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随想、狭間

私のここ数年の集大成的な作品『三文オペラ』が終わり、その回顧に浸る間もないまま、次の作品、その次の作品へと思いと時間を駆り立てられ、寝ても覚めても仕事をしつつ、その狭間にひたすら酒を飲んでいる。病気である。治す気のない病気である。

確かボードレールだった、「酔え!」というタイトルの詩を書いたのは。酔え、常に酔ってあれ、さもなくば君の両肩は押し潰されてしまう、時の重荷に、人の重圧に、だから常に酔ってあれ、それは酒でも音楽でも詩でも政治でも何でも良い、常に汝自身を酔わせてあれ、と、なんかそんな感じの詩だった(有名なので調べて下さい)。

私は昼間は演劇と著述に自らを酔わせてあり、夕方過ぎると酒に自らを酔わせておる。まともに生きていける気がしない。これらの酔薬をなしにしては、立っていられる気がしない。呼吸はギリギリできたとしても、時の重圧に押し潰されない気がしない。

私は何と幸福な日々を生きていることか。哀れな一人のアルコール中毒患者として。そんなもん今さら流行りもしねえが、なるべく浮世と離れていたい。確定申告とかしたくない。昔のインドの吟遊詩人のように、王様のお膝元で詩の朗唱だけして生きていきたい。インドにそんな奴、本当にいたのかどうかはとても怪しい。

酔っていない人が怖いのだ。理性と法則に従えている人たちの振る舞いが怖いのだ。私のようなクズ人間は、自分のいかにクズたるかを重々承知の上で生きてる。自分に何の正義も理非もなく、たゆたう波、網の網目、うたかたの泡飛沫、そういうものだと自覚しておるのだが、「私は正しい」「こうあるべきだ」と臆面もなく正常な善良な市民(書くの面倒になったのでやめる)

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