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福島取材・飯舘村で田植え

福島県・飯舘村で田植えしてきた。すごい疲れた。そしてこれはすごい田植えなのだ。

 

飯舘村で田植えに参加
飯舘村で田植えに参加

飯舘村は原発から40kmと離れているのに、事故当初高い線量を記録し、村まるごと避難指示を受けた。今年の4月から帰村できるようになったが、ひどい話だと思わないか? 6年間も家に帰れなかったんだ。事故当時の風向きが違っていたらこうはならなかっただろうと言われている。風向きのせいでだぜ? とばっちりもいいところだ。

この森の向こうから、風と雨に乗って放射性物質が飛んできた

線量検査にしても農地再生にしても腰の重い政府に代わって、地元の農家や大学の研究者ら(東大や明大など東京の大学が多く参加)が自主的に「再生の会」を結成した(※注:会の成り立ちについて若干の事実誤認がありました。コメント欄の溝口教授の指摘をご覧下さい)。信頼できるデータを自ら集め、自分たちで復興・再生のための研究を始めたと言うのだから驚きである。俺が今回参加した田植えも、実はもう5回目6回目。2012年から毎年行っている。

5年もやってる 看板の文字はもう古ぼけ始めた

東大農学部・溝口教授の提案する「までい工法」という手法により、2012年から独自に除染と試験耕作を始め、独自にデータを取り続けている。汚染された表土を剥ぎ取り、地中の綺麗な土と反転させて埋めることで、時間もコストも節約できる。汚染土も地下に埋めるから外に出さない。土に付着したセシウムはほとんど分離しないという科学的な根拠あってのことだが、5年かけて土質だけでなく地下水などのデータを取り続け、実際に数値が上がらないことを確認してきた。収穫したコメの線量も安全基準値を大きく下回っており、フツーに食べれる。

「それでもちょっとはついてるんでしょう」というのは誤解だ。ここ飯舘に限らず福島県のコメは「全袋検査」と言ってすべての袋が線量検査を経ているから、全袋検査を行っていない他県のものよりも「放射線量」という点では間違いがない。放射能が怖いなら福島のコメを食べた方がいいと言う人もいるくらいだ。

自分たちの村の外から飛んできた放射性物質なのに、自分たちで対策し、実践し、科学的検証し続けている。冒頭に「これはすごい田植え」と書いたのはそういう意味だ。──なのに風評被害は止まない。この4月から帰村が始まったが、大半の農家は「どうせ売れない」と諦めてコメ作りをやめたという。いくらデータを示しても、風評被害はやまないんだね。コメは売れないと覚悟した一部の農家さんらは直接口に入らない花の栽培などに転作するつもりだと言うけれど、ほとんどの農家は農業自体を辞めた。あるいは、村を去った。

ついこないだ「避難/帰村は自己責任」「東北でよかった」と言って更迭された復興大臣がいたけれど、これのどこが自己責任なのだろう。補助金が出ているからいいだろうという問題でもない。あちこちで話を聞いて、出て来る単語はやはり「生き甲斐」なのだ。人間はメシさえ食ってりゃ生きていられるというものじゃない。心理学の世界で有名な「マズローの欲求5段階説」というのがある。

マズローの欲求5段階説

メシが食えて(生理的欲求)屋根があればいい(安全の欲求)というのは人間の基本的な欲求ではあるが、それだけで人間の生は幸福を得られない。村を追われ仕事を奪われるということは、「所属と愛」を奪われ「承認」を奪われ、「自己実現」を奪われた状態だ。福島の被災者・避難者の数々は、そういう無味乾燥な生を強いられてしまった。

* * *

東京からも多数参加 その数、計37名

飯舘村で行われている復興活動の数々は「仕事がないから仕事を作ろう」というだけの意味に留まらず、人間としての尊厳や幸福を取り戻そう、村での生活を回復しようというである。なぜか突然奪われてしまった尊厳と幸福(繰り返すが飯舘村は原発から40kmも離れている)。よくもまぁ皆さん意識高くニコニコと活動できるなと尊敬する。4月から帰村が始まったが、戻ったのは200~300人程度。かつての人口の5%以下だ。この人数で村の生活を立て直すことがどれだけ困難なことか、誰だってわかるだろう。

震災から6年以上が経ち、みんなもう忘れちゃっただろうけど、現在進行系でこうして震災の爪痕と戦っている人たちがいるんだ。そのことを思えば「原発被害は収束しつつある」とか「コントロール下にある」とか、絶対に言えないと俺は思うんだけどな。

7 Comments

  1. Misako Tsukada Misako Tsukada

    お疲れ様でした~❗
    ご一緒させて頂いた塚田です。
    素晴らしいブログです、FBでシェアさせてください
    お芝居も楽しみにしてます。

    • おや! その節はどうもお世話になりました。わざわざ見つけてくれてありがとうございます(><)。FBシェア、もちろんです、うれしーです! どうぞよろしくお願い致します。また飯舘で、福島でお会いできるといいですね。とてもいい時間を過ごさせて頂きました。今後ともどうぞよろしくお願い致します!

  2. 谷さん、溝口です。

    田植えお疲れ様でした。そして、その時の感想をこのようにまとめてくださってありがとうございます。心にしみる良いBlogですね。

    本文中に紹介して頂いた「再生の会」に関して少し誤解があるようなので訂正させてください。「ふくしま再生の会」は地元農家と研究者が立ち上げたのではありません。もともとは70歳前後の18名が立ち上げた会なのです。そこに現役の研究者グループが団体会員として登録合流しているのです。世代と分野を超越して「ふくしまの再生」という統一した目標のために一緒に活動している。そこが面白い点なのです。
    現役の研究者は地元の方々とのややこしい交渉は不得意です。しかし、経験豊富なアラコキ(アラウンド古希)は老練に困難な交渉をこなし、現役研究者が動きやすい場を作ってくれています。だからこそ思い切った現場実証実験ができているのです。こうした現場の研究は大学や研究所の研究者だけでは不可能です。「再生の会」のアラコキの方々との協働の賜物なのです。その点を正しくご理解頂きますようお願い致します。(東大農学部教授&ふくしま再生の会副理事長)

    「再生の会」のリーフレット↓
    http://www.fukushima-saisei.jp/report/20170428/1887/

    • ご丁寧な指摘をありがとうございました。谷です。会の成り立ちについて誤認があったようで、大変失礼致しました。本文中に注を付け、訂正をしておきました。ご指摘感謝いたします。

      研究者と「アラコキ」の協働という構図はとても面白いですね。実際に田植えに参加してみて、分断されてしまった地域の現状を憂いつつも、生まれつつある全く新たなコミュニティの力を実感しました。大学の研究者という先端科学の知識とアラコキの老練な知恵の協働という形で会が運営されているのは奇跡であり希望でもあります。今後も活動を応援しておりますし、またいずれ作業も参加させて頂くつもりです。コメントありがとうございました。

  3. 谷さん、溝口です。

    早速のご理解と訂正ありがとうございます。(ついでに、今年で6回目の田植えですのでそれもご訂正くださいwww)

    ふくしま再生の会と私の出会いについては下記をご覧いただければ幸いです。
    http://www.iai.ga.a.u-tokyo.ac.jp/mizo/edrp/fukushima/media/150831mizo.pdf

    までい工法と今後:
    http://www.iai.ga.a.u-tokyo.ac.jp/mizo/edrp/fukushima/fsoil/columbus1403.pdf
    http://www.iai.ga.a.u-tokyo.ac.jp/mizo/edrp/fukushima/fsoil/columbus1505.pdf

    その他の読み物:
    http://www.iai.ga.a.u-tokyo.ac.jp/mizo/old_topics.html

    なんか、人気Blogに便乗する宣伝広告みたいですみません。

    • ああ、また間違いが……。もうホントすみません。訂正しておきました。その他資料もありがとうございます。追って目を通します。

  4. このような形で発信いただきありがとうございます。大切なことが真っすぐ書かれていて嬉しく思います。再生の会facebookでも紹介させていただきます。

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