
次回公演の出演者の中にボーイスカウト経験者がいたり、ちょっと長くなる相談をしたいという子がいたり、あと単に肉が食いたいやつがいたりしたので、こうした。キャンプに行くことにしたのだ。
次回公演『僕ら4人』は「僕ら4人」(プラス1人)で作る芝居だ。つねづね、「俳優が主役だ」と言ってきた。俳優しかいないのに、どうしてこんなことができるんだろう?という作品にする。
そのために、いろんな工夫をしてるところだが。結局、最後は俳優である。彼らがいい芝居してくれないと、いくら僕ががんばっても、ぜんぜんおもしろくならない。
で、おもしろい芝居をするための条件とはなにか?
そのうちの一つは、実は「信頼関係」だ。
シアターゲームではよく、相手に身を任せたり、2人で気持ちを合わせてなんかやるやつが多い。「こいつになら背中を預けられる」とか、「この人の考えてることはなんとなくわかる」とか、そういう言外の信頼関係が最後にはきいてくる。だから最近のカンパニーは、稽古前にゲームやコミュニケーションの時間をとったりする。
ミザンスとか間とか効果は、僕という天才演出家がいるのでぜんぶ任せてもらっていいんだけれど、それは<ガワ>であって<中身>ではない。<中身>は俳優にしか作れなくって、しかもその<中身のまんなか>つまり<本質>の部分は、技術や読解力だけじゃなくて、いい信頼関係があったかどうかに左右される場合が多い。
「いつ撃たれるかわからない」、そういう緊張感の中では、人はのびのび生きられないし、表現できない。
そして、舞台上は、本当にこわい。さらに上演がはじまると、俳優は舞台の上で孤独になって、演出家は何の役にも立たない、まだ小道具の灰皿の方が頼りになるくらいだ。
そういうとき、頼りになるのは共演者しかいない。
過去にも、少人数、5人くらいの会話劇をいくつか作ってきた。『従軍中のウィトゲンシュタイン』。『福島三部作・第二部 メビウスの輪』。『プルーフ/証明』。
今回のは『従軍中のウィトゲンシュタイン』に似てる。あれも男5人だった。今回もそう。1人年上で、残りが若者という布陣も同じ。『従軍中の~』に出ていた俳優たちは、皆賢かった。だから最後には僕の手を離れてよい作品になった。今回もそうなってくれるといい。
『従軍中のウィトゲンシュタイン』みたいにおもしろい芝居にしたい。ああいや、あれよりおもしろくしたい。僕はそのつもりだし、だいぶいい本と演出のプランがあるのだが、<中身>を作れるのは僕じゃない。
あのときも、僕がガワをつくって、あとは俳優たちがひたすら話し合いながら進めていた。初演も再演もそうだった。演出家と俳優の関係として、理想的な棲み分けだと思う。全員が演出プランをよく理解していたので、俳優同士で話しておかしなことになるなんてことも絶対に起きなかった。
あれ(従軍中~)も男5人で野営(キャンプ)していて、ランプを点けるとか消すとか、そういう話だった。今回(僕ら4人)も川沿いの掘っ立て小屋で、土砂降りの中で昔の記憶に光を当てていく話だ。とても似ている。意図的に似せている。


一緒にバーベキューの買い出しをして、テントを貼って、食事や飲み物の準備をしたりする中で、人柄が見える。夜はやっぱり、深々と、演劇の話をしていた。
本当に初対面なのでみんな緊張していたが、帰りの車、ちょっと目を話したスキに(僕がうたた寝していていたら)、途方もなく◯◯な話をしてみんなでゲラゲラ笑っていた。うん、この感じなら大丈夫だろう。
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来年2月上演です。お待ちください。あ、ぼくもプロットほぼ完璧にできました。あとは書くだけです。