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2年間のこと⑤ 東南アジア・カンボジア 前編(カジノと詐欺編)

タイからカンボジアへ国境を抜けると急に貧しくなった。タイはホテルもトイレも道もキレイだった。カンボジアはあちこちゴミが散らかっていて、川岸はゴミの山、水面はぶくぶく泡だらけ。やせこけたノラ犬がその辺を歩いている。

僕がついたのは夜中だった。バスを降りるとフード姿の少年たちがマリファナを吸っている。他に人影はなく、少し歩くとバーがあった。中に入るとズンズンとダブステップが流れていて、僕と同じくらいの身長の、つまりは180cm近い女性が出てきて図太い声で聞いた。

「トイレはそこ。タクシーはもうない。マリワナ? ドリンク? プレイ?」

僕は歩いてホテルまで行き、翌日検問を越えた。

パスポート・コントロールの係員に、「この旅券では入れない。追加で5000円支払ってください」と言われた。よくある詐欺だとわかっていたが、タイまで引き返して大使館に電話して……という手続きを考えたら面倒になったので支払った。

ふつうの日本人観光客はこんな検問を通らない。飛行機で一気にアンコールワットか首都プノンペンまで飛んでしまう。僕はあえて陸路をとり、ヤバイと噂の国境線上の街を見に来たのだ。この街にはカジノがある。それで、法律でギャンブルが禁じられているタイや中国の金持ちたちがごっそり集まってるらしい。

僕は受付で1万円ほどデポジットを支払い、カジノに入った。Tシャツとタイパンツではマナー違反だろうと思い、リュックから着替えを取り出してトイレで襟付きの服に着替えた。でもお客のほとんどはアロハシャツと短パンだった。ブラックジャックとバカラを少しやったが、一緒になったケンという名の中国人はピッチリとした七三分けで、大きなサングラスをかけた茶髪の女を連れていた。僕が思い切って1万円とか張ってドキドキしてる前で、ケンは明るく笑いながら10万20万と賭けていくので、何だかバカらしくなってやめてしまった。

食堂に行くと、タイ料理と中国料理が食べ放題だった。「ホントにFree?」と訊いてもホントにFreeだった。考えてみれば当たり前だ。一晩で100万とか1000万とか突っ込む客をもてなす食堂で、ヌードル一皿80円とか細かく集めてどうする。

中国人の金持ちがバカラで負けたお金のおかげで、僕はタダメシをたらふく食べた。しかも、どれもかなり質は良かった。

* * *

翌日「湖の上にある町」を見に行った。特殊な集落なのでガイドを雇わないと入れないらしい。1万円ほどオンライン決済で支払うと、翌朝七時、ダミ声のガイドが迎えに来てくれた。

途中、休憩で地元の人たちのマーケットに寄らせてもらい、見たこともない虫や動物のブタの頭を売りつけられたが、丁重に断った。その代わり動物の骨で作った数珠を一つ買った。ホテルで虫を料理するわけにはいかないが、地元にお金は落としたい。しかしその数珠は一週間くらいで糸が切れてどこかへ行ってしまった。

2時間ほどドライブして湖の上にある街につく。この写真の家を見るとわかりやすい。地面からずいぶん高いところに建てられているように見えるが、雨季になると床下ひたひたにまで水面が来る。

歩けるところは歩き、より深いところを見たいときは船頭のオバチャンにチップを払って船で行く。でたらめにでかい湖で、雨季になると東京都どころか、岩手県が丸ごと沈むくらいのサイズだそうだ。

お昼ごはんは水上のレストランでランチプレートを食べた。カンボジアにしてはかなり割高で、日本円換算で1000円くらい。高級レストランの金額だ。さらにその後、水上にある学校を見学したら子供らが駆け寄ってきて、口々にたどたどしい英語で話しかけてくる。

「Welcome! I am Kan!」

「I am Toom! What is your name?」

「I love Japanese Manga! Naruto!」

子どもたちとの微笑ましい交流がすんだところで、すかさずガイドが流暢な英語で説明する。

「温暖化の影響もあり、湖の漁獲量は年々下がっています。さらに外国からの輸入品が増えて、販売価格も下落する一方です。この子たちはみんなお古の教科書で勉強しています。よかったら皆さん、この子たちの教科書代を寄付してもらえませんか?」

ちなみにガイドツアーの参加者は僕以外全員ヨーロッパ人の金持ちばかり。一流企業を定年退職された金髪のご夫婦なんかが参加されている。こんなことを言われたら欧米人は寄付しないわけにはいかない。SDGsとフェアトレード、二刀流で殴ってきやがる。そして僕も、「どうせ教科書以外のことに使われるんだろうなあ」とうすうす勘づいてはいるけれど、たまらずお札を2枚、3枚と募金箱に放り込んだ。

カンボジア人の平均月収は1万5000円くらいだ。書き間違いではない、本当に月給1万5000円、年収18万円程度だそうだ。そりゃ、こうもなる。必死に漁業やるよりも、ツアーを組んで台本を書き、バカな日本人とヨーロッパ人を騙す方がよっぽど上がりがいい。

外国の観光客向けに上手に一芝居打つことで、彼らはiPhoneやAndroidを買う。しかしそれも、この絶望的な格差を考えれば腹も立たない。子供らのうち何人かは、本当に真剣に英語を勉強してるだろう。この国を出ていくために。

* * *

湖の上の子供たちに寄付をするのは惜しくなかったが、アンコールワット観光でいちいち金を払うのは馬鹿らしいので、現地で原付きを一発借り、自力で見て回った。

アンコールワットについては普通のことしか書けないから、僕が長々書く必要はないと思う。木が寺院を飲み込んでいる光景に、最も圧倒された。千年以上前に建てられた巨大な寺院が、何百年も放棄され、忘れ去られて、気がついたら木に飲み込まれていた。それが今、再発見されて、世界中から観光客が集まっている。

1000年もあれば、人間の最も偉大な仕事でさえ、こうもあっさりと自然に飲み込まれてしまう。

夕方、絶好の夕焼けスポットがあるというので行ってみたら、高台の上に500人くらい集まっていた。日が落ち始めると、誰かが「あと5分!」とカウントダウンをはじめる。カンボジアの国歌なのか、歌を歌う人もいて、熱気が高まり、どんどん人も増えてきて、妙な一体感も生まれてくる。

まるで音楽のライブ会場みたいだ。スター登場を待つ、ライブハウス……。

そしていよいよ日没時刻が迫り、カウントダウンの青年に合わせて、人々が大声を上げる。

「3, 2, 1… Zero!」

日没時刻! なぜか大きな拍手と歓声があがり、隣同士抱き合っている人までいる。僕も「ヒュー!」と歓声を上げて、知らんヨーロッパ人のおばあさんとハイタッチした。

人々はゾロゾロ帰りだす。でもその後も夕日はゆっくりゆっくり、沈んでいった。とてもいいものを見た。この夕日だけは、おごる人もおごられる人もなく、金持ちも貧乏もなく、無料だった。

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