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炎上するとはどういう気持ちか、なぜこんなにつらいのか

何も知らない人のために、1から書きます。

私は、演劇の作・演出家をしていましたが、2022年末、ある女性から「レイプされた」と訴えられ、すべての仕事をキャンセルされました。2年に渡る裁判の結果、裁判所は「女性の訴えには隘路(ムリ)がある」と言って、レイプなどの訴えを退けました。(詳しくはこちらをご覧ください。→裁判の結果について

しかし、未だに私の名誉は回復されていません。キャンセルされた仕事は、戻ってきません。それどころか、まだ私をレイプ魔として誹謗中傷する書き込みがたくさん残っており、被害をこうむり続けています。これまで「ある事情」からネットはほぼ見ていなかったのですが、これからはこういった名誉毀損と徹底的に戦っていく覚悟を決めました。

「ある事情」については、少し長くなってしまいます。ネット炎上にあうのは、どういう気持ちか? なぜ私が声を上げられずにいたのか? なぜ人は、「たかが」ネットリンチで自殺まで考えてしまうのか……。私なりに、自分の体験として理解したことを、書こうと思います。

告発直後と、谷原章介さんのこと

告発の直後、Xは数千RTされ、ワイドショーやネットニュース、週刊誌にも載りました。大炎上でした。

意外にも、テレビやラジオなど大手メディアは抑制的な報道で、「演出家レイプ告発」「ただし本人は否定」とバランスをとっていました。しかし、ネットは批判一色です。

スマホの通知音は鳴り止まず、DMやコメントが次々届きます。罵倒、中傷、殺害予告……。家の周りに週刊誌の記者が潜伏し、友人に居場所を売られたりもしました。家族を危険にさらすわけにはいきませんから、家には帰らず、仙台、埼玉、北関東など、友人の家にかくまってもらっていました。年末年始は毛布にくるまり、一人で過ごしました。

忘れられないエピソードがあります。後で知ったことですが、朝の帯番組で司会をやっていた俳優の谷原章介さんが、私のニュースが出たときに、「本当なら大変なことだが、以前、舞台でご一緒したときにそういう様子には見えなかった」……というようなことを言ってくださったんだそうです(伝聞なので、内容は正確ではありません)。これだけのコメントですが、当時は「セカンドレイプだ」「犯罪者擁護」と言って、ネットでめちゃくちゃに叩かれたんだそうです。

谷原さんは、そんなにおかしなことを言っているでしょうか? 別に「原告が嘘をついている」などと言ったわけじゃない。「自分が会ったときは普通だった」と言っただけです。これだけで、セカンドレイプと言って叩かれる。もちろんレイプは重大な犯罪ですし、告発者は守られなければなりません。しかし、訴えられた側の男性にとっても、すべての仕事を一瞬で失うほど重大な事件です。「普通だった」と言っただけでこれだけ叩かれるわけですから、誰も擁護の声をあげられず、権利は守られません。私の場合、たまたまGPS記録が残っていたので戦えましたが、そうでなければそのままレイプ犯として裁かれていたでしょう。

谷原さんとは、以前『チョコレートドーナツ』という作品でご一緒しました。でも私が稽古場でお話したのは2・3度だけです。脚本家はそんなにしょっちゅう、稽古場にいないんですね。たまに来て、見学して帰るだけだから、基本「ぼっち」なんです。

そんなとき、いつも気を使って声をかけてくれたのが谷原さんでした。すごいセリフ量だったので、ご自分の役の準備だけで大変だったはずですが、ぼっちの私に、いつもわざわざ、声をかけてくれていたんです。

しかし、本当にそれだけです。飲みに行ったことはおろか、話し込んだことさえありません。かばう義理など一切ないのに、ああいうコメントをしてくれた。あの一言が、当時の私をどれほど救ったか。

『チョコレートドーナツ』で谷原さんが演じていたのは、差別や偏見の逆風を受けながら、難しい弁護を引き受ける弁護士ポールという役でした。私の目にはあらためて、谷原さんとポールが重なって見えていました。よく読むと、別に谷原さんのコメントも、私を無理に擁護などしていない、「普通でした」というだけなのですが、それでも勇気のいる発言です。

なんでもない、たった一言の言葉が人を救うことがあります。本当にどうもありがとうございました。と同時に、ご迷惑をおかけしたことを深くお詫びします。

谷の味方をしたヤツは殺せ

その後もネットは批判一色でした。批判というより、「死ね」、「きもい」、「頭おかしい」、「強姦しそうな顔してる」など、中傷や攻撃の嵐でした。

当時私は、実は周囲に、記者会見をやりたいと言っていました。あるいはネットに記事を上げ、反論や証拠を提示したいと。しかし、多くの人から「やめておけ」、「火に油を注ぐだけだ」と反対されました。

ある若い俳優からは、「谷さん、お願いだから、やめてください。お願いだから……」と、涙を流して止められました。私のことを心配してくれていたのもありますが、それだけではありません。「谷と一緒に仕事をしていたな」と言って、彼も、厳しい目線を向けられていたのです。彼は、少し前の現場で演出家のパワハラに遭い深く傷ついていたのですが、たまたま私がオーディションで出会い、キャスティングした人です。「やっと演劇が楽しくなった」と言ってくれて、ほとんど毎日一緒にいたのですが、今度は「あの悪魔の仲間だな」「レイプ魔の味方をするのか」と言って、攻撃対象にされてしまったのです。

他にも、「私は谷さんを信じているんだけど……。ごめんなさい」と言って、私を批判するツイートをしたと報告してくれた人もいました。これは、当時の演劇界を知らない人にはわからない空気かもしれません。「ハラスメントに反対します」という態度を取り、言葉にしないと、叩かれるのです。

「私はアンチ谷です」、「原告の側に立ちます」と表明しないと、それだけで批判されたり、仕事を失います。沈黙すら罪と見なされ、こんな言葉が、知らない匿名アカウントから矢のように飛んできます。

「あなたはどうなんですか? なぜ批判コメントを出さないんですか?」
「レイプ魔の肩を持つんですか? 擁護するんですか?」
「もしかして、あなたも加担していたんですか?」

これは、当時の空気を知っていた演劇人ならよくわかるでしょう。あるいは、今も続いている空気かもしれません。

別の俳優は、私のことを批判しなかったせいで、仕事を降ろされました。これは大事なことなので、もう一度書きます。別の俳優は、私のことを批判しなかったせいで、仕事を降ろされました。「私を擁護したから」、ではありません。「批判しなかったから」、役を降ろされました。

彼は裁判で証人にも立ってくれて、原告の主張が実際と違うことをいくつも証言してくれました。そういった事情は、当時、客演や外部スタッフも含め、多くの人が知っていたはずですが、言えば魔女狩りの列に並ぶことになります。なかなか公には発言できません。彼もネットでは沈黙を守っていたのですが、しかし、「批判コメントを出さなかった」という理由で、仕事を干されてしまったのです。

当時、彼は私の心の支えでした。誰とも会わなくなってからも、ときどき彼とだけは会っていました。しかし、約一年後に会ったとき、「いまだに批判コメントを出していない」という理由で、さらにもう一つ仕事を干されたと聞きました。あまりにも申し訳がなくて、それ以来、彼とは会っていません。

私はともかく、彼は、なぜ仕事を奪われなければならなかったのでしょうか。誰か、きちんと答えられる人はいませんか? 全員で火をつけて、間違いだったとわかったあとでも、ほっかむりして逃げただけで、みんなで知らんぷりしている。こんなこと、本当にあっていいんでしょうか?

さっきの若い俳優も、女優さんも、仕事を干された彼も、もう会っていません。私が関わること自体が迷惑になるし、俳優にとって、準備していた役を干されるのは耐え難い苦痛です。いくら謝罪しても、申し訳がなさすぎて、合わす顔がありません。

こうして私は、数少ない仲間とも会えなくなりました。そして、ネットでの発言をやめ、誰とも会わなくなりました。

ネットリンチがなぜつらいのか

私は学生時代から、体罰教師とケンカしたりして、だいぶ鼻っ柱の強い方でした。演劇界に入ってからも、俳優の先輩に怒鳴られ続けたり、超大手芸能事務所の某プロデューサーから嘘みたいに陰湿なパワハラを受けたりしても戦える、強い性格でした。だいぶタフな方だと思います。むしろパワハラばかりの演劇界でめげずに戦い続けられたから、自分程度の才能でもやっていけていたのかもしれません。

しかし、ネット炎上はつらかった。

「ネットなんか見なきゃいいだけ」という人もいます。でも、そうじゃない。この感覚は、体験した人にしかわからないかもしれません。

ケンカや口論は、ルールのある勝負、いわばボクシングに似ています。痛いし苦しいけれど、相手は正面からぶつかってきます。こちらもいつでも降参、ギブアップもできる。

ネット炎上は、ぜんぜん違う。一番近い感覚は、いじめでした。

私も幼稚園のときに、お弁当の袋をトイレに捨てられたり、高校生の頃、クラス中から一年間無視されたりしたことがあります。ああいうときに、朝、クラスへ入っていくときのつらさは、たまりません。みじめで、こわくて、情けなくって、たかが学校という狭い世界の出来事なのに、世界中から嫌われているような気持ちになります。「気にしなきゃいい」「言いたい人には言わせておけ」なんて言って、やり過ごせるものではありません。

大勢に囲まれて、罵声を浴びせられる。言い返そうと思っても相手はもういなかったり、「冗談だろ?」「何、マジになってんの」と笑われたりする。言い返したら余計に叩かれる。先生に相談しても、「イジメられるお前にも悪いところがあったんじゃないか」なんて言われたりする。

一つ一つの悪口は、大したものじゃありません。「最悪」「死ねよ」「もう学校に来るな」……この場合「もう演劇界に来るな」ですが、幼稚な言葉ばかりです。でもこれが、たまらなくつらい。なぜか。

後に、ネット炎上や自殺事件について調べている最中、こんな説明に行き当たりました。

人間(ホモ・サピエンス)は何十万年も、数十人から多くて150人までの集団で、狩猟採集をしながら暮してきた。サピエンスは、実は力も脳の大きさもネアンデルタール人より劣っていたが、物語を共有することで、多くの人とチームワークが組めた。これが、サピエンスの強さの源だった。

この辺の記述は、劇作家として胸踊りました。物語が、集団を強くする。『サピエンス全史』などでも触れられてる考えですね。

しかし、大事なのはここからです。

だからサピエンスは、集団内での地位にひどく敏感になった。いくら力が強くても、頭が良くても、集団から追い出されたら生きていけない。『あいつは戦いから逃げた』、『獲物を盗んだ』、『人の妻に手を出した、不倫した』と悪い噂を立てられることは、そのまま生死に直結する。

だから人間は、人の噂や、社会の中での立ち位置をひどく気にするようになった。人の噂や、社会の中での立ち位置を気にする個体しか、生き延びてこれなかった

そして今、人類は、150人ではなく、ネットで何百万人もの噂話にさらされるようになった。

驚くほどスッと、理解できました。私は、炎上のさなか、悪口や中傷に傷ついていたのではなかった。「お前は社会の敵だ」、「この集団の害悪だ」と言われたこと、社会の中での評価や名誉を傷つけられ、「ここにいるな」と言われたことが、つらくてたまらなかった。

ネット炎上の最中は、生きているだけでずっといじめられているような、毎日お弁当の袋をトイレに捨てられ続けるような、ざわざわした気持ちでした。また何か悪いことが起こるんじゃないかと思って、何をしていてもずっと不安になります。全員から嫌われているような気がして、誰とも連絡がとれません。言い返せばもっと叩かれるし、言い返さなければ「なんで黙ってるんだ」と言って叩かれる……。

私も自殺を考えました。そこで、過去のさまざまなネットリンチや炎上事件、自殺された方の記録を読みあさりました(心からご冥福をお祈りします)。私が調べた限り、多くの方にこの感覚は共通しているように思います。一人一人の悪口がしんどいんじゃない。自分が、この社会にいてはいけない、いない方がいい存在なんだと思ったとき、心が崩れる。だからネットリンチはつらいんです。

以後私は、心療内科でだいぶ強い薬を出してもらい、ネットを見るのをやめました。「死ぬな」と思ったからです。SNSアプリもすべて削除しました。それでも、いつも心がザワザワするのです。

――見ていない隙に、また大変なことが書かれているんじゃないか? 見た方がいいんじゃないか? やっぱり……。

解決策は一つだけで、それは、私が、私であることをやめることでした。ファッションも髪型もすべて変えて、本名を使うことをやめました。スマホやPCからもログアウトし、パスワードも変えてしまいました。知り合いには誰にも会いません。こうすると、「谷賢一」と呼ばれることはありません。実際、2年くらい、裁判の関係者を除いては、誰も私の本名を呼ぶ人はいませんでした。

子供には「パパ、パパ」と呼ばれますが、これはまぁ、パパであって谷賢一ではないので全然気にならないというか、むしろ大きな癒やしになりました。毎日一緒に計算ドリルをやったり、ドラえもんの映画を見たりしていました。子供だけは、私が「谷賢一」だからではなく、私が私だから一緒にいてくれる、唯一の存在でした。

ハムレットが苦しんだもの

おかげで私は、はじめて読んでから30年以上経って、『ハムレット』のあの有名なセリフの意味が、ようやくすとんと腑に落ちました。なるほど、彼は、こういうことを言っていたんだね。

To be, or not to be, that is the question:    生きるべきか、死ぬべきか。それが問題だ。
Whether’tis nobler in the mind to suffer    どちらか立派な精神だろう?
The slings and arrows of outrageous fortune, 狂った運命の矢や弾を受け続け、耐え忍ぶか。
Or to take arms against a sea of troubles   武器を取り、困難の海と戦い、
And by opposing end them.         すべてを終わらせるか。

(シェイクスピア『ハムレット』3幕1場より)

ハムレットは、暗殺や謀略もこなす頭脳を持っています。いざとなれば堂々と決闘し、死をもいとわない勇気もあります。

しかし、ハムレットはここで、迷っています。1)不名誉のそしり、飛んでくる矢と弾(slings and arrows)を受け、耐え続けるか、2)思いきって武器を取り、戦い、命を散らすか。どちらが りっぱな精神(nobler mind)か、考えていたんですね。死も決闘を恐れないハムレットにとっても、不名誉の矢弾を受け続けることは、耐えがたい苦痛だったんです。

ここまで考えると、一行目が誤訳である意味もよくわかりますね。「生きるべきか、死ぬべきか」というのは有名な訳ですが、実は著名なシェイクスピア翻訳者が誰も採用していない誤訳なのです。ハムレットは「このままでいいのか(to be)、いけないのか(not to be)」を悩んでいるだけ。生きるか死ぬかは、悩んでいない。

死ぬ気ならこの男は、いつでも死ねるのです。そこは、問題(question)ではない。ハムレットにとって死よりも苦しかったのは、恥辱や汚名の矢弾を受け続けることだった……。

何たる解像度! シェイクスピアもSNSをやっていたのかもしれません。

○ ○ ○

たびたび言っている通り、裁判は和解しています。レイプやセクハラの強要は強く否定しましたが、私にもふだんの素行や言動に反省すべき点があったことを認め、率直にお詫びしました。原告に対するわだかまりは、一切ありません。

しかし、未だに消えない虚偽のレッテル張りや、続いている名誉毀損、 法律以上に行き過ぎた社会的制裁を、受け入れることはできません。しかもそれが、「人の噂も七十五日」という昔と違って、今はデジタルタトゥーとして永遠に残ります。矢弾を耐え続けることはやめ、武器を取り、困難の海と戦う決意をしました。

まず先日、いくつかのネットニュースや掲示板に削除依頼をしました。ほとんどのサイトがすぐ削除に応じてくれました。これから個人のSNSなども連絡する予定です。キャンセルされた仕事は戻ってきませんが、法治国家である日本において、本当に公演や作品をキャンセルするやり方が正しいのか、問うていきたいと思います。またネットリンチや誹謗中傷の類は、一切これを許さず、根絶する方法はないか、考えていきたいと思います。

次の記事では、この炎上期間に起きていたもう一つの事件について書く予定です。あるいはずっと気になっていた、私とは別の炎上事件について、私の視点から掘り下げた記事を書こうかと思います。

だいぶ長くなってしまいました。長々読んでいただき、ありがとうございます。Xのアカウントの方には、匿名で質問できる窓口(マシュマロ)を設置してあります。ご質問、ご意見、ご感想などあれば、ぜひお寄せ下さい。

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