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『福島三部作(「1961年:夜に昇る太陽」「1986年:メビウスの輪」「2011年:語られたがる言葉たち」)』が第64回岸田國士戯曲賞を受賞しました

先般、第23回鶴屋南北戯曲賞を受賞しただけで僕としては十二分に報われた気持ちでいましたが、これに続くかのように『福島三部作(「1961年:夜に昇る太陽」「1986年:メビウスの輪」「2011年:語られたがる言葉たち」)』が、第64回岸田國士戯曲賞を受賞しました。

このダブル受賞を、多少なりとも夢想していなかったら嘘になります。心のどこかで「もしかしたら」という声が聞こえて、その度ごとに「いや、やめろ。賞は追い掛けると逃げていく。無心、無欲。無我」と念じて心の中から追い払っていました。実際、本当にそうなのです。この三部作を書いている最中は不思議と、「戯曲賞を狙ってやる」という気持ちや「あわよくば俺も」というような欲が湧きませんでした。ただ目の前の題材にコツコツと向き合ったのが良かったのだと思いますし、特に演劇の場合は、賞を追って賞を取れたという話は寡聞にして聞きません。

岸田國士戯曲賞と言えば、僕が演劇を始めた頃から大いに夢に見、目標にしていた賞であります。「いつか取りたい」と昔は思っていました。それが十年前くらいから、明らかに「ドラマ」の脚本は賞を取れなくなり、「ポストドラマ」あるいは「パフォーマンス」寄りの作品が受賞をするようになってから、僕には縁のない賞なのだと考えないようにしていました。僕は自分でも自分が明らかに古典的な劇作法の上に立っている者であり、革新的であるよりは王道的な劇作を自らの意志で志向しているきらいすらあります。岸田國士戯曲賞は「 演劇界に新たなる新風を吹き込む新人劇作家の奨励と育成を目的に」設置されている賞です。僕は自然と、対象から除外されるものだと思っていました。

そうは言ってももうかれこれ6~7年はずっと、年の瀬になると岸田賞の選考委員の方から「今年の戯曲を送って下さい」と言われ、送っていました。その度ごとに原稿を送っては 下読みに回され、 今年はノミネートされるかな、どうかなとドキドキし、しかし結局まったく箸にも棒にもかからない……ということを繰り返していたわけです。だから今年の受賞は本当に「あり得ないこと」だと思っていました。もう7年も思わせぶりに声をかけられ、フラれてばかりいたわけですから。

もしこのページを若手の劇作家が読んでいたとしたら、まずは岸田賞の下読みに回されるまで頑張ってみて下さい。そして下読みに回されるようになってから、7年は頑張ってみて下さい。僕はその間、ノミネートゼロ回ですが、2020年になってノミネートされた途端にこうして受賞する運びとなったわけです。本当に、風はどこから、どう吹くかわからない。

賞をとってみて一番嬉しいのは、身近な人が本当に喜んでくれること。昔からの友達や劇団員、演劇仲間はもちろん、先輩作家や演出家が本当に喜んでくれた。受賞後すぐ、我が師と仰ぐ永井愛さんからお祝いの言葉をもらえたのは嬉しかった! 永井愛さんは僕と同じで、先に南北賞を取ってその後で岸田賞を取った大変めずらしい人です。僕は劇作の多くを愛さんから学びました。そういう人から受賞の瞬間に「おめでとう」のメールをもらえるというのは、本当に作家冥利に尽きるというもの。僕のファンやお客さんも喜んでくれたし、今一緒にツアーを回っている『エブリ・ブリリアント・シング』のメンバーも喜んでくれた。どれも嬉しい。

賞を取ると、自分が嬉しいのだと思っていたけれど、そうじゃなくて周りが喜んでくれることが嬉しいのだなと知りました。

そして「これを励みに」と本当に思うものです。こうして二つも、栄誉のある賞を頂いたとは言え、しかし自分の作品に少なくとも自分は気づいている、そして恐らく一定数の目利きたちは同じく気がついている欠点・欠陥があることもわかっている。これで燃え尽きるのではなく、次こそはもっと良い、完璧な作品を作れるように努力したい。

* * *

受賞のコメントで審査委員の柳美里さんが「第四部を期待する」と書いてくれた。柳さんの言葉に応えるために、そして自分の中の内なる声に応えるために、是非とも書きたいと思っている。

福島三部作を応援してくれたすべての人達へ、心からありがとうと申し上げたい。

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