ということです。ここは、専門家に詳しくアドバイスをいただき、きちんと法的に効力のある内容を、丁寧、かつ礼儀正しい文章にして送りました。

裁判においてレイプの訴えは退けられ、和解も成立したのに(詳しくはこちらの記事)、未だに古い情報を載せ続けているのは、以下の点から違法と言えます。一つは、真実性や公平性、中立性などの問題(片方の主張だけをとりあげること)。もう一つはプライバシーや忘れられる権利の問題(裁判が終わり和解もした以上、情報に公益性はありません)。もう一つはシンプルに名誉毀損や侮辱罪になるから、というもの(レイプ・セクハラの強要は事実ではありません)。

これらは、伝聞(~というふうに聞いた)やリポスト(リツイート)でも同じです。「リポストしただけ、内容が正しいと言ったわけじゃない」という言い訳は通用しない、SNSやブログの発信も罪に問われる……というのは、すでに最高裁判決として出ています。

参考:ベンナビ「リツイートで名誉毀損が成立した判例と犯罪になる理由を解説」

削除依頼をして応じてもらえなければ、所在がわかっている法人や個人については提訴、わからない場合は情報開示請求をして住所を特定したのち提訴、という流れになります。最近の法改正で、この手続きが大幅に簡略化されました。また名誉毀損や侮辱罪に関するガイドラインも出されたりして、今はもう「ネットだから、個人だから何を言ってもいい」という考えは許されなくなってきています。

参考:法務省「侮辱罪の事例集」

参考:法務省「インターネット上の人権侵害をなくしましょう」(SNS誹謗中傷への情報開示や削除依頼の手引きを含む)

まだ個人ブログやSNSには手をつけていませんが、上の法務省リンクにもある通り、侮辱罪と名誉毀損の適応範囲はかなり広いものです。お心あたりのある方は、今のうちに削除しておいていただけると大変たすかります。

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補足・政経東北の問題点について

詳しくは記事を読んでもらえたらと思いますが、月刊政経東北は、僕が何度も「裁判の中で説明していく」と言ったにもかかわらず、裁判記録をまったく見ずに記事を書き、発信していました。ああいえ、正確には、そのように見えます。

僕がずーっと「レイプはしてない」と言ってるのに、片側の主張だけを掲載し続けました。今、まだ公開されている記事の中でも、いちおう中立という態度をとりながら、偏った形で記録を引用したり、片方に味方する証言だけとりあげて、その逆は無視するような書き方をしています。「自分は公平に書いたつもり」と言っても、客観的に読んで真実・公平・中立性がなければ名誉毀損になります。

「裁判記録を読んでいませんでした」というのも言い訳にはなりません。僕が最初から裁判で語ると言ってる以上、報じる側にはそれを読む義務があります。せめて無理なら僕にメールか電話一本入れて、確認をとるくらいのことはできたはずです。よく文春とかが、記事の最後でやってますよね? 「電話をかけたが出なかった」、「質問状を送ったが期限内に返答はなかった」……、あれって、そういうことなんですよね。さすが文春。だてに危ない橋を渡りまくっていない。

参考:政経東北への公開質問状

僕の他に、誹謗中傷で苦しんでいる人へ

僕はこの通り、ひとまず自分で手続きをしています。頼む業者や弁護士事務所によりますが、一件につき安くて5~20万円、情報開示請求まで入れると確実に50万円以上はかかるので、とてもぜんぶは頼めないからです。

ただ、誹謗中傷コメントを探し、見つけ、読み、スクショし、PDFでも保存し、適切に引用しながら、相手へのメールを作る……というのはだいぶしんどいので、オススメしません。僕のように、相手が多い場合はどうしたらいいんだかわかりませんが(誰か教えてくれ)、相手がある程度限られている場合は、スッと専門家に頼んでしまうのが良いと思います。

でもその場合、お金のことが気になりますよね。たとえば情報開示請求に50万円かかった場合、その額は「調査費用」「損害」として、大抵の場合は相手方に請求できます。それとは別に、慰謝料として、ある程度深刻な誹謗中傷なら数十万円を請求できはずです。これなら特定費用も弁護士費用も回収できるので、深刻なケースの場合は迷わず人に頼んでしまうのがいいと思います。

もちろんすべて例外はあるので、詳しくは専門家にご相談ください。こういった相談だけでも受け付けてくれる事務所や窓口はあるし、上に貼った総務省のサイトにも電話相談窓口があります。また、今はAI(ChatGPTなど)に聞くだけでもかなり詳しく教えてくれます。最後はきちんと人間の専門家に相談した方がいいけれど、とりあえずの相談として、自分のケースをAIに投げてみると意外なことを教えてくれたりします。

ネットの中傷と戦うのは、見えない敵と殴り合っているようで、本当に疲弊します。くれぐれも、抱え込みすぎないように気をつけてください。何か僕にお手伝いできることがあれば、いつでもご連絡くださいマシュマロでもいいです。

政経東北への公開質問状

現在、私に関するネットニュースやSNS投稿について、名誉毀損や誤報、侮辱罪にあたるものについて、順次削除・訂正依頼をおこなっております。さいわい、多くのメディアやプラットフォームにはすみやかにご理解いただき、誠実なご対応をいただいております。この場を借りて、深く感謝申し上げます。

→裁判やその後の経緯についてはこちらの記事をご覧ください。レイプ・強制セクハラの疑いを裁判所は退けました

こうした状況の中、株式会社政経東北(以下、貴社)においては、裁判を通じて記事の問題点を繰り返し指摘してきたにもかかわらず、現在も当時の続編記事を無修正のまま掲載し続けておられます。

すでに当事者間では和解により民事裁判が終結しており、客観的な証拠や裁判記録に照らしても、真実相当性を欠く古い情報を公開し続ける貴社の姿勢には強い疑問を抱かざるを得ません。

よって、裁判所の判断を待つのではなく、報道機関としての見解を問うべく、以下の通り公開質問状を送付いたしました。

※なお、本状および引用記事には事件内容に関する具体的な描写が含まれます。閲覧される方はご注意ください。

公開質問状 政経東北御中

私は現在進行中の名誉毀損裁判において、貴社がレイプ・強制セクハラを事実であるかのように報じた過去の記事や、現在もまだ公開を続けている記事(https://www.seikeitohoku.com/sexual-victimizatio-2/)について、問題点を指摘してきました。しかし貴社からは誠実な対応が見受けられません。よって以下の通り質問し、公の場にて説明を求めます。

質問

1.貴社は、現在も、私によるレイプ行為があったとの認識でしょうか?

2.仮にそうではないという認識だとすると、本件の記事を公開しつづけている趣旨はなんでしょうか?

3.本件の記事によって、読者に何を伝えようとされていますか。

4.本件の証言部分の引用ですが、原告・O氏については主尋問部分(自身が依頼した弁護士との質疑)、
  私については反対尋問部分(O氏の弁護士による弾劾を目的とした質疑)を中心に引用しているのはなぜですか?
  かかる姿勢は、報道機関として中立的とお考えでしょうか?

5.O氏の「身内でさえ自分の部屋に入れるのが生理的に無理なぐらいの潔癖症」
  「私から自分の部屋に『来て』と言うことはない」という証言を紹介していますが、
  反対尋問で、劇団関係者の男性が部屋に来ていたことが明らかになっています。
  それについて言及していないのはなぜですか?

6.私は、和解の成立の前に、裁判の審理終了に伴って、貴社の小池航記者からコメントを求められて以下を送りました。

O氏の告発により双葉町での公演が急遽中止となったこと、尽力いただいた関係者の皆様および楽しみにされていたお客様には改めてお詫び申し上げます。

O氏は「レイプ」直後の証拠として、本誌23年2月号でも掲載された午前3時11分の友人宛LINEについて「(被害の)気持ちを吐き出したくなって、シャワーを浴びた後、谷が入って来ないようにドアを閉めたシャワールームから送った」と当初主張していましたが、GPS記録により私が現場に到着したのが同3時4分であったことが立証されると「レイプ前に送ったものだった」と主張を変遷させています。記憶違いで説明がつく話ではなく、虚偽を述べていることが裁判を通じて明白になったと考えます。

私が大内氏の胸を触ったことは事実であり、私に非がある点については謝罪します。しかしながら大内氏は自ら進んで私や他の者に「おっぱい触っていいよ」など言って回っていたことも裁判にて明らかにしました。実際の関係性をなかったことにして、レイプの虚偽申告も含め事実を歪曲し、公演を潰すための行動をとった点についてはその責を問いたいと考えています。

①進行中の訴訟での説明では、貴社が私の主張・証拠などの訴訟記録を確認された形跡は見当たりません。
 貴社は、訴訟記録をきちんと確認されて、本件の記事を記載されていますでしょうか?

②上記コメントでも説明していますが、O氏は「性交までされてしまったことが気持ち悪くてならず、シャワーを浴びた。
 入って来ないようドアを閉めたシャワールームからLINEを送付した」と印象的に描写していたのが、
 「LINEを送付したのが性交前だった」と証言を変遷させています。
 貴社は、これは、O氏の「単なる記憶違い」であったと、認識されていますか?

7.「東大駒場駅前付近で、後ろから羽交い絞めにされた」という証言を引用されていますが、
  これについても、GPSによって2時間近くずれが証明されています。
  O氏は、当初「自宅に帰宅するための終電はまだぎりぎりある時間ではないかと思われた」と述べた上で、
  強引にタクシーに乗せられたのが0時半であったと主張しています。
  これについても、O氏の「単なる記憶違い」であったと、認識されていますか?

8.私がアモキサンの副作用によって性的機能が不十分だったことについては、嘘の証言とお考えでしょうか?
  もしそうだとしたら、その根拠は何でしょうか?

9.本件の記事に先立つ「【谷賢一】地元紙がもてはやした双葉町移住劇作家の「裏の顔」【性被害】」と
  「女優・Oさんが語る性被害告発のその後の『谷賢一を止めるには裁判しかない』」を、
  何の説明もなく、公開を停止されたのはなぜですか?
  それらの内容が真実だと確信されているのであれば、公開し続けるべきではありませんか?

  逆に、確信できずに公開を停止されたのであれば、私の名誉を回復するためにも、
  その理由についてきちんと説明されるべきではありませんか?

回答期限および送付先

本質問状はウェブ上にて一般公開している他、郵送にて到着したことを確認しております。貴社からの回答についても、同様に公開させていただく予定です。あるいは貴社ウェブサイト上に回答を公開していただく形でも問題ありません。

回答期限は本日より2週間とさせていただきます。期限内に回答をいただけない場合は、その旨も公開させていただく予定です。私の訴訟が原告との和解で終了したにも関わらず、なおも本件記事のような形で私の人権を侵害し続けようとされるのであれば、貴社の覚悟と根拠について、誠意あるご回答をお待ちしております。

2026年4月27日 谷賢一
住所 書面にのみ記載
電話番号 書面にのみ記載
メールアドレス ken@playnote.net

「俺にはわかるよ」(僕を救ってくれた生徒会長の話)

前回は東出昌大くんのことを書いたけれど、告発直後、炎上とか殺害予告とか週刊誌の張り込みとかで家に帰れなくなっていたころ。同じように僕をかくまってくれた人がいた。

※個人情報保護のため、一部の設定をフェイクにしています。

仮にAくんと呼ぼう。学生時代の親友だが、もう15年以上会っていなかった。それが、突然電話をかけてきた。そしてわけ知り顔に、こう言うのだ。

「何も言うな。――わかるぜ。キミ今、大変だろう? うちへ来いよ。親戚が持ってる別荘なんだが、好きにしていい家がある。セーフ・ハウスってとこかな。泊まっていけよ」

そこはAくんの叔父さんが趣味の家として使っている一軒家だった。6LDKくらいある大きな家で、リビングには大量の観葉植物と、最高級のステレオセットが置いてあった。そこで、元外務省の官僚だったというAくんの叔父さんは、ワーグナーのレコードを聴きながら歴史小説を読むらしい。キッチンもバスも最新式で、寝室にはクイーンサイズのベッドが2つも置いてある。2階の書斎には本がずらりと並び、ヨーロッパの玩具や骨董品、焼き物なんかが置いてある。本気のエリートの家だ。

AI生成によるイメージです

僕がだいぶ面食らい、一度は断ろうとすると、彼は途中で言葉を遮ってこう言った。

「やめろよ、水臭い。――なら、こうしよう。僕らはキミに、観葉植物の水やりを頼んだ。キミは毎日、水やりをする。その代わり、この家を好きに使っていい。フェアな話だろ?」

「見ての通り、コンポはだいぶいい。本も揃ってる。どれも好きにしていい」

「あと、そうだ。地域猫が通りかかることがある。気が向いたらエサをやってくれ」

本棚には真面目な歴史書やビジネス書の他に、課長島耕作とかサラリーマン金太郎も揃っていた。せっかくの機会だ。最高級のステレオでワーグナーを聴きながら、レイテ沖海戦の記録を読んだり、ビジネスパーソンの交渉術について学ぶのも悪くない。とても有意義じゃないか。

でも実際にはずっと、リビングのソファで安いパックの日本酒を飲みながら、ずっとお笑いの番組を見ていた。何か本を読んでいても、正義とか信頼とか、チームワークとかが話題になるたびに、胸がぎゅっと潰れて苦しくなる。島耕作なんか恐ろしくて読めない。それで空気階段とかとろサーモンとかウエストランドとか、毒気のあるお笑いばかり見ていた。

寝るときもそのままソファで寝落ちして、クイーンサイズのベッドは1度も使わなかった。

朝と夕方だけ、霧吹きスプレーを持って家中を周り、観葉植物にシュッシュと水をかけた。猫にエサもあげた。他に有意義なことは何一つできなかった。でも、水やりと猫のエサやりは、一度も忘れなかった。それが逆に、自分が生きていることの唯一の証のようにもなっていた。

○ ○ ○

彼との出会いのことを思い出す。もともとはただのクラスメイトで、そんなに交流もなかったのだが、彼が生徒会選挙に立候補するとき突然「キミも出ろ」と口説かれた。

そしてそれは、途方もなく身勝手な提案だった。

「俺が会長をやる。キミは副会長をやれ。キミは人相は悪いし、人気もないが、頭は切れる。ナンバー2が向いているタイプだ。わかるんだ」

「キミが俺をサポートしろ。そしたら、俺たちは最強だ」

とんでもない言い草だ。でもとても嬉しかったのを覚えている。なぜなら僕は、当時ちょっとまずいことになっていたのだ。

僕はそのころ、学校新聞にある投書をして大問題になっていた。一人、あまりにもやる気のないひどい教師がいて、授業はダラダラと教科書を朗読するだけ。いつも汚いジャージを着て、「お前」「おい」「バカだからわからないか」など、暴言を連発していた。

僕がそのことを問題にして、「生徒と交流する気がないなら授業の必要はない」「学校は授業内容を改革せよ」などと投書をしたら、……こういうときによくあることだが、問題の教師にはまったく響かず、逆に若い英語の先生がショックを受けて泣き出してしまった。そして学校中を巻き込む大激論がはじまった。

「授業に文句を言う前にやれることがあるのでは」「新聞に投書なんかせず直接話し合え」「言ってることは賛成。でも言い方がキツい」「学年新聞は楽しいもの。議論はやめて!」などなど、賛否両論ではあったが、僕への批判の方が圧倒的に多かったように思う。

そんな、学校中から叩かれてる真っ最中だ。「選挙になんか出ても受かるわけないよ」と断った。

しかし彼は、こう言った。

「口には出せないっていうだけで、キミのこと『よく言った』って思ってるヤツは多いんだぜ。自分が叩かれたくないのと、教師の目が怖いから言えないだけで。――でも投票になれば、ギリギリ勝てる。俺にはわかる」

自分を信じてくれる人がたった一人でもいるのと、いないのとでは、世界はまったく違う。まったく違うんだ。

そして僕は、生徒会選挙に出た。開票結果は、すさまじい数字だった。

信任:51% 不信任:49%

ここまで嫌われていたか! でも受かった! 複雑な胸中だったが、結果を見て、Aくんは当然のようにこう言った。

「言ったろ、ギリ勝てるって。俺にはわかるんだ」

ちなみにその選挙では投票率も異常に高く、ほぼ100%。普通ならあまり誰も興味を持たない生徒会選挙に、学校中が異常な関心を示していた。そんな中、Aくんは圧倒的な支持率で生徒会長の座についた。そして僕のような問題児をナンバー2として従えている。

そう、実はこの選挙の本当の勝者は、彼だったのだ。こうして最強の生徒会がスタートした。

○ ○ ○

僕と彼は、そういう関係だった。別荘に泊めてもらいながら一晩だけゆっくり飲んだけど、特に訴訟や告発の話はしていない。彼が勝手に「わかるよ。キミみたいな人気商売で、男女がいれば、いろんなことがある。言わなくていい」と切り上げてしまった。「いやレイプはもちろん、そもそも男女の関係もなくってね……」と言おうとしたけど、やめた(※裁判結果についてはこちらの記事をご覧ください)。

そして大企業から大企業へとヘッドハンティングされながら、日本と海外を渡り歩いている彼の話を面白く聞き続けた。……でも、今思うとあれも、彼なりの気づかいだったのかもしれない。裁判とか告発の話になれば、どうしたってつらい気持ちになる。だから僕を黙らせて、ぺらぺら身の上話をしてくれていたのかもしれない。「俺にはわかるよ」と言って……。

○ ○ ○

この話には後日談がある。別荘を出て、一年半後くらい。

当時僕は演劇とは関係ない分野で作品を発表し、メシが食えるようになっていた。ただしまだ裁判は終わっていなかったので、荒らしや炎上が舞い込んでこないよう、名前を変えて発表していた。絶対に誰にも気づかれないよう、プロフィールや文体まで変えていた。

ところがある日、AくんからLINEが届いた。

「これ知ってるだろ? 最高だった」

そこには僕の、別名義での作品へのリンクが貼ってあった。知ってるも何も、それを作ったのは僕だ! ……誰にも言っちゃいけない、誰も信用しちゃいけないと心に誓ったけど、心が揺れた。彼にだけは、言ってもいいかもしれない。彼にだけは、言いたい。

僕は耐え切れず、「それ作ったの、実は僕」と打ち明けた。送信ボタンを押すとき、手が震えた。

すると彼は、さして驚いた風でもなく、あっさりこう返してきた。

「だろうと思った。俺にはわかるよ」

さすが僕の会長さまだ。なお今でも僕の別名義を知って、応援してくれているのは彼しかいない。でも、たった一人でもいてくれば、人は戦えるし、生きていける。

立派な仕事じゃなくてもいい。観葉植物に水をやり、猫にエサをあげることだって。あのときのおかげで生きている。

僕を救ってくれた東出昌大くんのこと

例の告発のあと。僕が「レイプは嘘だ」「やっていない」と叫んでも信じてもらえず、ネット炎上と週刊誌に追い回されて家に帰れなくなったとき(※詳しい説明はこちら。レイプの訴えは裁判所が退けました)。わざわざ連絡をくれて、僕を救ってくれた人が何人かいる。

そのうちの一人が、俳優の東出昌大くんだ。

彼とは2021年に舞台『人類史』でご一緒していた。でもコロナ禍で飲みにも行けず、休憩中の雑談もできない空気だったから、そこまで親しかったわけじゃない。

『人類史』(2020年、KAAT)

なのに、突然電話が来た。

「谷さん、大丈夫ですか? うち来ます?」

「山奥だし、誰も来ないと思うので。好きなだけ泊まっていってください」

僕は翌朝、ネットで買った探知機で、車に発振器が仕掛けられていないことを確認し、周囲に誰もいないことを確認した。そして明け方、朝日の昇る前、北関東の山奥へ向けて出発した。

○ ○ ○

僕のいた双葉町から数時間進み、幹線道路を抜けて、山へ分け入る。ガタガタの山道を30分ほど登っていくと、それはあった。家とは呼べない。掘っ立て小屋か、ホームレスの拠点か。古い納屋からビニールシートを張り出して屋根にして、その下に炊事場がこしらえてある。家具も柱もボロボロ。ただし掃除はしてあるようだった。

そんな中、壁にかけてある毛皮だけが妙に立派だった。ゴミの中、つやつやと光って、王者のような風格を漂わせている。

「それは僕が、初めて撃った鹿の毛皮です。自分でさばいて、知り合いの猟師さんになめしてもらって、敷物にしました」

マサくん――僕たちは彼のことをそう呼んでいた――は舞台上のようなハッキリした滑舌で鹿撃ちのエピソードを話しながら、手元では正確に肉と野菜をさばき、僕の晩ごはんを作ってくれていた。

鍋は拾って磨いたもの。燃料は裏山で拾ってきた柴。油や調味料は村の人がわけてくれるから、1円もかかっていないらしい。僕は桃太郎のおじいさん以外で、裏山に柴刈りに行ってる人を初めて見た。

今ではひろゆきさんとのアフリカ旅や猟師生活がYouTubeでバズったりして新たな人気を獲得しているが、当時はまだ山にこもって間もない頃だった。僕は、いつもおしゃれで柔和だったマサくんと、眼の前の無精髭の猟師のイメージをすり合わせるのに、だいぶ時間がかかった。

当時の彼と僕(あえて小さい画像で)

彼が作ってくれた鹿肉カレーを食べながら、僕は考えていた。さて、どう説明したものか。「あの告発は嘘」、「そもそも肉体関係すらないんだよ」、「あの日のアリバイはある、これこれこういう証拠もあって……」など、説明の順序を考えていると、彼は言った。

彼は、ものすごく意外なことを言ったのだ。

「谷さん。……谷さんは、いい演技って、どういうことだと考えていますか?」

僕は、あっけにとられてしまった。いい演技とは何か? 「どう思う」ではない、「どう考えていますか?」。それは真剣な質問だとすぐにわかった。

そのころ僕は、犯罪者扱いされることに慣れすぎていて、「ホントは?」「ここだけの話、何があったんです?」など、詮索されるだろうと身構えていた。ところが彼は、演技論を聞いてきた!

僕はあわてて答えをひねり出した。……俳優の技術というのは確かにあるが、あるレベル以上になると、その人の生き様が演技に出る、だからその質問は「どう生きるか」という質問と同じだ、つまり……みたいなことを。突然犯罪者じゃなくて演劇人として扱われて、ドギマギしてしまっていたのだ。

僕のたどたどしい説明を、彼はふむふむとうなずきながら真剣に聞いた。そして、またこう尋ねた。

「よくわかります。それを表現するとき、映像と演劇ではどう違うと考えていますか?」

僕が1つ答えると、彼は次々質問した。あるいは、自分の考えを述べた。

「僕もそれは考えたことがあります。僕が思うに、俳優というのは……」

「谷さんは映画も好きなのに、映像をやらず、演劇だけをやるのには何か理由があるんですか?」

「そこです! そこが僕の、今の関心事なんです。ちなみに谷さんは、欧米と日本で演劇を観てきて、俳優のあり方の違いについて……」

終始そんなトーンで、その晩は一晩中、演技や映画・演劇論を交わしていた。僕の訴訟とか身の上話は、一切しなかった。

後日そのことについて尋ねたら、彼は当たり前のように、こう答えた。

「谷さんの身に何が起きたのか、僕にはわかるわけないので」

けろりとして、「当然でしょう」、みたいな様子。じゃあなんで呼んでくれたの?と僕が尋ねると、彼はこう答えた。

「少しだけネットを見ました。それで、『これは死ぬな』と思って

……何でも彼も、以前、死にたくなってよく山道を歩いたらしい。それでギリギリ、死ぬのを踏みとどまった。そしてそのときのご縁がきっかけとなって、今、猟師をやっている。

だから彼は、僕の訴訟に関する事情は何も知らない。ただ一週間くらい、寝る場所を貸してくれただけだ。こう念入りに書いておかないと、彼にまで「谷をかばったな」「セカンドレイプだ」という人が出てきかねない。僕のプライベートは僕が処理することだし、彼のプライベートは彼が処理する。それだけのことだ。

彼は僕を、ただ昔の仕事仲間として扱ってくれた。だけど、それをしてくれた人は、当時は彼だけだった。あるいは今もかもしれないが。

ついさっきも僕が電話で、「あのときのことを書くつもりだから、原稿チェックしてくれる?」と尋ねたら、「いいです、ノーチェックで。谷さんにお任せします」と言って笑っていた。そういう人なのだ。

逆に僕も、彼のプライベートについてはほとんど聞いていない。いや、正確には、聞いているけれどここには書かない。誰が大事な友だちとのことを、校内放送で喋ると言うんだ?

○ ○ ○

翌朝、早起きして2人で鹿を撃ちに行った。真冬の1月、朝4時、ガタガタ震えながらヘッドランプをつけて、山中に分け入る。地元の猟師しか通れない大きな鉄扉の鍵を開けて、林道の奥へ進んでいく。2人ともオレンジ色の派手なベストを着ている。一番危険なのは、離れ離れになったとき、仲間に誤射されることだからだ。

しばらく進むと、彼は突然立ち止まり、僕の方を振り返った。そして声をひそめて言った。

「こんな風に、つま先立ち気味で歩いてください」

「重心を下げて。足音を立てないように」

「鹿の気持ち。鹿の気持ちです」

僕は身長185cmで、彼は189cmだ。これだけの巨人2人が「鹿の気持ち、鹿の気持ち」と言いながら、つま先立ちで、真っ暗な山奥を歩いている。だいぶやばい光景である。君と違って僕は俳優じゃない。「鹿の気持ち」とかムリだよ!?

結局、鹿はとれなかった。一度だけ弾丸が直撃したが逃げられて、ひどい傾斜の山を2人で追い回したが、ダメだった。それからも何度か一緒に鹿撃ちに出たけど、取り逃がし、でも彼はけろっとしていた。

「こんなもんです」

「一週間に一匹も撃てたら、食べ切れないくらいの肉がとれます。これで普通です」

それはすっかり、猟師の顔に見えた。

そして夜な夜な、晩ごはんを食べながら演技論の話を続けた。そんな中、彼は僕にこう漏らしたことがある。

「谷さん。僕、実はね、いい俳優になりたくて、猟師をやっているんです

冗談を言う顔ではなかった。

「僕は、高校生のときにモデルでデビューして、チヤホヤされて、大きな役をたくさんやらせてもらいました。とてもありがたいことです。でもそれが、自分の実力に見合っていないこともわかりました。それがいつも、悔しかった。どれもいい役なのに、僕はきっと、完璧にはやりきれなかった……」

「僕は映画が好きなので、いい俳優をたくさん知っています。でもたとえば、三船敏郎さんのような演技は、今の僕には絶対にできない。それが悔しい」

「こうして山で猟師をしていると、本当にいい顔をしたおっちゃんたちにたくさん会います。猟師や農家を何十年もやってきた人たちの方が、僕なんかよりよっぽどいい顔をしている。よっぽど。僕も、ああなりたい。それで今、猟師をしている。……僕は今は、俳優の仕事はほとんどありません。でもいずれ、いい仕事をしたい。そのときのために、猟師をやりつつ、俳優の修行をしているんです」

「初日の夜、演技と“生きること”について話しましたよね? すごくよくわかります。僕はまず、よく生きることから始めないといけない。だからこうしている。遠回りかもしれないけれど、いい俳優になりたいと思って、やっているんです」

僕は芸能界や演劇界できらびやかな活躍をしているスターたちが、実はその裏で、ものすごい苦悩を抱えている……というケースをたくさん見てきた。ジャニーズだとか、宝塚だとか、あまりにも華々しいがゆえに、逆に孤独を感じている人がたくさんいる。東出昌大もまた、そういう一人だった。

それに気づいたマサくんは賢い。これまでは朴訥で無邪気な、屈託のないイケメンで仕事ができたが、これから重みのある中年や老年を演じたいと思ったときに、何かが足りない。そう考えて、都会を離れて山にこもった。荒唐無稽に見えて、実は正しい。彼は決して器用なタイプの俳優ではないから、ますます人柄や生き方が問われてくる。そこも自覚しているのだ。

恐ろしい執念だと思わないか? いや、これが俳優なのだ。演じるということに、取り憑かれた人々。

FRaU the Earthより いい顔をするようになった

○ ○ ○

1週間ほど滞在して、僕はおいとました。昼間は別々に過ごしてたから、一緒にいたのは晩ごはんと鹿撃ちのときだけだ。でも彼があのとき声をかけてくれたおかげで、僕は今、生きていると思っている。

さっき久々に電話して、その御礼を言った。

「近々また遊びに行くよ。あのときは本当に、君のおかげで……」

結構しっかり感謝を伝えたつもりだが、彼はアハハハと笑ってこうとだけ言った。

「アハハハ! いえ全然。いつでも! いつ来ます? 僕の予定は……」

そう、彼は実は、僕も含め、他人にあんまり興味がない。それも気持ちがいいなと思っている。

未上演戯曲『家を壊す』他・短編、無料公開

2022年末に上演中止された戯曲『家を壊す』他・短編5点を、無料公開します。以下、自由にダウンロードできます。どれも私の作品ですが、上演や出版に関するあらゆる権利を放棄します。ご自由にお楽しみください。

戯曲

『家を壊す』 1時間ほどの短編戯曲。5場、出演者4人

リーディング上演用短編小説

『高校の校庭』 短編小説、2ページ

『子供の声』 短編小説、2ページ

『朝』 短編小説、1ページ

『住民懇談会』 短編小説、4ページ

『この町のいいところ』 短編小説、1ページ

ㅤ→戯曲+短編5本まとめてダウンロード!

解説

これらの作品は、2022年末、福島で上演する予定でした。

当時僕は、原発事故による強制退避で人口ゼロになってしまった町、福島県双葉町に移住し、町に密着した作品を書いていました。双葉町は、岸田國士戯曲賞・鶴屋南北戯曲賞をダブル受賞した『福島3部作』の舞台となった町です。これらはすべて、現地住民の方に聞かせてもらったエピソードを元に作られた、ドキュメンタリー的な演劇作品です。このあとも、双葉町に住みながら、こういった作品を発表し続けていく予定でした。

「話題作を上演して、お客さんを双葉に呼ぼう!」「演劇で福島を盛り上げよう!」という僕の呼びかけに、「ぜひ協力したい」として集まってくれた、士気の高い、仲のいいメンバーで準備していました。キャストもスタッフも、みんな、福島を応援したいという思いを持っていました。

またこれは、福島県とも協力して進めていたアーティスト・イン・レジデンス事業のプロトタイプでもありました。みんなで一軒家に泊まって共同生活し、稽古や食事を一緒にしながら、地元住民とも交流していました。上演するだけでなく、双葉の声や実態を、演者たちにも知ってもらいたかったからです。

みんな、人の消えた町の光景に言葉を失いながらも、「よし、ここを演劇で盛り上げよう!」と、双葉に泊まり、頑張ってくれていました。イスラエルやイギリスの著名な振付家や劇作家、劇団チョコレートケーキなどの参加が内定していました。

めちゃくちゃ、めちゃくちゃ面白い企みだったと思います。当時、双葉はまだ人口80人とかでしたが、そこで世界最先端の演劇が観れる。海外のアーティストやバイヤーも注目していました。今、Fukushimaは、TokyoやKyotoと同じか、それ以上に有名です。僕が恐る恐るオファーの連絡をすると、海外のアーティストもみんな原発事故に心を痛めていて、「ぜひ現地を応援したい」と言って参加を快諾してくれていました。僕の残りの人生は、その架け橋に使うつもりでした。

僕がこれらの作品を無料公開するのは、そこに理由があります。これらの作品は、当時の福島で上演するために生み出された作品です。どれも面白いですが、今、東京で上演しても価値はありません。これらは当時、福島で上演されるべきだった。再演の可能性もないので、ここに無料公開します。

ゲネプロ(最終リハーサル)を終えたタイミングで、例のレイプ告発があり、上演は中止されました。告発は本番初日の前日を狙って、一斉にネットやSNSで発表し、関係各社やマスコミに一斉FAXを送るという念の入れようでした。僕を訴えるのはともかく、公演を巻き添えにするやり方は今も許せません。演劇を愛する者には、とてもできない行いだと思います。

後にレイプの訴えは、裁判所も「原告の訴えには隘路がある(ムリがある)」として退けましたが(→参照)、公演は中止になったままです。キャスト・スタッフ、そして双葉町の皆様に、本当に申し訳がありません。

今、ここにこうして作品を公開するのは、せめて誰かに読んでもらえたら……というだけの理由です。どれも、だいぶ面白いと思うので(笑)、読んで楽しんでもらえたら幸いです。

さっきちょっと読み返したら、結構、ユーモアのある作品が多いんですよね。双葉は悲劇の町でしたが、僕はあそこを、悲しい町、破滅の町としてではなく、楽しくてカッコいい演劇が観れる町にしたくて、いろいろ準備していました。だから悲しい話ばかりじゃなくて、どの作品にもユーモアがあるんだと思います。3年半ぶりに読み返して、そんなことを感じました。

そのことはまた改めて、ブログに書こうと思います。

作品解説

ちょっとだけ、解説させてください。アンダーラインの引いてあるところをクリックすると、本文が読めます。PDFでダウンロード可能です。

『家を壊す』 短編戯曲、1時間ほど。5場面、出演者4人

当時、双葉町は家屋の建て壊しラッシュでした。震災から11年経って、残った家はどれもボロボロ。法律の都合で、今壊せば助成金が降りる。でも住み慣れた家はどうしても壊しづらい……。そこで、みんな悩んでいたんですね。しかもみんな、震災と原発事故のせいで、別の町で生活をはじめていた頃でした。

家を壊すかどうするか……というのは、当時の双葉町の最大のメイントピックだったんです。

この戯曲は、どうしても元の家に帰りたいお父さんと、もう別に仕事や生活のある家族が、家に帰るか、どうするか。家を壊すか、どうするか。話す話でした。

物語のラストはベケットの『ゴドーを待ちながら』のパロディです。市川しんぺーさん演じるお父さんが、「絶対に妻は帰って来る!」と信じて待っている。南果歩さん演じるお母さんが、本当に来るのか、来ないのか?というところで、だいぶギャグをやっていますが、不条理演劇とはこういうものです。『ゴドー』も、あれは喜劇ですからね。その哀愁が、素晴らしかった。

市川しんぺーさんの、ユーモラスだけれど哀愁のある演技。素晴らしかったです。本当にみなさんに、お見せしたかった。冒頭でしんぺーさんが、たった一人、10年ぶりに家に帰って、家族の座る椅子の位置を決める、セリフのないシーンがあるのですが、僕は稽古で毎回そこを見る度に、このシーンだけで泣いていました。しんぺーさんの表情や息遣いから、家族の姿が、見えたんです。そういう演技を、してくれていました。

他のキャストたちも、佐藤みゆきちゃんはじめ、福島に思い入れのある人たちばかりでした。僕が起因となって、上演中止になってしまったことを、あらためて深くお詫びしたいと思います。本当に、観てほしかったよね。僕はこれ、本当に好きな作品だったよ。全ステージ、満席完売だったようだしね。みんなに、苦しい、嫌な思い出として、記憶に残してしまったことが、心から申し訳ないです。みんな、大好きでした。どうも本当にありがとう。

『高校の校庭』 短編小説、2ページ

当時、双葉町のガイドツアーをしていた男性から聞いた、町の記憶の話です。南果歩さんがとてもこの作品を気に入っていて、本番ではリーディングしてくれる予定でした。東電、青春、野球部の思い出、アトム寿司……。原発事故の爪痕がわかります。これも現地で聞くと、ひとしおですが、想像するだけでもだいぶぐっとくると思います。

『子供の声』 短編小説、2ページ

僕と新聞記者さんと、それぞれの子供の間でかわされた、死ぬほどくだらないエピソードです。11年半、この町には、子供の声がしなかった。やっと子供の声がした。しかし、その子供の声は……。しょうもない話ですが(笑)、これが、人が生きているということなんだと思います。最近では、双葉にも小学校ができたそうです。すごい!

『朝』 短編小説、1ページ

当時僕は双葉に住んでいて、本当に誰もいないんです。コンビニすらない。駅にも一人も人がいないんです。でも毎朝、台本が書けなくて、散歩してると出会うおばあちゃんがいたんですね。そのことを書いた、一番短い短編です。町に1つだけの音。

『住民懇談会』 短編小説、4ページ

当時僕は、政府とか内閣府の人たちとも繋がりがあって、いろんな話を聞かせてもらってました。町帰還のための住民懇談会が、いかにカオスで、悲痛で、複雑か。同じ町の人たちどうしで、こんなに揉めていたの? 上の3つと違って、だいぶビターでシリアスな話です。こういう話を聞かせてもらえたのは作家としてありがたかったですが、発表できなかったのは残念です。

『この町のいいところ』 短編小説、1ページ

これはどうしてもやりかたった短編ですね。ジッタリンジンの「あなたが私にくれたもの♪」じゃありませんが、町のいいところをただカウントしていくだけの短編です。すべて現地住民の生の声を採録したものでした。

これを、福島に集まって、みんなで聞く。それは、すさまじい体験だったろうと思います。ゲネプロで果歩さんがこれを読んでくれて、僕は、泣いていました。

僕はしんぺーさんとは初めてだったし、みゆきちゃんとも久々でしたけれども、本当に素晴らしい演技をしてくれていました。家久来さんとか、久留飛くん、東谷なんかの、熱意のある芝居も多くの方に見せたかった。

ㅤ順序が入れ違いましたが、前回や前々回に予告していた内容は、次回以降に書く予定です。本当に、これらの作品が、双葉の地で、上演できなかったことを悔しく思います。『福島3部作』以上の、素晴らしい上演成果になっていただろうと思います。

炎上するとはどういう気持ちか、なぜこんなにつらいのか

何も知らない人のために、1から書きます。

私は、演劇の作・演出家をしていましたが、2022年末、ある女性から「レイプされた」と訴えられ、すべての仕事をキャンセルされました。2年に渡る裁判の結果、裁判所は「女性の訴えには隘路(ムリ)がある」と言って、レイプなどの訴えを退けました。(詳しくはこちらをご覧ください。→裁判の結果について

しかし、未だに私の名誉は回復されていません。キャンセルされた仕事は、戻ってきません。それどころか、まだ私をレイプ魔として誹謗中傷する書き込みがたくさん残っており、被害をこうむり続けています。これまで「ある事情」からネットはほぼ見ていなかったのですが、これからはこういった名誉毀損と徹底的に戦っていく覚悟を決めました。

「ある事情」については、少し長くなってしまいます。ネット炎上にあうのは、どういう気持ちか? なぜ私が声を上げられずにいたのか? なぜ人は、「たかが」ネットリンチで自殺まで考えてしまうのか……。私なりに、自分の体験として理解したことを、書こうと思います。

告発直後と、谷原章介さんのこと

告発の直後、Xは数千RTされ、ワイドショーやネットニュース、週刊誌にも載りました。大炎上でした。

意外にも、テレビやラジオなど大手メディアは抑制的な報道で、「演出家レイプ告発」「ただし本人は否定」とバランスをとっていました。しかし、ネットは批判一色です。

スマホの通知音は鳴り止まず、DMやコメントが次々届きます。罵倒、中傷、殺害予告……。家の周りに週刊誌の記者が潜伏し、友人に居場所を売られたりもしました。家族を危険にさらすわけにはいきませんから、家には帰らず、仙台、埼玉、北関東など、友人の家にかくまってもらっていました。年末年始は毛布にくるまり、一人で過ごしました。

忘れられないエピソードがあります。後で知ったことですが、朝の帯番組で司会をやっていた俳優の谷原章介さんが、私のニュースが出たときに、「本当なら大変なことだが、以前、舞台でご一緒したときにそういう様子には見えなかった」……というようなことを言ってくださったんだそうです(伝聞なので、内容は正確ではありません)。これだけのコメントですが、当時は「セカンドレイプだ」「犯罪者擁護」と言って、ネットでめちゃくちゃに叩かれたんだそうです。

谷原さんは、そんなにおかしなことを言っているでしょうか? 別に「原告が嘘をついている」などと言ったわけじゃない。「自分が会ったときは普通だった」と言っただけです。これだけで、セカンドレイプと言って叩かれる。もちろんレイプは重大な犯罪ですし、告発者は守られなければなりません。しかし、訴えられた側の男性にとっても、すべての仕事を一瞬で失うほど重大な事件です。「普通だった」と言っただけでこれだけ叩かれるわけですから、誰も擁護の声をあげられず、権利は守られません。私の場合、たまたまGPS記録が残っていたので戦えましたが、そうでなければそのままレイプ犯として裁かれていたでしょう。

谷原さんとは、以前『チョコレートドーナツ』という作品でご一緒しました。でも私が稽古場でお話したのは2・3度だけです。脚本家はそんなにしょっちゅう、稽古場にいないんですね。たまに来て、見学して帰るだけだから、基本「ぼっち」なんです。

そんなとき、いつも気を使って声をかけてくれたのが谷原さんでした。すごいセリフ量だったので、ご自分の役の準備だけで大変だったはずですが、ぼっちの私に、いつもわざわざ、声をかけてくれていたんです。

しかし、本当にそれだけです。飲みに行ったことはおろか、話し込んだことさえありません。かばう義理など一切ないのに、ああいうコメントをしてくれた。あの一言が、当時の私をどれほど救ったか。

『チョコレートドーナツ』で谷原さんが演じていたのは、差別や偏見の逆風を受けながら、難しい弁護を引き受ける弁護士ポールという役でした。私の目にはあらためて、谷原さんとポールが重なって見えていました。よく読むと、別に谷原さんのコメントも、私を無理に擁護などしていない、「普通でした」というだけなのですが、それでも勇気のいる発言です。

なんでもない、たった一言の言葉が人を救うことがあります。本当にどうもありがとうございました。と同時に、ご迷惑をおかけしたことを深くお詫びします。

谷の味方をしたヤツは殺せ

その後もネットは批判一色でした。批判というより、「死ね」、「きもい」、「頭おかしい」、「強姦しそうな顔してる」など、中傷や攻撃の嵐でした。

当時私は、実は周囲に、記者会見をやりたいと言っていました。あるいはネットに記事を上げ、反論や証拠を提示したいと。しかし、多くの人から「やめておけ」、「火に油を注ぐだけだ」と反対されました。

ある若い俳優からは、「谷さん、お願いだから、やめてください。お願いだから……」と、涙を流して止められました。私のことを心配してくれていたのもありますが、それだけではありません。「谷と一緒に仕事をしていたな」と言って、彼も、厳しい目線を向けられていたのです。彼は、少し前の現場で演出家のパワハラに遭い深く傷ついていたのですが、たまたま私がオーディションで出会い、キャスティングした人です。「やっと演劇が楽しくなった」と言ってくれて、ほとんど毎日一緒にいたのですが、今度は「あの悪魔の仲間だな」「レイプ魔の味方をするのか」と言って、攻撃対象にされてしまったのです。

他にも、「私は谷さんを信じているんだけど……。ごめんなさい」と言って、私を批判するツイートをしたと報告してくれた人もいました。これは、当時の演劇界を知らない人にはわからない空気かもしれません。「ハラスメントに反対します」という態度を取り、言葉にしないと、叩かれるのです。

「私はアンチ谷です」、「原告の側に立ちます」と表明しないと、それだけで批判されたり、仕事を失います。沈黙すら罪と見なされ、こんな言葉が、知らない匿名アカウントから矢のように飛んできます。

「あなたはどうなんですか? なぜ批判コメントを出さないんですか?」
「レイプ魔の肩を持つんですか? 擁護するんですか?」
「もしかして、あなたも加担していたんですか?」

これは、当時の空気を知っていた演劇人ならよくわかるでしょう。あるいは、今も続いている空気かもしれません。

別の俳優は、私のことを批判しなかったせいで、仕事を降ろされました。これは大事なことなので、もう一度書きます。別の俳優は、私のことを批判しなかったせいで、仕事を降ろされました。「私を擁護したから」、ではありません。「批判しなかったから」、役を降ろされました。

彼は裁判で証人にも立ってくれて、原告の主張が実際と違うことをいくつも証言してくれました。そういった事情は、当時、客演や外部スタッフも含め、多くの人が知っていたはずですが、言えば魔女狩りの列に並ぶことになります。なかなか公には発言できません。彼もネットでは沈黙を守っていたのですが、しかし、「批判コメントを出さなかった」という理由で、仕事を干されてしまったのです。

当時、彼は私の心の支えでした。誰とも会わなくなってからも、ときどき彼とだけは会っていました。しかし、約一年後に会ったとき、「いまだに批判コメントを出していない」という理由で、さらにもう一つ仕事を干されたと聞きました。あまりにも申し訳がなくて、それ以来、彼とは会っていません。

私はともかく、彼は、なぜ仕事を奪われなければならなかったのでしょうか。誰か、きちんと答えられる人はいませんか? 全員で火をつけて、間違いだったとわかったあとでも、ほっかむりして逃げただけで、みんなで知らんぷりしている。こんなこと、本当にあっていいんでしょうか?

さっきの若い俳優も、女優さんも、仕事を干された彼も、もう会っていません。私が関わること自体が迷惑になるし、俳優にとって、準備していた役を干されるのは耐え難い苦痛です。いくら謝罪しても、申し訳がなさすぎて、合わす顔がありません。

こうして私は、数少ない仲間とも会えなくなりました。そして、ネットでの発言をやめ、誰とも会わなくなりました。

ネットリンチがなぜつらいのか

私は学生時代から、体罰教師とケンカしたりして、だいぶ鼻っ柱の強い方でした。演劇界に入ってからも、俳優の先輩に怒鳴られ続けたり、超大手芸能事務所の某プロデューサーから嘘みたいに陰湿なパワハラを受けたりしても戦える、強い性格でした。だいぶタフな方だと思います。むしろパワハラばかりの演劇界でめげずに戦い続けられたから、自分程度の才能でもやっていけていたのかもしれません。

しかし、ネット炎上はつらかった。

「ネットなんか見なきゃいいだけ」という人もいます。でも、そうじゃない。この感覚は、体験した人にしかわからないかもしれません。

ケンカや口論は、ルールのある勝負、いわばボクシングに似ています。痛いし苦しいけれど、相手は正面からぶつかってきます。こちらもいつでも降参、ギブアップもできる。

ネット炎上は、ぜんぜん違う。一番近い感覚は、いじめでした。

私も幼稚園のときに、お弁当の袋をトイレに捨てられたり、高校生の頃、クラス中から一年間無視されたりしたことがあります。ああいうときに、朝、クラスへ入っていくときのつらさは、たまりません。みじめで、こわくて、情けなくって、たかが学校という狭い世界の出来事なのに、世界中から嫌われているような気持ちになります。「気にしなきゃいい」「言いたい人には言わせておけ」なんて言って、やり過ごせるものではありません。

大勢に囲まれて、罵声を浴びせられる。言い返そうと思っても相手はもういなかったり、「冗談だろ?」「何、マジになってんの」と笑われたりする。言い返したら余計に叩かれる。先生に相談しても、「イジメられるお前にも悪いところがあったんじゃないか」なんて言われたりする。

一つ一つの悪口は、大したものじゃありません。「最悪」「死ねよ」「もう学校に来るな」……この場合「もう演劇界に来るな」ですが、幼稚な言葉ばかりです。でもこれが、たまらなくつらい。なぜか。

後に、ネット炎上や自殺事件について調べている最中、こんな説明に行き当たりました。

人間(ホモ・サピエンス)は何十万年も、数十人から多くて150人までの集団で、狩猟採集をしながら暮してきた。サピエンスは、実は力も脳の大きさもネアンデルタール人より劣っていたが、物語を共有することで、多くの人とチームワークが組めた。これが、サピエンスの強さの源だった。

この辺の記述は、劇作家として胸踊りました。物語が、集団を強くする。『サピエンス全史』などでも触れられてる考えですね。

しかし、大事なのはここからです。

だからサピエンスは、集団内での地位にひどく敏感になった。いくら力が強くても、頭が良くても、集団から追い出されたら生きていけない。『あいつは戦いから逃げた』、『獲物を盗んだ』、『人の妻に手を出した、不倫した』と悪い噂を立てられることは、そのまま生死に直結する。

だから人間は、人の噂や、社会の中での立ち位置をひどく気にするようになった。人の噂や、社会の中での立ち位置を気にする個体しか、生き延びてこれなかった

そして今、人類は、150人ではなく、ネットで何百万人もの噂話にさらされるようになった。

驚くほどスッと、理解できました。私は、炎上のさなか、悪口や中傷に傷ついていたのではなかった。「お前は社会の敵だ」、「この集団の害悪だ」と言われたこと、社会の中での評価や名誉を傷つけられ、「ここにいるな」と言われたことが、つらくてたまらなかった。

ネット炎上の最中は、生きているだけでずっといじめられているような、毎日お弁当の袋をトイレに捨てられ続けるような、ざわざわした気持ちでした。また何か悪いことが起こるんじゃないかと思って、何をしていてもずっと不安になります。全員から嫌われているような気がして、誰とも連絡がとれません。言い返せばもっと叩かれるし、言い返さなければ「なんで黙ってるんだ」と言って叩かれる……。

私も自殺を考えました。そこで、過去のさまざまなネットリンチや炎上事件、自殺された方の記録を読みあさりました(心からご冥福をお祈りします)。私が調べた限り、多くの方にこの感覚は共通しているように思います。一人一人の悪口がしんどいんじゃない。自分が、この社会にいてはいけない、いない方がいい存在なんだと思ったとき、心が崩れる。だからネットリンチはつらいんです。

以後私は、心療内科でだいぶ強い薬を出してもらい、ネットを見るのをやめました。「死ぬな」と思ったからです。SNSアプリもすべて削除しました。それでも、いつも心がザワザワするのです。

――見ていない隙に、また大変なことが書かれているんじゃないか? 見た方がいいんじゃないか? やっぱり……。

解決策は一つだけで、それは、私が、私であることをやめることでした。ファッションも髪型もすべて変えて、本名を使うことをやめました。スマホやPCからもログアウトし、パスワードも変えてしまいました。知り合いには誰にも会いません。こうすると、「谷賢一」と呼ばれることはありません。実際、2年くらい、裁判の関係者を除いては、誰も私の本名を呼ぶ人はいませんでした。

子供には「パパ、パパ」と呼ばれますが、これはまぁ、パパであって谷賢一ではないので全然気にならないというか、むしろ大きな癒やしになりました。毎日一緒に計算ドリルをやったり、ドラえもんの映画を見たりしていました。子供だけは、私が「谷賢一」だからではなく、私が私だから一緒にいてくれる、唯一の存在でした。

ハムレットが苦しんだもの

おかげで私は、はじめて読んでから30年以上経って、『ハムレット』のあの有名なセリフの意味が、ようやくすとんと腑に落ちました。なるほど、彼は、こういうことを言っていたんだね。

To be, or not to be, that is the question:    生きるべきか、死ぬべきか。それが問題だ。
Whether’tis nobler in the mind to suffer    どちらか立派な精神だろう?
The slings and arrows of outrageous fortune, 狂った運命の矢や弾を受け続け、耐え忍ぶか。
Or to take arms against a sea of troubles   武器を取り、困難の海と戦い、
And by opposing end them.         すべてを終わらせるか。

(シェイクスピア『ハムレット』3幕1場より)

ハムレットは、暗殺や謀略もこなす頭脳を持っています。いざとなれば堂々と決闘し、死をもいとわない勇気もあります。

しかし、ハムレットはここで、迷っています。1)不名誉のそしり、飛んでくる矢と弾(slings and arrows)を受け、耐え続けるか、2)思いきって武器を取り、戦い、命を散らすか。どちらが りっぱな精神(nobler mind)か、考えていたんですね。死も決闘を恐れないハムレットにとっても、不名誉の矢弾を受け続けることは、耐えがたい苦痛だったんです。

ここまで考えると、一行目が誤訳である意味もよくわかりますね。「生きるべきか、死ぬべきか」というのは有名な訳ですが、実は著名なシェイクスピア翻訳者が誰も採用していない誤訳なのです。ハムレットは「このままでいいのか(to be)、いけないのか(not to be)」を悩んでいるだけ。生きるか死ぬかは、悩んでいない。

死ぬ気ならこの男は、いつでも死ねるのです。そこは、問題(question)ではない。ハムレットにとって死よりも苦しかったのは、恥辱や汚名の矢弾を受け続けることだった……。

何たる解像度! シェイクスピアもSNSをやっていたのかもしれません。

○ ○ ○

たびたび言っている通り、裁判は和解しています。レイプやセクハラの強要は強く否定しましたが、私にもふだんの素行や言動に反省すべき点があったことを認め、率直にお詫びしました。原告に対するわだかまりは、一切ありません。

しかし、未だに消えない虚偽のレッテル張りや、続いている名誉毀損、 法律以上に行き過ぎた社会的制裁を、受け入れることはできません。しかもそれが、「人の噂も七十五日」という昔と違って、今はデジタルタトゥーとして永遠に残ります。矢弾を耐え続けることはやめ、武器を取り、困難の海と戦う決意をしました。

まず先日、いくつかのネットニュースや掲示板に削除依頼をしました。ほとんどのサイトがすぐ削除に応じてくれました。これから個人のSNSなども連絡する予定です。キャンセルされた仕事は戻ってきませんが、法治国家である日本において、本当に公演や作品をキャンセルするやり方が正しいのか、問うていきたいと思います。またネットリンチや誹謗中傷の類は、一切これを許さず、根絶する方法はないか、考えていきたいと思います。

次の記事では、この炎上期間に起きていたもう一つの事件について書く予定です。あるいはずっと気になっていた、私とは別の炎上事件について、私の視点から掘り下げた記事を書こうかと思います。

だいぶ長くなってしまいました。長々読んでいただき、ありがとうございます。Xのアカウントの方には、匿名で質問できる窓口(マシュマロ)を設置してあります。ご質問、ご意見、ご感想などあれば、ぜひお寄せ下さい。

ある裁判傍聴記の嘘 公式裁判記録との比較から

これはネットに公開されている、ある裁判傍聴記に関する訂正です。その中で私は、「謝ることはない」と言って開き直る、冷血漢として描かれています。この記事だけをネットで読んで、すっかり信じてしまっている人もたくさんいると思います。

そこでこれを、本当の裁判記録――裁判所の作成した筆記記録――と突き合わせて、どんな間違いがあるのか、立証してみようという試みです1

おそらく多くの方は、「裁判の傍聴記というくらいだから、客観的なものだろう」と思っていると思います。しかし、実は記録も文学と同じで、基本的にはフィクション(創作)です。キリトリ方と編集で、事実と真逆のことさえ言えてしまう。

もちろん、この論理で言えば私の書くことも疑ってかかるべきです。ぜひ裁判記録の全文をご覧ください。一部はこの文章内で引用していますが、全文は東京地方裁判所へ行けば誰でも閲覧できます(令和4年(ワ)第29876号)。また、私の主張部分に限って、近日中にここで公開することも検討しています。

最後に。この文章の目的は、事実の訂正だけです。M氏個人に対する攻撃や批判の意図は一切ありません2。また、原告・O氏との間には和解が済んでおり、一切のわだかまりはありません。詳しくは、和解のお知らせの記事をご覧ください。

○ ○ ○

長くなるので、論点を3つにしぼりました。なお、読みやすさのために、一部原文に読点や改行などを足しています。ご了承ください。

論点1.「AVの世界なのか?」

M氏は、尋問の中で私がしゃべり過ぎ、言わなくてもいいことや、でたらめな釈明をしたと主張しています。

たとえば、こんな記述が出てきます。M氏の傍聴記から引用します。

(原告・O氏が、稽古場で自ら胸を押し当てていたこと。「当ててんのよ」「減るもんじゃなし」という、当時はやりのネットミーム・ジョークを男女問わずいろんな人に言っていた……という説明を聞いて)

「この世にそんな卑猥な女性がいるのか……!?
 いたらすごいなあ!? AVの世界なのか!?」


という人物像の設定だと思って、少し笑いそうにもなりました

(M氏の傍聴記より)

テンパった私があり得ない説明をした、作り話だ……という論調ですね。

しかし、これには証人がいます。男性だけでなく女性もいるし、劇団の外部の人もいます。証人の1人は、劇団外の女性スタッフです。正式な証言として裁判所に提出されており、今も閲覧可能です。

原告の当初の主張は、私が「権力をかさにきて」、「『役をおろすぞ』とちらつかせながら」無理やり胸を触った……というようなものでしたから、この部分は重要な争点です。この点をくつがえすために、私と弁護人や、証人に立ってくれた皆様がどれほど努力したか。笑って済ませて良いものではありません。

そして、M氏は、そのことを知っていたはずなのです。それを、あえてすっとぼけて、「AVじゃあるまいし」とまとめている。

なぜならこの点は、当日、尋問の中でも触れられていたからです。証人の証言について質問されて、原告も「言ったかもしれない」と答えています3。M氏はそこを、あえて切り落としています。

また、私はこの尋問の中で、上に書いたような経緯(原告の方から「当ててんのよ」「減るもんじゃなし」というフリがあった)があったとはいえ、「それでも不適切だった」という反省の弁もハッキリ述べています。

公式の裁判記録から引用します。

「今振り返ると、いくら当人とのある種の合意があったとしても、周囲の人間への影響とか、演劇界のことを考えたときには不適切だった」

「控えるべきだったと思っています」

「(原告の提案があったこととはいえ)今思えば本当に不適切なので、やめたいと思いますし、後悔しています」

(尋問記録p7、抜粋筆者)

M氏は、これらの点にも一切触れていません。ただ「AVのようだ、あり得ない」といって、私がでたらめな釈明をしたかのように描いています。

論点2.向精神薬に関する証言

2つ目の点は、より重要です。私は裁判で、このように述べていました。

  • 当時、うつ病の治療薬として「アモキサン」という薬を服用しており、その副作用で性欲減退(勃起不全)があった
  • だからレイプはもちろん、普通の性交渉もできなかった

その点について、相手方弁護士から質問がありました。M氏の記述を引用します。

弁護士「ここの副作用の欄になんと書いていますか?」
谷さん「…性欲亢進」
弁護士「尋問は以上です」

のやり取りは、「スカッとジャパンでなのでは?」というくらいにスッキリしました

(M氏の傍聴記より)

「なにが勃起不全だ。性欲亢進とも書いてあるじゃないか。はい論破!」

「一本あり! 弁護士の鋭い質問で、被告のウソが明らかになった!」

というような意味でしょう。しかし、これも違います。

というか、この誤解は精神の病に苦しむ多くの人への偏見を助長します。どうしても訂正させていただきたいし、多くの人に、知ってもらいたい問題です。

精神の薬には本当に様々な副作用があり、人によって現れ方がまったく違います。「尿が増える」と一緒に「尿が減る」と書いてあったり、「眠くなる」と一緒に「覚醒・興奮する」と書いてあったり、正反対の副作用が書いてある薬もざらにあります。

たとえば、私の服用していたアモキサンはどうでしょうか。これだけの副作用が書かれています。

便秘、 眠気、 不眠、口渇、めまい、頭痛、発疹、血圧降下、動悸、振戦、パーキンソン症状
痙攣、精神錯乱、悪性症候群、Syndromemalin、無動緘黙、強度筋強剛、嚥下困難、頻脈、血圧変動、発汗、発熱、白血球増加、血清CK上昇、ミオグロビン尿、腎機能低下、幻覚、せん妄、無顆粒球症、白血球減少、血液障害、咽頭痛、インフルエンザ様症状、麻痺性イレウス、腸管麻痺、食欲不振、悪心、嘔吐、著しい便秘、腹部膨満、腹部弛緩、腸内容物うっ滞、遅発性ジスキネジア、口周部不随意運動、不随意運動、中毒性表皮壊死融解症、Toxic Epidermal Necrolysis、TEN、皮膚粘膜眼症候群、Stevens−Johnson症候群、急性汎発性発疹性膿疱症、肝機能障害、黄疸、著しいAST上昇、著しいALT上昇、著しいγ−GTP上昇
躁転、頭重、構音障害、運動失調、耳鳴、焦躁、不安、四肢知覚異常、知覚異常、アカシジア、静坐不能、錐体外路症状、排尿困難、視調節障害、過敏症、顔浮腫、舌部浮腫、紅斑、そう痒、下痢、胃部不快感、味覚異常、口内炎、倦怠感、脱力感、性欲減退、頻尿、性欲亢進、顔面違和感、身体違和感、四肢冷感、頸痛、血圧上昇、不整脈、心ブロック、心発作、興奮、抗コリン作用、乏尿、鼻閉、眼内圧亢進、口内不快感、胃痛、腹痛、月経異常、高プロラクチン血症、乳汁漏出、女性化乳房、脱毛、性機能障害

(日経メディカル https://medical.nikkeibp.co.jp/inc/all/drugdic/prd/11/1179001M3022.html)

これらすべての副作用が出たら、どうなるでしょうか。人間は死んでしまいます。

どの副作用が出るかは体質次第です。だから、専門医が毎週、様子を見ながら処方を調整していくんです。薬の説明に書いてあったからと言って、誰しもが性欲増進するわけではありません。

私の場合、薬の副作用による勃起不全については、医師にも家族にも相談していました。親しい友人にも話したことがあると思います。恥ずかしいことではないからです。

だから弁護士の方に「性欲亢進とも書かれていますね」と聞かれて「はい」と答えました。しかし、それを根拠に、患者の病状を決めつけたり、勘ぐったりする行為は、これは精神の病を抱える人への偏見を助長することにもなりかねません。

よくある例として、「うつ病の人は~~だから」なんて言葉が世間に広まっていますが、あれだって全員に当てはまるものはありません。人によってはこの偏見のせいで就職を拒まれた、仕事を外されたなどの例がいくらでもあります。この病気だからこう、この薬を飲んでるからこうという決めつけは、絶対にしてはいけません。

とはいえM氏も、知識がなかったのなら、仕方のない勘違いです。まったく責めるつもりはありません。しかし、訂正だけはしていただきたいと思います。

余談ですが、なぜそれほど副作用の強い薬を私が飲んでいたのかと言えば、それが私にはもっとも効き目があったからです。世の中には私と同様、副作用に耐えながら、薬を飲んで仕事や学校に通っている人が大勢います。今では日本人の約7%、15人に1人がメンタルクリニックにかかっているというデータもあります。私はこの強い薬を飲み、毎晩がぶがぶ酒を飲みながら、小田島雄志・翻訳戯曲賞も、岸田國士戯曲賞も、鶴屋南北戯曲賞もとりました。

論点3.「謝ることはないです」

これが、もっとも重要な論点になります。

裁判の後半、M氏は私が、「謝ることはないです」と言ったと書いています。
そして反省の色の見えない、冷酷な人間として描いています。

本当はどうだったでしょうか? 裁判記録をもとにご説明します。

まず私は、GPS記録や薬の副作用、LINE会話記録の矛盾などを証拠にあげて、「レイプはなかった」と主張していました。また上述の証言などにもある通り、セクハラの強要も否定していました。

しかし、私にも悪いところはあります。もちろんあります。性格の悪さ、酒癖の悪さ、創作の過程で言葉が過ぎたり、気がついたら演出家などという、実は別にえらくもなんともないのだが、権威のようなものをまとってる裸の王様になっていて、人を傷つけたこともあったでしょう。例の「当ててんのよ」については、上にも書いた通り「深く反省しています」と述べましたが、他にも自分が、無自覚に人を傷つけていないか、謙虚に耳を傾け、反省していかなければなりません。

そのことは、尋問でも述べています。以下、裁判記録からの引用です。

……そしてさっきうまく伝わらなかった気もしますけれども、その、
原告との関係においても、自分が悪かったと、
話を聞いてみたら、ここは自分が謝るべきだったというところが、
まだこの先見つかったら、それはもう心をしっかり傾けて、
指をついてすまかなったって言わなきゃいけないという気持ちはもちろんあります。

ただ、

(尋問記録、p38)

しかしここで、原告の弁護士が割り込みました。そしてこう聞かれました。

(原告代理人)ごめんなさい、今の時点では原告に対して謝んなきゃいけないことはないとお考えですか。
(私)ないです。

(尋問記録、p38)

これが、「ないです」という言葉が出た、本当の流れです。

わかるでしょうか? この流れで「謝ることは?」と聞かれたら、「ないです」と答えるほかありません。「あります」と言ったら、レイプを認めることになってしまいます。

この点については、後ほど裁判長からも確認されました。先ほどの「ない」の意味について、どう思っているのかと。私はあらためて、「自分にも反省すべき点はあるし、謝りたい」、しかし「世間に流されたレイプやセクハラは明らかな嘘」、「撤回してほしい」と述べています。

(裁判の尋問記録より)

私は、やっていないことはやっていないという、当たり前のことを主張しているだけです。やっていないことについては、謝れません。

M氏のブログはこれらの文脈や反省の言葉をすべて無視して、「謝ることはない」というところだけ書いています。典型的なキリトリです。そして最後に、こう締めくくっています。

いまだに谷さんは何が悪かったのかわかっていないのではないでしょうか。
この世は地獄です。最悪です。

2行目にだけは、同意します。

最後に

この傍聴記を、だいぶ多くの方が読みました。重大な名誉毀損に当たるものと考えます。詳しくは後日述べますが、こういったSNSなどの書き込みのせいで、私や、私の周囲の人たちは、今も実害を受け続けています。レイプとセクハラの訴えを裁判所が認めなかったにも関わらず(→「和解のお知らせ」参照)、未だにレイプ魔と攻撃してくる人もいます。現在、そういった書き込みへの対処を進めています。削除依頼をするとともに、悪質なものについては名誉毀損や侮辱罪などでの法的対応も検討していきます。

とは言え、M氏が原告に味方したい、応援したいという正義感から、このように書いたんだろうということは、よくわかります。「あいつはレイプ魔だ」と思っていれば、これくらいのことは言ってもおかしくありません(ただしその訴えは、裁判所により退けられました)。記事の削除、ないし訂正さえしていただければ、私は十分です。謝罪すら必要ありません4

しかしこのような正義感こそが、もっとも恐ろしいものです。何より恐ろしいのはこれらの間違いが、1年3か月、誰からの訂正も入らずにネットに出回っているということです。おそらく「だいぶ違うな」と気づいていた人はいるのでしょうが、とても声に出せなかったのだと思います。そのことについては、次回書きます。

最後に、M氏はこう書いています。

谷さんは裁判終了後にやりたいことの一つとして「芸能界にまつわるキャンセルカルチャーの撲滅」を掲げていました。この言葉を聞いたとき、私はこの人が野に放たれるのが心底怖い、と思いました。

(M氏の傍聴記より)

正しいMeToo、必要な告発はあるし、弱者が声を上げられる社会であってほしいと私も思います。しかし、日本は法治国家です。裁判記録を誰も読まず、ネットの文章だけをつまみ読みして噂が広まり、社会的制裁が確定する。私はそういう世相が、心底怖い。

私が戦いたいと言っているのは、そういうものです。キャンセルカルチャーというより、ネットリンチや私刑社会と言った方がいいかもしれません。

次回は、なぜ私が今頃こんなことに触れだしたのか、書きたいと思います。それを読めば、ネットリンチに遭うとははどういうことか、炎上するとはどういうことか、お伝えできるのではないかと思っています。

この記事を読んだ方へ、最後のお願いです。ぜひ、この記事を周囲の方へ、広めていただけないでしょうか。必ずしも記事の内容に賛成・賛同していなくても構いません。私にとっての名誉回復は、読んでもらうことです。読んだ上で、おのおのご判断いただければと思います。

  1. 裁判は公開が原則であり、記録も誰でも閲覧可能です。プライバシー等への配慮があれば、公開自体には問題がないことを確認した上で引用しています。 ↩︎
  2. M氏のnoteはこちらです:めげないなかない
    私の記述が正しいことを確認するためだけにご覧ください。個人攻撃や中傷などは、控えていただければと思います。 ↩︎
  3. すこし読みづらいのですが、以下、公式の裁判記録から引用します。被告代理人というのが私の弁護士です。
    (被告代理人)甲34号証の陳述書3枚目でなんですけど、こう証言されています。原告が、「減るもんじゃないし触りたきゃ、ちょっとだけならどうぞ」と話していたのを聞いたと言っています。これは事実ですか。
    (原告)記憶にはないんですが、もしそういったようなことを言ってたと。
    (被告代理人)では記憶にはないということは、事実としてあったかもしれないということ、事実の可能性は否定できないということでしょうか。
    (原告)はい。 ↩︎
  4. これらの尋問を経て、裁判所は「原告の主張には隘路(ムリ)がある」として、レイプなどは認めませんでした。これでもまだ私に対し、「認定はしなかったが、なかったとも言ってない。本当にレイプしていたかもしれない」と言ってくる人がいます。これは、明らかな名誉毀損です。正確には民事と刑事で少し事情が違いますが、「推定無罪」という言葉を思い出してもらいたいと思います。
    その他、くわしい裁判の経緯は、こちらのページをご覧ください:お知らせ ↩︎

凧を上げてやろうと思ったが、失敗した。何度やってもくるくる回って落ちてしまう。スマホで調べ、糸やオモリのバランスを変えてみたが、うまくいかない。ええいこれでは親の威厳が……と思って振り返ったら、子供は思う存分ゲーム機をやれて満足そうだ。

まぁいい。凧揚げなんて学ばずとも生きていける。

「昼めしは何がいい」と聞くと、あいかわらず「ラーメン」と答える。「よしここは一つ珍しいものを食わせてやろう」と思い立ち、ちょっと立派な中華料理屋に連れて行った。これはアヒル、これはサメ、これはすごく辛いやつ……と説明して、「さぁ何がいい、好きなものを選べ」と言ったら「ラーメン」と言われた。

まぁいい。俺も結局ラーメンが一番好きだ。

電車に揺られていると、「宇宙は膨張しているんだよ。誰が見に行ったの?」と訊いてくる。これこそ俺の得意分野!――いいか息子、貴様もゲームをしていると、「予想」をするだろう。「敵がレーダーから消えた! さっきまでこう動いてたから、この辺にいるはずだ」。そうやって見えないところを見るだろう。それと同じだ。えらい学者さんたちは、見えないくらい遠くの星や宇宙の動きを、見に行ったんじゃない。予想しているんだ。お前の嫌いな算数を勉強しまくると、見えないものの動きが見えるように……。という説明の途中で、もうYouTubeを見ていた。

まぁいい。学問は素晴らしいが、もっと素晴らしいことも、世の中にはたくさんある。

親が子供に教えられることなんて、何もないのかもしれない。僕も親父から学んだことは、そういうこまごましたことではなかったはずだ。

じゃあ何か?と言うと、大変てれくさいが、「お前が好きだ」ということだったと思う。仕事に夢中で、3日も4日も帰ってこないことが当たり前の親父だったけれども、酔っ払ったときによく「お前が生まれたとき、俺は本当に嬉しくてな」と言っていた。それを今でも覚えている。

えー最後に、高田渡で、『系図』。お聴き下さい。

ぼくがこの世にやって来た夜
おふくろは めちゃくちゃに
うれしがり
おやじはうろたえて
質屋に走り
それから酒屋をたたきおこした

その酒を 飲み終るやいなや
おやじは いっしょうけんめい
ねじりはちまき
死ぬほど働いて
死ぬほど働いて
その通りくたばった

ピッコロ大魔王の気持ち

頼んでいたホタテの串焼きを受けとったとき、雪が降りはじめた。わた菓子をこまかくちぎったような小さい雪で、地面に落ちる気なんてないかのように、ふわふわと舞っている。

「初詣で初雪とは、風情だねえ」

なんて笑って山頂でお参りをすませて振り返ったら、帰りの石段はもう真っ白に積もっていた。旅館の下駄できていた僕は、案の定、駐車場の入口でおおげさに転んでお尻を打った。いたかった。いたかったぞ。

そこでなぜか(フリーザではなく)ピッコロ大魔王のことを思い出した。悟飯のことを好きになった、二代目の、マジュニアじゃなくて、初代の方の。……僕は彼がドラゴンボールを集めたときに「永遠の命をくれ」という願いを断って、ただ「若返らせてくれ」と頼んだのが、ずっと不思議だったのだ。

永遠の命 > 越えられない壁 > 若返るだけ

どう考えてもミスチョイスじゃないか?

でも今わかった。なるほど、あいつもああ見えて、フェアだったんだ。「永遠の命」なんてチート能力がなくても、「かつての力」さえとりもどせれば十分戦える。むしろ神龍とかいう知らんやつの力を借りずに、自分の力だけで世界と戦いたい。

僕も人よりは運動してるつもりだが、こないだも近所の何もないところで転んだ。何もしてないのに腰が痛かったりする。そんで今度は雪が降っただけで転んでしまった。確実に、何かを失っていっている。

チートはいらない。少し時間を戻して、あのときの力で戦えれば。むしろ、その力で勝つことが、自分の証明なのだ。

ピッコロ大魔王はこういう気持ちだったのか!と突然わかった気がした。雪の駐車場で。

そんなこと考えてたら、タクシーに轢かれそうになった。

もっともピッコロ大魔王が復活後にやったことは、43ある都を一つずつ爆破していくという物騒極まりないもの。大魔王というくらいだから悪いやつだと思うが、意外と人間にひどい目にあわされていたのかもしれない。

あけましておめでとうございます

ごぶさたしている方ばかりですが、今年も新年、あけましておめでとうございます。今は、日本に戻っています。

昨年中は、谷賢一名義での発表・活動はほとんどできませんでした。オンラインで戯曲の講座をやっただけですね(またやります)。ただ、別名義でだいぶたくさん文章を書きました。

われわれ古い演劇人は、「客が芝居を育てる」なんてことを昔から言ったもんですが、僕もだいぶ「違う客層」に書く中で、多少は物書きとして成長できたような気がしています。

大学生の頃から劇団をやっていますが、そもそも大学出で、演劇や文学に興味がある層というのが、ものすごい珍しい層なんですよね。世の中は演劇はおろか、映画もほとんど見たことない人が大半です。あらためて自分は、だいぶかたよった場所にいたんだなと実感します。

そもそも小説や演劇というもの自体が、明治の言文一致運動や新劇運動の中で作られていった「文体」でした。いずれも、インテリのものです。大学生の頃、日本演劇史の授業で大衆向けの演劇運動――新国劇とか大衆演劇とか宝塚とか――の重要性についても学びましたが、その本当の意味が、今になってわかった気がしています。

小説は今もよく読みますが、もうみんな、驚くほど明るい、軽妙な文体で書いていますね。ブンガクの形、言葉も変わっているなと、ひしひし感じます。より多くの人に通じる「文体」はなんだ?……というトライを、日々、やってるところです。

* * *

いただいたおたよりのいくつかに、お返事が書けていません。大変申し訳ありません。きちんと目は通しておりますので、機を見てお返事していきたいと思います。どれも、大変力になっています。ありがとうございます。

「新作が見たい」という声も多数いただきます。ありがとうございます。ぜひそうしたいという思いはあります。ただ、自分の力では難しいこともいくつかあって……。もう少しお待ちください。今年はブログをもう少し、更新したいと思っています。

年末、やたら声のでかい店員さんのいる居酒屋で、負けじと大声はりあげて注文してたら、「お客さん、声でかいっすね! お芝居でもやってました?」と聞かれました。

「ちょっとだけね!」

と答えておきました。チョットダケネ!