先日行った「目的のない稽古会」で、普段は脱出ゲームの作問者をやっているという人と会った。
黒のロングヘアに黒目がち、物静かだが、目の力が強い女性で、不思議な雰囲気があるなとは思っていたが、ワークショップ終了後の懇親会で素性を教えてくれた。
僕と彼女の意見の違いが面白かった。
ぼく「脱出ゲームはホントすごいですよね。ぼく、Sleep no moreとかも好きですが、演劇だと、お客は基本、客席に座ってるだけ。だから、インタラクティブ性には憧れます」
彼女「私たちは”いろんな工夫”でお客さまを世界に引き込むけれど、いいお芝居は、プロの演じ手が一人いれば世界に引き込まれる。究極のイマーシブだと思います」

隣の芝生は青い。The grass is always greener on the other side.「お互いこう見えているんだな」というズレが面白い。
最近、業界全体が何かと苦しい演劇界からすると、脱出ゲームやイマーシブのような観客参加型イベントに対する嫉妬がある。「何か学ばなければならないんじゃないか」という焦りがある。勢いがある、強い業界に見える。
一方で、脱出ゲームの作問者さんからすると、お客を動かし、考えさせ、手を動かさせ、さまざまな工夫で世界に引き込んでいるわけで、「そんな工夫もせず、演技一つでお客を世界に没入させてしまう。演劇のほうがすごいですよ」となるようだ。
いちおう演劇うんちく博士として、彼女には、「演劇の観客席がこんなに静かで、物音ひとつ立てちゃいけない……なんてのは、ここ150年くらいのものなんですよ」という話をした。歌舞伎では大向こうが「成駒屋!」と掛け声をかけるし、本場ロンドンのシェイクスピア劇では、土間席の観客が炒り豆を食い、ビールを飲みながら、手を叩き、大声でヤジを飛ばしながら舞台を見ている。客席を暗くして、みんなじっと座って見てる……なんてのは、19世紀後半、プロセニアムアーチと自然主義演劇が発達してからの話なんだ。
もともと演劇は参加型だったし、イマーシブであった。こんなに「じっとしてろ」「静かにしてろ」「音を出すな」「携帯電話の電源は必ず切ってね」というようになったのは、この150年くらい。
ギリシャ悲劇だって、開演前にはヤギを殺して血を出すみたいなイベントやって、終演後には全員で投票して1位を決めるという観客参加型イベントがあった。終演後にチェキ売ったりお見送り会やったりしてる思想は、正しい。
でも、隣の家から見ると演劇とは、そう見えているのだなと新鮮だった。俳優が世界をつくったら、もう観客も参加している。たしかに僕が来年2月、俳優だけで『僕ら4人』という芝居をやろうとしてるのは、その魔法をくっきり見せたいからだ。「演劇は流行ってないし……」なんてくさくさせずに、胸を張ろうか。
彼女は数年前、「観客参加型の演劇に参加して感動した」と言っていた。僕も数年前、『Every Brilliant Thing』という素晴らしい観客参加型の演劇を作ったことがある。あれを超えるアイデアがないので今のところ手を出してはいないんだが、いずれまたやってみたいジャンルだ。
再演に関われなかったことは、本当に悔しい。
こちらの稽古会、僕が忙しくなるまで隔週くらいで開催する予定です。
演劇以外の業種の方もお待ちしております。あともう2枠ぐらいしかないので、ご予約はお早めに!