村上龍が死んだ。ネットには早すぎる死を悼む言葉があふれている。
彼の書いた文章からの引用も多かった。
・本当にほしいものが何なのか、わかっていないやつは絶対にそれを手に入れることができない
・美しいものと一緒にいると、自分は間違っていないと思える
・唯一の復讐の方法は、彼らよりも楽しく生きることだ
・「俺は必ずやれる」という意思と喜び、それを才能という
・移動にこそ、価値があるのだと思う。人と出会うことが人生の目的なのかもしれない
・勘違いしないで欲しいが、成功者というのは、いい大学に行き、大企業や有名官庁にいる男ではない。仕事へのモチベーションを持ち、充実した人生を持っている人のことだ
・あんたはしらないだろうけど、オレがもといたところはみんなひどいおせっかいで、とんでもねえお喋りなんだ、駅で電車を待ってると、電車に近づくな、危ないから、なんて放送があるんだぜ、電車とホームの間が広くあいてるから気をつけろっていう放送もある、窓から手や顔を出すなってことも言われる、放っておいてくれって言ってもだめなんだ、自分のことを自分で決めてやろうとすると、よってたかって文句を言われる、……
こんなにも多くの人が、人生で一番大切なことは村上龍の本から学んだ、村上龍が好きだと言っている。世間とは本当にくだらないものだと思っていたが、捨てたものではないかもしれない。
お前の倫理や感性、価値観の基準を、人にあずけるな。村上龍はずっとそういうことを書き続けた。だから村上龍のファンが、いいよね、本当にいいよね、と言って群れている光景を、僕は普段、あまり見ない。
しかし今夜は、彼を好きだった人たちの言葉が次々と聴こえてくる。自分の好きなものを「好きだ」と言っている人の言葉を聞くのは、いいものだ。今晩は、村上龍を血眼になって読んだ読者たちにとって、もっとも幸福な夜かもしれない。
彼の死は悲しくない。彼は書くべきことをきちんと書いて死んだ。まったく悲しいことではない。彼の小説の主人公のように、彼は死んだ。これはすごいことだ。
