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オーディションのとき何を見ているか

こちらのオーディション、無事、受付が終了しました。たくさんのご応募、本当にありがとうございました。

こんな時期ですので、応募があるかとても不安だったのですが、蓋を開けてみれば倍率2〜30倍になろうかというほど、たくさんのご応募をいただきました。誠にありがとうございます。

これから厳正に審査したいと思っております。オーディション当日も、どうぞよろしくお願いいたします。

さて、募集も終わったので、よもやま話です。……僕がよく聞かれる質問の一つに、「オーディションの時、何を見ているんですか?」というものがあります。人に話すと「意外!」と驚かれることが大いにで、少し書いてみようとと思います。

書類選考の時

まずはやはり写真です。声や演技はわからなくても、写真で個性や雰囲気はだいぶわかる。また、撮り方一つでまったく違って見えるので、ここに労力やお金をかけるのはとっても意味があると思います。メインのバストアップや全身はもちろん、サブでポートレートや舞台写真なんかが載ってるのもポイント高いですね。判断材料が増えるので。

次に僕がよく見るのは、実は「出演歴」です。ここ、超大事です。

こう書くと「なんだ、結局売れている人を取るんじゃないか」と思われるかもしれませんが、そうではなく。出演歴を見ると、その俳優さんの傾向や特徴がかなり見えてくるんです。

たとえば。……「会話劇が得意な人なんだな」、「ミュージカルを中心にやっている人なんだな」、という大きな分類もあれば、「この劇団に何度も出ている。ってことは、きっとこういうことが得意だろう」「へー、学生時代に岸田國士なんかやってるの、すごい」「朗読劇でブレヒト? ほう……」「図書館で絵本の読み聞かせやってる?」「ちょっとこの人、興味あるな」など、色々な見方があります。

出演歴というのは、ものすごく雄弁です。

そもそも「演劇」という括りが広すぎるんですよね。「音楽」と一括りにするのと同じです。ホントならその中に、ロックもあればジャズもあり、クラシックも民族音楽もあって、でもぜんぶ「音楽」。でもそこで出演歴を見ると、傾向と関心がわかって非常にヒントになります。

あとは、自分はメッセージ欄をよく見ます。もちろん淡白だったり無記入だから落とすということはないんだけど、自分の作品をよく見てくれていたり、最近のXやブログを読んで「こんなことを考えた」「ここに共感した」とか書いてくれたりしている人とは、やっぱり会ってみたくなります。

演劇というのは、作・演出家さまがテキストや演出を与えて、俳優がその通りにやる……というものではありません。お互いに理想やイメージをすり合わせながら、一緒に作っていくものです。なので、「考える力」とか、「話し合える力」って非常に大事になるんですね。「共同作業者(コラボレーター)として一緒に取り組めそうか」ということです。

ある演出家は、座組に一人かならずそういう「共同作業のうまい人」を入れると言っていました。全員が4番ライトではなく、2番セカンドや8番キャッチャーもいるから野球になるわけで、結構そこは、大事にしてる人、多いんじゃないかな。特に会話劇界隈だと。

書類では、そういう部分を見ています。

オーディション当日

これもものすごくよく聞かれるのですが、そのたびに僕は必ずこう答えています。

「一切の工夫は無駄だ。工夫をやめよう」

演出家の友人たちと話していても、だいたい同じ結論になります。というのも……。

実は、俳優さんがオーディション会場に入ってきて、歩いて椅子に座り、自己紹介をする前で、すでに「この人はありだな」「今回は違うな」と、8割方見えていたりします。これは、ベテラン演出家でもそうです。元某新国立劇場の芸術監督や、元某KAAT芸術監督なんかともこの話題で盛り上がったことがあります。

もちろん、見た目で決めているわけではありません。部屋に入ってくる時の歩き方や、佇まい、雰囲気。それでもう、だいぶ多くのことがわかるんですね。歩くというのはすごいもので、その人の人柄や身体性、個性など、本人が思っている以上に色々なことが表れます。武道の達人は歩いてるのを見るだけで相手のレベルがわかるそうですし、こないだ話してたらプロの寿司職人は握る前に身のこなしとかで他の職人のレベルがだいたいわかるという話を聞きました。「すげーわかる」と思いました。そして、この第一印象がその後大きく覆ることは、実はそれほど多くありません。

さらにそのあと、自己紹介で30秒もしゃべってもらえば、さらに多くのことがわかります。「あ、この人はこういう人だな」「地声がすごくいい」「相手役の子が音域高いから、中音域のこの声はいいな」「間がとれる人だな」「今回のイメージに合うな」とか……。その後のセリフや歌の審査は、そこまでに感じたことを確認していくような感覚に近いです。

もちろん大きく裏切られることも、まれにあります。でも体感としては1割いかない。たまーに歌い手さんとかで、ずーっとおどおどしてたけど、歌いだしたらとんでもなかった……みたいなことはあるかな。でもそういう人も「あの人なんかやばそう」というオーラは常に出ています。

なので、オーディションの際は、実はまったく工夫しなくていいんです。正確には「工夫しても無駄」というか。ちょっと技術があるとかないとか、うまくやったとか失敗したとか、そんなところはまったく見ていなくって、「その人自身」を見ているのがオーディションです。

背伸びをしても意味がないし、違う自分の仮面をかぶっても、ばれる。おまけにそれで受かっても、その後の稽古がつらいだけです。替え玉受験で大学に受かっても、4年間つらい。ついていけなくて、つらい思いをするでしょう。

だったら、もう「そのまま見てもらおう」と腹をくくってしまった方が、かえって自由になれるんじゃないかと僕はいつも思います。あと、「緊張してるな」というのもあんまりマイナスには見えないものです。ちょっとくらい誰でも緊張するものだし、それは些細な問題です。

オーディションというのは、「うまく見せる場所」というより、「自分を見てもらう場所」なんでしょうね。だからたまに、あれやるんでしょうね。「ここからここまで歩いてください」みたいなの。あれも、上手に歩く必要はない。ただ歩けばいい。

その先に、あれですな。演技論の奥義もあるんでしょうね。「ただそこにいる」。

というわけで、オーディションお越しのみなさまは、ぜひリラックスしてお越しください。ご応募まことにありがとうございました。

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