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2年間のこと⑦ 2年間演劇を観ないということ

この2年間、一度も演劇を観なかった。SNSもすべてログアウトし、ほとんど誰とも会わない。ここまでやってようやくエコーチェンバー、フィルターバブルの外に出られる。すると「外から見た演劇」が見えてきた。

外から見た演劇。それは誇張でも何でもなく、「存在しないもの」だった。演劇は、どう見えるか見えないか以前に、なかった。

過去2年で目にした演劇に関する情報は、本当にこれだけ。

・コンビニのコピー機の上に貼ってあるミュージカルのポスター
・FMラジオで流れてくる宣伝
・一度だけ居酒屋のトイレのポスター(でも終わってた)
・一度だけ偶然テレビで「ある不祥事」のニュース(名前は伏せます)

僕がふだんテレビをまったく見ないせいもあるけれど、演劇の情報はまったく入ってこなかった。ついこないだ新国立劇場と東京芸術劇場の芸術監督が代わったと聞いてびっくりしたけれど(上村さん、岡田さん、おめでとうございます)、国を代表する劇場の監督交代のニュースが聞こえてこないというのはよっぽどだ。もちろん各種演劇賞の情報も届かない。

とはいえ当時の僕は、ほんのささいな演劇の情報や「劇」という文字が目に入るだけでも胸が苦しくなっていたから、幸いなことでもあった。これが音楽や美術だったら、触れずに生きることは不可能だっただろう。

コロナのとき僕は「演劇は社会に必要だ」、「演劇に救われてる人もいるし、『演劇なんかなくても死なない』というのは暴論だ」と力説した。大いに叩かれたし、「こんなときに演劇をやるのはどうかと思う」と言って喧嘩別れした劇団員もいた。それでも僕はその考えを曲げなかったが、少なくとも2年は観なくても死なないことがわかった。

僕は完全な演劇マニアだった。15の春に演劇に出会ってから、演劇に触れない日は本当に一日たりともなかった。誇張抜きで、一日の9割くらいは演劇のことを考えていた。でもすっぱり切り離し、2年過ごしてみると、ぜんぜん普通に暮らせた。演劇なんて、なかったような感じ。

そのぶん宣伝や誘客・創客、アウトリーチの本当の大変さがよくわかった。日本中の有能な制作者たちが様々な作戦を死ぬ気でやっているのを間近で見ていたが、そもそも「やっている」こと自体が届かない。2年間で一度も。

そして「なぜ演劇が必要か」、社会や世間を説得する難しさもよくわかった。日々どんどん物価が上がっていき、つらいニュースが流れてくるのを毎日見ていると、客もろくに入らない“オゲイジュツ”に何百・何千万と公金が投じられているのは腹立たしいだろうなと思った。ずいぶん怪しい助成金の使い方をしてる団体もあるそうだし、いつぞやオペラか何かであった助成金不正使用のニュースが流れたら、今の時代、ひどい燃え方をして、大変な結末になるだろう。

そして一番大きな気付きは、演劇の最大の魅力は、人によってはまったくセールスポイントにならないんだなという気づきだった。演劇の魅力は、舞台と客席が一緒になって全員で空気感を作り上げていくところにある。しかし「それこそが嫌なのだ」という人がいることも、演劇を離れてみてよくわかった。

――せっかくの休みの日、わざわざ出かけて知らん人の隣に座り、周囲に気を使いながら1時間も2時間も緊張して舞台を見たくない。うちでビール飲みながらNetflix見るわ。ソシャゲのデイリー回しながら。

――人と、会いたくない! 家で一人で見たい! 映画は映画館で? いいえ、スマホでいいです!

唐十郎さんが亡くなったとき、つらかった(彼の訃報はさすがに届いた)。寺山修司、唐十郎、つかこうへい……彼らが作り上げたのは単に作品ではなく、参加する体験であり、行動であり、意思表明、アンガージュマンで、居場所だった。観客もただ芝居を楽しんでいただけじゃない。時代を変えたい。新しい感覚を誰かと共有したい。そんな気持ちもあって劇場へ足を運んでいた。劇を見るというのは主体的行動であり、同じ趣味や意見の人間と連帯を感じる場ですらあったのだ。そういう「場的」な強さは小劇場に限らず、宝塚にも歌舞伎にもある。作品だけじゃなく、場自体が魅力なのだ。

しかし「見るなら一人がいい」という客に対して、演劇は無力だ。無力どころかうっとうしい。そんなこと演劇が大好きだった僕は考えたこともなかった。

客席を巻き込むようないい演劇を作りたいとずっと思っていた。しかし、ある種の人にとっては、巻き込まれることこそ迷惑なのだ。

それは単に「一人が楽」という意味じゃない。誰かと繋がることが怖いとか、恐ろしいとか、嫌だとか、億劫だとか……。一体感を覚えている人たちを見て「気持ち悪いな」「うさんくさいな」と思う。「巻き込まれたくない」、「帰りたい」。そんな人にとって演劇は地獄なのだろう。そういう人の気持ちもわかるようになった。

それならどうする? それなら……。

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