あっちこっちから「ちいかわを見ろ」と聞こえてきた。江戸文化の研究家、文芸評論家、水道局の職員、演劇人、あと高校の同級生……。僕はそもそも「ちいかわ」が何なのかさえ知らなかったので、知識ゼロで映画館へ行きました。以下ネタバレです。

感想を一言で言えば、もちろん面白かったです。
絶賛される理由もよくわかる。あのほのぼのとした世界の中で、大切な誰かを守ろうとした小さな行為が、復讐の連鎖を生んでしまう。「ちいかわ」でありながら、本格的な戦争映画なんですよね。
そして音楽がすごかった。トクマルシューゴさん&上水樽力さん。以前僕は『わたしは真悟』でトクマルさんとご一緒したことがあるけれど、こういう仕事をやらせると凄まじいですね。メロディやアレンジがシーンに合ってるのはもちろん、曲の長さや展開がドラマとぴったりシンクロしてる。無声映画の伴奏音楽を思わせます。音像はかわいらしいのに、気迫のこもったすごい仕事でした。
一方、「善意のすれ違いが争いを生む」「敵にも味方にも守りたい人がいる」というテーマ自体は、決して珍しくありません。でも、これを「ちいかわ」でやったというのがすごい。
僕は動いている「ちいかわ」を今回初めて見ましたが、これは日本文化が積み重ねてきた「省略と記号化」の到達点でしょう。鳥獣戯画や浮世絵の例を引くまでもなく、日本には線や形を徹底的にデフォルメしつつキャラの個性をくっきり立ち上げる長い歴史があります。つまりこれは鳥獣戯画→アトム→ドラゴンボール→ちいかわと引き継がれてきた、日本美術の集大成なんですね。(言い過ぎ)
そもそも。初見の僕でも完璧にキャラクターの見分けがつく。これ、すごいことです。

大体みんな、丸っこくて、小さくて、かなり似ている。でも、耳や頭の形、小道具や目の表情など、ほんのわずかな差ひとつで完璧に別キャラクターを生み出している。単純に見えて、非常に高度なデザインです。
そして僕がいちばん面白いと思ったのは、そんなキャラクターデザイン自体が、最後には物語の主題と結びついていることでした。
人魚と島民の争いの発端を作ってしまった、ヒトハとフタバという二人の島民がいます。黒くて丸っこい、頭に葉っぱがついている、あの二人です。

この二人、顔がない。顔がないんです。
そして他の島民たちと、よく見ないと区別がつかない。ちいかわたち主人公は一瞬で区別がつくデザインなのに、島民たちはよーく見ないと見分けがつかない。ずらっと並ぶと、紛れてしまう。
ここがものすごく重要なんじゃないか。
群衆というものは、個人の責任を薄めます。一人ならできないことでも、みんなに紛れるとできてしまう。自分の名前も、顔も、責任も、「みんな」の中へ溶かすことができる。
ヒトハとフタバも、自分たちが人魚を食べたことを島民たちに告白しません。セイレーンにも名乗り出ない。その結果、争いが生まれるけれど、二人は群衆の中へ紛れることができる。
顔がないから。
対照的なのが、森の奥で客の来ない変な居酒屋をやっているおっさん、島二郎です。

島二郎は、他の島民とはまったく違う。やけに辛いカレーと、変な味の貝汁を作って、自分の判断で人を助け、自分の判断で戦う。群衆と同じ行動をしない。
だから彼には、顔がある。もうどうやっても群衆に紛れないくらい(笑)、ちょっと引くくらいの個性がある。
群れから離れて、自分で判断する者だけが「顔」を持っている。――もし、このキャラクターデザインまで意識してやっているのだとしたら、かなり恐ろしい社会風刺ですよね。オルテガ・イ・ガセットの『大衆の反逆』やル・ボンの『群集心理』、ハンナ・アーレントの『全体主義の起源』と並ぶのが、『ちいかわ 人魚の島のひみつ』というわけです。
終盤、キャンプファイヤーで『今日の日はさようなら』が歌われます。そこで歌われる歌詞が、すさまじい皮肉になる。
♪いつまでも 絶えることなく 友達でいよう (1番)
信じ合う喜びを 大切にしよう (3番)
島民たちは、みんな友達。みんな互いを信じている。みんなで歌い、みんなで笑い、みんなで同じ敵を憎む。
だからこそ、みんなで敵=セイレーンをボコボコにできる。
「仲良くすること」や「信じ合うこと」、それ自体では美しいことです。でも「僕たち仲間だよね」と笑い合い、自分を全体に同化させたとき、それは暴力の装置にもなる。「みんなと一緒」と思ったときに、人は暴力を正義とする。
冒頭でこれは「ちいかわ」だけど「戦争映画」と言いました。もっと言うと、民主主義と戦争についての映画なんだと思います。そしてそのテーマは、今、2026年の世界にとって、最先端のトピックです。
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なんてまぁ、こういう七面倒臭いことを考えなくても、普通に「かわいい」「面白い」で見られるのもいいとこですね。最近のアニメ映画ってやっぱめっちゃクオリティ高いですね。あと声優さんめっちゃ好演でしたね皆様。あれで内容伝わるんだから、やっぱプロはすごいなぁなんて思いました。