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2年間のこと④ 東南アジア・ベトナム(ジャイアン編)

僕が若い頃にはバックパッカーや自分探しの旅ってのが流行っていて、自分も10ヶ国くらいは回った。でも東南アジアに行ったことがなかったのが残念だったので、1ヶ月ほど回ってきた。

ベトナムの話からしよう。旅しやすくて、安い、何でもおいしい街。でもゾッとする街。

ベトナム戦争に興味があるので戦争関係の博物館やスポットは隈なく見て回ったが、首都ハノイにある「ホアロー収容所」はすごかった。アメリカのCNNが「東南アジアで最も恐ろしい観光スポット」なんて紹介していて、どれだけ恐ろしいんだろうとドキドキしながら訪れた。

前半は植民地時代、建国の父たちが、政治犯としてフランス軍に捕まり、まさに鞭に打たれドブ水をすすりながら戦った歴史が展示されている。日本で言えば坂本龍馬や西郷隆盛がぶち込まれ、虐待されていたような場所と言えばいいだろうか。当時の収容所を改装してそのまま博物館にしているので、「まさに・ここ」で人が拷問を受け、殺されていたというリアリティがある。ちょっとできの悪い人形や、カタコトのオーディオガイドなんかも不気味だった。

Quoted from Wikimedia Commons

その後、第二次世界大戦の頃はアジア侵略中の日本軍が使用し、ベトナム戦争時にはアメリカ兵の捕虜収容所として使われていた。米兵からはヒルトン・ホテルに引っ掛けて、「ハノイのヒルトン」と呼ばれ恐れられていたらしい。

建物のファサードは、街並みに調和しない真っ黄色のレンガ造り。このギャップも不気味だ。こんなところで人の首を切ったり、爪を剥がしたりしていた。

Quoted from Wikimedia Commons

しかし展示内容はそれほど「恐ろしい」とは思わなかった。少し前にカンボジアへ行き、ポル・ポトの虐殺の歴史をつぶさに見て回っていたから感覚が麻痺しているのかな? 特に後半に差し掛かると展示内容が急に明るい、教訓めいたものになる。ベトナム戦争の悲劇を伝えつつも、収容された米兵をいかに人道的にに扱ったかとか、当時の犠牲や努力が今の発展の礎になっているとか、そういう……。あれ何だったんだろう?

施設を出て、近くのきったねえ露天でフォーか何か食いながら(ちなみにめちゃくちゃうまい)現地の人と話していて、「あっ」と思った。忘れていた。

中国や北朝鮮のイメージが強くてかすんでいるが、今もベトナムは共産党一党独裁だ。かなり厳しい報道規制が敷かれており、「言論の自由」なんてない。後半で急に展示のトーンが変わり、いかに捕虜を丁重に扱い、敵である米兵にも慈悲を示したか……そこばかり強調していたのは、そりゃ当然だ。ベトナム共産党の息がかかっていないわけがない。

世に出ている情報は正しい、なんてのは幻想だ。いろいろな思惑でねじ曲げられており、嘘ではなくても都合のいいことばかり書いている。もちろんときどき嘘も書いている。堂々と嘘を言えば、それは本当になってしまう世の中だ。もしかしたらタイム誌もそこまで踏まえた上で「最も恐ろしい歴史スポット」なんて呼んでいたのかもしれない。ここは捕虜虐待という恐ろしい戦争犯罪が行われた場所だけど、現在進行系で偏った情報を展示している「恐ろしい歴史スポット」……。事実歪曲、歴史修正、ベトナム共産党の言論統制の実態が、そのままナマで展示されている!?

そう思うと確かに恐ろしい歴史スポットだ。

* * *

その後も足を棒にして歩き回り、フットマッサージの店に立ち寄った。「ハノイのマッサージはどこも安くてサービスがいい」と評判だったので、せっかくだから少し高めのところに入ってやった。

何となくマッサージ・スパというと美人のお姉さんがやっているイメージだったが、かなりガッシリ体型、浅黒い肌をした、角刈りのお兄さんが出てきてギョッとした。しかもやたらと会話や接客の距離感が近い。「日本からお越しで! 私、日本、とても好き。一度行くのが夢!」、「お兄さん、そのカバンカッコいい! どこ製?」。んー、ちょっと苦手なタイプだ。

しかもお名前を尋ねると「私の名前、ジャイアン! ジャイアンです!」とまで言ってきた。笑うしかないので、笑う。

本当にこんな感じ

こうなったらもう乗りかかった船だ。この手の方は「コミュニケーションもサービス」と思っていらっしゃるので、喜んで受け取ってやるのがマナーだろう。マッサージを受けつつ、会話が盛り上がるような質問を考え続けた。客であるこちらが気を遣っている状況なのだが仕方がない。もっともこんなことは珍しい話でも何でもない。コミュ障以外は知らないだろうが、おしゃべりの美容師やエステティシャンに当たったとき、多くの気の弱い日本人はこうしているのだ。会話を断ったら申し訳ないと思って、必死に楽しそうに振る舞っているのだ。

とは言え彼はいいヤツで、会話もマッサージも上手だったから、1時間、結果的には楽しく過ごせた。僕も上機嫌でお会計をして、ちょっとチップも弾んでやった。するとジャイアン、すごく喜び、「心の友よ!」と言ってきた。僕は驚いた。

「それ、ジャイアンのセリフですよね! よく知ってますね?」
「だって私、ジャイアン大好きです。子供の頃から」
「子供の頃から?」
「ベトナムでは、ドラえもん、大人気です。ずっと放送してるし、みんな知ってます。私はジャイアンが一番好き!」

てっきり日本人客向けの“鉄板ネタ”としてジャイアンと名乗ってるんだと思ってたら、ガチのジャイアンファンだった。なぜジャイアンが好きなのか? 理由を聞くとジャイアンはこう答えた。

「ジャイアンは、見た目よくないけれど、心がきれい。ジャイアンは、乱暴者に見えて、友達、絶対に裏切らない」
「劇場版のこと?」
「そうそう。映画になると、ジャイアンは強くなる」

この冗談はベトナムでも通じるのか。そして次のセリフで、僕はうっと感動し、思わず黙ってしまった。

「私も見た目はあんまりよくないです。でも、心はきれいで、友達が好きでいたい。だから、ジャイアンと言っています。日本はドラえもんという素晴らしい作品を作りました。だから私、日本に行ってみたい」

距離感が近いタイプは苦手なんだよな。なんて最初は思っていたくせに、最後に僕は、ガッシリとジャイアンと抱き合った。そしてお互い背中をバンバン叩き合い、こう叫びながら別れた。

心の友よ!

* * *

僕も、心はきれいで、友達が好きでいたい。

(続く)

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