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福島を語り、疲れる

『1961年:夜に昇る太陽』関連企画でいわきへ来て、演出家トークというのをやらせてもらい、2時間話してヘトヘトに疲れた。

何に疲れたのか。福島の人を前にして、福島のことを語るということが疲れたのだろうと思う。当事者たちを前にして震災や原発について語るというのは釈迦に説法、プロスケーターにスケートのコツを語るようなものです。常軌を逸している。

しかしそういう覚悟を持たなければ『1961年:夜に昇る太陽』はやれないのだと改めて決意もする。私は作品を作って福島で上演するのだ。委縮しても仕方がないし、自分の調べてきたこと、考えてきたことに確信を持たなければならない。覚悟なくして書ける言葉なんて一つもないはずなのだ。

今日は「僕はこの作品を原発についての作品だと思っている。あの震災を世界史的に見ても稀有な、特殊なものにしてしまったのは、やはり原発事故があったからだ」という趣旨のことを言ったが、言い終えて背筋がヒヤリともした。間違ったことを言ったとは思わない。しかし、この聴衆の中には確実に、津波で家族や友人を流された人がいるのだ。そういう人に対して「原発事故がこの震災を本当に特殊なものにしてしまった」と語ることは、間違いではなくても正しいことではないかもしれないと思うのだ。

しかし語れば、語る以上は、その覚悟は持たなければならない。

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