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若い劇作家からの手紙、『1961年:夜に昇る太陽』について

『1961年:夜に昇る太陽』を上演中で、多方面から大変な好評を頂いているが、少し印象深い出会いがあった。

「とても良かったです。うちの劇団員にも……」

そう話しかけてきた20代前半と思しき少女は、真っ直ぐな、ぶれない瞳をしていて「あ、これ賢い子だな」と一見してわかったが、話してみると少女都市という劇団を主宰している作家であり演出家であるという。調べてみると(おそらく)20代前半という若さにも関わらず岸田賞にもノミネートされていて、将来を嘱望されている。名前は葭本未織さん。

そんな彼女から頂いた感想メールがあまりに正鵠を射ていたので、許可をとった上で少しブログで紹介する。

『1961年:夜に昇る太陽』、本当に素晴らしい作品でした。双葉町の原子力発電所の誘致に関する知らなかった事実をたくさん知ることができました。(特に、職員にハイキングの格好をさせて…というくだり、人間のすることか、とゾッとしました。)

私の住んでいた地域の近くでも、子供の頃、処分場を作るという話がありました。(住んでいたのは兵庫県で、つくられるかもしれなかったのは、徳島の淡路島に面した地域です)住民の反対で作られなかったものの、3.11以降、本当につくられていたらどうなっていたかをずっと考えていました。また、反対が成功した地域にいたからこそ、なぜ日本全国の原発のある地域の人々は、誘致を許可してしまったのか。それがずっと知りたいことでした。けれど、作中で、3億という大金を目の前にした登場人物たちを見たとき、果たして自分の身にこのことが起こったとき、本当に土地を手放さないという決断をできるかと、強く考えました。自分自身に問いかけながらクライマックスのシーンでした。

「田舎は何にも(自分で)決められない。」(うろ覚えですみません。)という主人公のセリフがとても刺さりました。東京の23区は何もかもを自分たちで決められます。たとえ本当はそうでなくても、そうであるような意識を持っていると、私は思います。だから、搾取される地方のことを、中央に見ないことにされる、無視される地方のことを、理解できないのです。今も、昔も、そこかしこに漂う諦念と、それでも郷土を離れられない想いが、地方を構成していると思いました。その点を、非常に細かに、またジャーナリズム精神にあふれた姿勢で描き出されていたことに、拍手が止まりませんでした。

また、そういった非常に繊細な題材を、人形劇や(真がだんだん本当の子供に見えてきて不思議でした)「笑い」を用いて、すんなりと観客に受け止めさせる手腕に、心から脱帽しました。

長くなりましたが、『1961年:夜に昇る太陽』、本当に素晴らしい作品でした。チケットは完売とのことですが、もっとより多くの方に見ていただけるよう、口コミで広めたいと思いました。公演もまだまだ続きますが、御出演者・スタッフの皆様が最後まで何事もなく走り抜けられるよう、心よりお祈りしております。

葭本未織

作品の根幹をきちんと指摘してくれているので、読んでいてとても嬉しい気持ちになった。そう、まずこの作品は「なぜ」からはじまっている。当初のコピーは「なぜ福島は”Fukushima”になってしまったのか?」というものだったが、私が解き明かしたいのはなぜ原発は生まれ、道を誤り、あのような事故を引き起こしてしまったのかという「なぜ」なのだ。あるいはなぜ危険とわかっていながら地元は引き受け、小さな事故がいくつか起きた後でも、そしてチェルノブイリの事故を目の当たりにした後でも粛々と営業を続けたのかという「なぜ」なのだ。

2つ目の指摘も大変ありがたい。この作品は、東京と田舎の関係の話でもある。主人公・孝という人物に担わせたのは、科学者という視点もそうだが、それ以上に故郷を捨て、発展を夢見て都市に集った当時の日本人マジョリティの象徴としての姿だ。だから彼の後半の発言は、孝という個人を飛び越えて、故郷を捨て地方の原発誘致には「関係ない」と口を紡いだ当時の日本人の姿やそれへの批判を大いに背負わせている。

登場人物のうち4人が20代前半という、非常に若い芝居でもある。これは、若い日本、戦後間もなく立ち直りつつあった当時の日本を表している。だから1986年を舞台にした第2部では若者の出番は減り、ぐっとおっさんが増える。2011年に至っては老人が主役になるだろう。日本という国の老いと過ちが、あの人災事故(震災は天才だったが原発事故は人災だ)を引き起こしたのだ。

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