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Edinburgh International Festival滞在記

朝の7時だ、とはいえこんなに人のいない成田空港というものを僕は見たことがない。出発便の情報を並べた電光表示パネルの情報も閑散としていて、便自体が減っているのがわかる。コロナの打撃で航空業界はめちゃくちゃらしい。エディンバラ行きの航空券を取ろうとしたらエコノミーなのに100万とか出てきて目玉が飛び出そうになった。格安航空券でググり直しても50〜60万円くらいする。

その後Kiwi.comという悪評高いチェコの格安航空券サイト(ご利用はおすすめしません)でだいぶ安いものを見つけたが、まったく。東京→シンガポール→ドイツ・ミュンヘン→ドイツ・デュッセルドルフ→ロンドンという乗り継ぎ4回、22時間かかった。トランジットの時間は入れないで。しかも到着地はエディバラではなくロンドンだ。

デュッセルドルフで悪魔のような航空職員と出会い、トランジットを乗り逃して航空券を取り直し、5万円くらい損をした。

おれ「通れない? ここに、この通り、eチケットがあるんだけど」
係員「私には読めません」
おれ「あー、ほらここ、予約番号がこれで、飛行機の便名がこれで」
係員「ソーリー、私には読めません」
おれ「じゃあ英語で表示すればいい? タブレットで確か……」
係員「ブリティッシュエアウェイズのウェブサイトから、オンラインチェックインで」
おれ「うん、それができないんだ、なぜか。ほら、こんな表示になってしまって」
係員「私にできることは何もありません」
おれ「ここでは対応できない? もう搭乗開始してるのに?」
係員「私にできることは何もありません」
おれ「じゃあ、せめて、どうしたらいいか教えてくれません?」
係員「ブリティッシュエアウェイズに問い合わせて」
おれ「窓口はどこ?」
係員「わからない。私にできることは何もありません」
おれ「じゃあ、誰に聞いたらいいかを教えてくれない?」
係員「ソーリー。私にできることは何もありません」

せっかくロンドンへつい他ので久々にグローブ座 Shakespeare’s Globe で芝居を一本観た。『テンペスト』がちょうど初日でワーイと大喜び。見ての通り会場は満席、誰一人マスクもつけておらず、客席でビールやスナックを飲み食いしながらゲラゲラ談笑している。日本の空気に慣れてる身としては、さすがに一瞬背筋がゾッとしてずっとマスクをつけていた、でもこれが本来の劇場の姿なんだよな。今、東京でやってる演劇は、演劇に似た何か、ちょっと違うものだ。

素晴らしい演出、最高のテンペスト! 写真中央ちょい右に少しだけ写っているのが見えるだろうか? プロスペロー、この劇の主人公は、今回の演出では小汚いホームレス風の格好、青いボロボロのベンチコートを着てバーベキューセットで何か焼いて食い始めた。手にはこれもボロボロの本。本? 新聞の折込チラシをスクラップで集めたようなヘンテコなファイルみたいなので、水をかぶってヨレヨレになっちゃったのかな、妙に膨らんでいる。海辺や川辺に本当にいそうな怪しいホームレスのプロスペロー。

一方、彼を取り巻く人々はむしろ普通。娘のミランダも派手な水着は着てるが小汚くはないし、妖精・魔物・怪物であるはずのエアリエルやキャリバんなんかはむしろ小綺麗でカジュアルな出立ち。難破した船に乗ってた王や臣下はみんなパリッとしたスーツで、プロスペローだけが異質であることがよくわかる。そして彼は終始異様にテンションが高い。ベンチコートを脱いで海パン一枚になって舞台上をワーワー走り回り、魔法のいたずらを次々仕掛けていく。

会場はずっと笑っていた。セリフでも笑いをとっていたし、セリフが古びて難しいところでは動きで笑いをとっていた。あと上空を飛行機が通り過ぎるたびに、音の鳴る方角に向かって「ウワーッ」「ヤメロー!」と叫んでウケをとってたが、10回くらいやってたのでさすがにしつこかったな。

そんなハートウォーミングなテンペスト、ラストは異常に「さびしい」終わり方だった。魔法の衣=ベンチコートを脱いだプロスペローはスーツに身を包み、ぼそぼそと「これでおしまい」「魔法は解けた」と言って客席へ降り、観客の合間を縫って歩き去って行った。「私たちは夢と同じものでできている」というセリフはラストに持ってこられていた。演劇という楽しい魔法、夢が終わって、カチッとしたスーツに包んでロンドンの街へ消えていく。日常へ戻っていくスーツ姿のプロスペロー。こういうラストもありなのか! 目を開かされた思い。

(あとさ、「客席の合間を縫って歩く」、これだけで感動できるんだよね。東京では絶対にできない。2mの距離を取らないといけないから!)

スコットランドの首都、エディンバラ、石造りの建物がずらり、歴史を感じさせるシックで重厚な街の風景。そのあちこちに大道芸人、歌手、ミュージシャン、パフォーマー、ピエロ、スタチューが居並び、街をあげてお祭りをやっている。公式サイトで検索したら3500以上の出し物をやっているらしいよ。どういう数だ、3500って。

バス通りからお城のある小高い丘へ上がっていく途中、壁中びっしり芝居のポスターが貼ってある。会話劇、スタンドアップコメディ、ミュージカル、マジックショー、サーカス、etc……。到底チェックしきれない量だ。とりあえず初日は有名な観光名所を回りつつ大道芸をつまみ食いするように見て行った。日本人のパフォーマーも2組ほど見かけた。

こちらでは投げ銭まで電子マネー化されていて、QRコードを読み取ると好きな額が寄付できる。お店でもクレジットカードやスマホ決済が使えない店はないし、現金不可の店も多い。もちろんお芝居のチケットもすべて事前決済、QRコードによるeチケット。日本でも導入が進むといいんだけど。

空き時間にFringeプログラムの “The Burlesque Show” を見た。北村紗衣さんの本『お砂糖とスパイスと爆発的な何か』を読んで以来バーレスクにはずっと関心がある。以前アメリカで少し見たが、さぁスコットランド・エディンバラのバーレスクはいかがなものか……と会場へ向かったものの、まず劇場が見当たらない。そもそもこんな閑静な住宅街(石造り4階建の歴史的な建物がずらっと並んでいる)の真ん中にバーレスクをやってるような劇場があるというのが信じられないが。住所まで行っても看板一つ出ておらず、歯のないショートカットの初老の女性がテンションの高い小太りの金髪女性と談笑している。……なるほど。

ここだ。と思い、扉をくぐると案の定小さなカウンターがあって、ハローご予約ありますか?と若い男性が話しかけてきた。早速予約を済ませ、開演までの時間を近くのパブでビール飲んで潰した。こんな住宅街でああいうヤバそうな見た目の人たちが談笑している以上、ここは劇場だと考える方が合点がいく。

そして見た本番は。うまく言えない。30名も入ればいっぱいになるような小劇場でバーレスクファンたちが集まり、ヒュー!とかオーッ!という歓声に包まれながらショーは進んだ。想像通り、出演者は劇場の前でたむろしていた歯のないショートカットの老女とテンションの高い小太りの金髪女性。お世辞にも美人とは言えない、二人ともすごくお腹がたるんでおり、歯のない女性の方は歳のころも60代と思しき感じで、性的に惹起される要素は全くないものの、二人が代わる代わる恍惚とした表情や実に楽しそうな表情で踊り、脱ぎ、自分の体を誇示していく様はパワフルだった。「この体は私のものだ」「私はこれを使ってお前らを楽しませてやる」、なんかそんな矜持を感じた。

そして夜はいよいよ本命中の本命、Military Tattooへ。エディンバラ城の入り口に1万人は入りそうな特設スタジアムが組み立てられ、そこに次々と軍人さんたちが現れて行進やパレード、パフォーマンスをしていく……というものなのだが、規模が大きすぎてちょっと説明がつかない。サッカー場くらいの広さのあるアリーナを、軍人さんたちが一糸乱れぬ行進で進んでいくだけでも圧巻なのだが、当然さまざまな演出が加わっている。ブラスバンドやバグパイプの生演奏はもちろんのこと、DJがいたり、マイクパフォーマンスの兄ちゃんが出てきて大暴れしたり、メキシコの衣装を着た一群がスカートの裾をはためかせて踊り狂ったり。

当然、照明効果やプロジェクションマッピングなんかも取り入れられて、ビジュアル的にも美しい。

全く違う音楽や衣装の一群が次々と現れ、新たなパフォーマンスをめくるめく繰り広げていく。ほとんど時間を忘れるようにしてそれを見ていると、芸術の本来の効用の一つ、Entertaining、楽しませるということ、つらい現実を忘れて別の世界に移入・没入するということを実感する。僕のとった席は値段でいうと中くらい、1万6000円くらいの席だったが、まぁ高いじゃないですか。一番安い席でも50ポンド、6000円とか7000円とかしたと思う。高い席だと5万円とか。そんな額を払って、こうして1万人も集まって、こんなイベントが2週間近くやっている。おそらくパートのおばちゃんも八百屋のおっさんも来ているはずだ。芸術がなければ、楽しさがなければ、人は生きていけないんだろう。

そして民族音楽、EDM、ロック、ポップス、外国の音楽、ラップ、合唱……そんな音楽を聴きながら、次々いろんな衣装の人々が飛び出してくるのを見てると、それだけで何か泣けてくる。音楽が違う、衣装が違うということは、民族と文化が違うということだ。百花繚乱する多様性を見ていると、それだけでグッとくるものがある。

帰り道。見ての通りマスクしてるのは俺だけだが、この人だかり。

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