前回は東出昌大くんのことを書いたけれど、告発直後、炎上とか殺害予告とか週刊誌の張り込みとかで家に帰れなくなっていたころ。同じように僕をかくまってくれた人がいた。
※個人情報保護のため、一部の設定をフェイクにしています。
仮にAくんと呼ぼう。学生時代の親友だが、もう15年以上会っていなかった。それが、突然電話をかけてきた。そしてわけ知り顔に、こう言うのだ。
「何も言うな。――わかるぜ。キミ今、大変だろう? うちへ来いよ。親戚が持ってる別荘なんだが、好きにしていい家がある。セーフ・ハウスってとこかな。泊まっていけよ」
そこはAくんの叔父さんが趣味の家として使っている一軒家だった。6LDKくらいある大きな家で、リビングには大量の観葉植物と、最高級のステレオセットが置いてあった。そこで、元外務省の官僚だったというAくんの叔父さんは、ワーグナーのレコードを聴きながら歴史小説を読むらしい。キッチンもバスも最新式で、寝室にはクイーンサイズのベッドが2つも置いてある。2階の書斎には本がずらりと並び、ヨーロッパの玩具や骨董品、焼き物なんかが置いてある。本気のエリートの家だ。

僕がだいぶ面食らい、一度は断ろうとすると、彼は途中で言葉を遮ってこう言った。
「やめろよ、水臭い。――なら、こうしよう。僕らはキミに、観葉植物の水やりを頼んだ。キミは毎日、水やりをする。その代わり、この家を好きに使っていい。フェアな話だろ?」
「見ての通り、コンポはだいぶいい。本も揃ってる。どれも好きにしていい」
「あと、そうだ。地域猫が通りかかることがある。気が向いたらエサをやってくれ」
本棚には真面目な歴史書やビジネス書の他に、課長島耕作とかサラリーマン金太郎も揃っていた。せっかくの機会だ。最高級のステレオでワーグナーを聴きながら、レイテ沖海戦の記録を読んだり、ビジネスパーソンの交渉術について学ぶのも悪くない。とても有意義じゃないか。
でも実際にはずっと、リビングのソファで安いパックの日本酒を飲みながら、ずっとお笑いの番組を見ていた。何か本を読んでいても、正義とか信頼とか、チームワークとかが話題になるたびに、胸がぎゅっと潰れて苦しくなる。島耕作なんか恐ろしくて読めない。それで空気階段とかとろサーモンとかウエストランドとか、毒気のあるお笑いばかり見ていた。
寝るときもそのままソファで寝落ちして、クイーンサイズのベッドは1度も使わなかった。
朝と夕方だけ、霧吹きスプレーを持って家中を周り、観葉植物にシュッシュと水をかけた。猫にエサもあげた。他に有意義なことは何一つできなかった。でも、水やりと猫のエサやりは、一度も忘れなかった。それが逆に、自分が生きていることの唯一の証のようにもなっていた。

○ ○ ○
彼との出会いのことを思い出す。もともとはただのクラスメイトで、そんなに交流もなかったのだが、彼が生徒会選挙に立候補するとき突然「キミも出ろ」と口説かれた。
そしてそれは、途方もなく身勝手な提案だった。
「俺が会長をやる。キミは副会長をやれ。キミは人相は悪いし、人気もないが、頭は切れる。ナンバー2が向いているタイプだ。わかるんだ」
「キミが俺をサポートしろ。そしたら、俺たちは最強だ」
とんでもない言い草だ。でもとても嬉しかったのを覚えている。なぜなら僕は、当時ちょっとまずいことになっていたのだ。
僕はそのころ、学校新聞にある投書をして大問題になっていた。一人、あまりにもやる気のないひどい教師がいて、授業はダラダラと教科書を朗読するだけ。いつも汚いジャージを着て、「お前」「おい」「バカだからわからないか」など、暴言を連発していた。
僕がそのことを問題にして、「生徒と交流する気がないなら授業の必要はない」「学校は授業内容を改革せよ」などと投書をしたら、……こういうときによくあることだが、問題の教師にはまったく響かず、逆に若い英語の先生がショックを受けて泣き出してしまった。そして学校中を巻き込む大激論がはじまった。
「授業に文句を言う前にやれることがあるのでは」「新聞に投書なんかせず直接話し合え」「言ってることは賛成。でも言い方がキツい」「学年新聞は楽しいもの。議論はやめて!」などなど、賛否両論ではあったが、僕への批判の方が圧倒的に多かったように思う。
そんな、学校中から叩かれてる真っ最中だ。「選挙になんか出ても受かるわけないよ」と断った。
しかし彼は、こう言った。
「口には出せないっていうだけで、キミのこと『よく言った』って思ってるヤツは多いんだぜ。自分が叩かれたくないのと、教師の目が怖いから言えないだけで。――でも投票になれば、ギリギリ勝てる。俺にはわかる」
自分を信じてくれる人がたった一人でもいるのと、いないのとでは、世界はまったく違う。まったく違うんだ。
そして僕は、生徒会選挙に出た。開票結果は、すさまじい数字だった。
信任:51% 不信任:49%
ここまで嫌われていたか! でも受かった! 複雑な胸中だったが、結果を見て、Aくんは当然のようにこう言った。
「言ったろ、ギリ勝てるって。俺にはわかるんだ」
ちなみにその選挙では投票率も異常に高く、ほぼ100%。普通ならあまり誰も興味を持たない生徒会選挙に、学校中が異常な関心を示していた。そんな中、Aくんは圧倒的な支持率で生徒会長の座についた。そして僕のような問題児をナンバー2として従えている。
そう、実はこの選挙の本当の勝者は、彼だったのだ。こうして最強の生徒会がスタートした。
○ ○ ○
僕と彼は、そういう関係だった。別荘に泊めてもらいながら一晩だけゆっくり飲んだけど、特に訴訟や告発の話はしていない。彼が勝手に「わかるよ。キミみたいな人気商売で、男女がいれば、いろんなことがある。言わなくていい」と切り上げてしまった。「いやレイプはもちろん、そもそも男女の関係もなくってね……」と言おうとしたけど、やめた(※裁判結果についてはこちらの記事をご覧ください)。
そして大企業から大企業へとヘッドハンティングされながら、日本と海外を渡り歩いている彼の話を面白く聞き続けた。……でも、今思うとあれも、彼なりの気づかいだったのかもしれない。裁判とか告発の話になれば、どうしたってつらい気持ちになる。だから僕を黙らせて、ぺらぺら身の上話をしてくれていたのかもしれない。「俺にはわかるよ」と言って……。
○ ○ ○
この話には後日談がある。別荘を出て、一年半後くらい。
当時僕は演劇とは関係ない分野で作品を発表し、メシが食えるようになっていた。ただしまだ裁判は終わっていなかったので、荒らしや炎上が舞い込んでこないよう、名前を変えて発表していた。絶対に誰にも気づかれないよう、プロフィールや文体まで変えていた。
ところがある日、AくんからLINEが届いた。
「これ知ってるだろ? 最高だった」
そこには僕の、別名義での作品へのリンクが貼ってあった。知ってるも何も、それを作ったのは僕だ! ……誰にも言っちゃいけない、誰も信用しちゃいけないと心に誓ったけど、心が揺れた。彼にだけは、言ってもいいかもしれない。彼にだけは、言いたい。
僕は耐え切れず、「それ作ったの、実は僕」と打ち明けた。送信ボタンを押すとき、手が震えた。
すると彼は、さして驚いた風でもなく、あっさりこう返してきた。
「だろうと思った。俺にはわかるよ」
さすが僕の会長さまだ。なお今でも僕の別名義を知って、応援してくれているのは彼しかいない。でも、たった一人でもいてくれば、人は戦えるし、生きていける。
立派な仕事じゃなくてもいい。観葉植物に水をやり、猫にエサをあげることだって。あのときのおかげで生きている。