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月: 2021年5月

東京グローブ座『LUNGS』演出

2021年10月 東京都 東京グローブ座
2021年11月 大阪府 サンケイホールブリーゼ

作:ダンカン・マクミラン 演出:谷賢一 出演:神山智洋(ジャニーズWEST) ほか

谷賢一コメント

戯曲を初めて読んだとき、手が震えました。こんなにすごい本があったのか!と。演劇は俳優の演技を通じて、観客が自分の想像力のキャンバスに絵を描いていく芸術です。演者と観客で共に描く絵画なのです。すべての演劇がそうですが、この「LUNGS」は俳優の身体を通じて時間も空間もすべて観客が描き、塗る。演劇の究極の形です。

奇しくも昨年、同じ作者ダンカン・マクミランの作品「エブリ・ブリリアント・シング」を演出・上演して、そのパワーとユーモア、演劇的可能性に圧倒されました。またこうして世界最先端・最高峰の作品に関われることを誇りに思います。

主演の神山さんと手を取り合い、息を合わせ、同じ理想を共有し、日本の観客にこの素晴らしい作品を最高の形でお届けしたいと思います。

DULL-COLORED POP vol.23『丘の上、ねむのき産婦人科』

2021/8/11(水)~8/29(日)@下北沢ザ・スズナリ
2021/9/1(水)~9/5(日)@大阪in→dependent theatre 2nd
2021/8/27(金)17時~9/26(日)23時59分@配信・観劇三昧 

駅の北側、商店街を抜けた先、丘の上にある「ねむのきさん」は、昭和のはじめ、古くから続く産婦人科で、私も私の母も祖母もここで産み、生まれたらしい。今日のロビーは少し混み合っていて、私たちを含めて12人の男女が座っている。年齢も服装も表情もバラバラ。みんな一体何を考えているのか。しかし決して会話は起こらない。6組の悩み、いや12人の別の考えが、誰も喋らない静かなロビーにぽっかり浮かんでいる。

「妊娠」をテーマに数十名に取材を行い、7つの連作エピソード集にまとめあげた新作戯曲。とある架空の地方都市に存在する産婦人科の人々の姿を通じて浮かび上がる現代社会の様相、――少子化・晩婚化・ジェンダーロールやジェンダーギャップ・若者の貧困・不妊治療・中絶・ひとり親・モラルハラスメント・反出生主義、そして男女の意識の違い。「自分と異なる性/生を想像する」というテーマに基づき、男女入替えA/Bキャスト2バージョンで上演するDULL-COLORED POPの最新作です。

キャスト

東谷英人、内田倭史(劇団スポーツ)、大内彩加、倉橋愛実、塚越健一、宮地洸成(マチルダアパルトマン)(以上DULL-COLORED POP)、岸田研二、木下祐子、冨永さくら、湯舟すぴか、李そじん、渡邊りょう

スタッフ

作・演出:谷賢一 脚本監修:北村紗衣 医療監修:稲田美紀(医師)

美術:土岐研一 照明:松本大介 音響:清水麻理子 衣裳:及川千春 舞台監督:竹井祐樹(StageDoctor Co.Ltd.)配信映像監督:松澤延拓、神之門隆広 照明操作:和田東史子 舞台監督助手:澤田万里子 宣伝美術:平崎絵理  制作助手:佐野七海、柿木初美(東京公演)、竹内桃子(大阪公演) 制作:小野塚 央
助成:芸術文化振興基金 協力:城崎国際アートセンター(豊岡市) 主催:合同会社 DULL-COLORED POP

配信 9/26(日)23:59まで視聴可能

女性俳優が女性役を演じるAバージョンと、女性俳優が男性役・男性俳優が女性役を演じるBバージョン。

公演情報・詳細

http://www.dcpop.org/vol23/

取材する

DULL-COLORED POP次回作『丘の上、ねむのき産婦人科』のために取材を続けている。たくさんの妊婦さん、経産婦さん、あるいは不妊治療や人工妊娠中絶の経験者から話を聞いている。産婦人科で起きるドラマ。幅は広い。男性からも女性からも話を聞きたいが、やはり女性の比率が増える。

今日は4人話を伺った。千差万別とはまさにこのこと。妊娠・出産というキーワードがあるだけで、ほとんど共通点のない、非常に個人的な話が聞けた。僕も取材時に言っている、「私だけの/私にしかわからない話でもいいので教えて欲しい」と。

『福島三部作』でたくさんの人の生の声を聞く体験をして、僕の中で取材のイメージがずいぶん変わった。誤解されているかもしれないが、効率だけを考えれば、人に会う取材は非常に効率が悪い。本を読んだりネットの記事や書き込みを読む方が、情報収集の効率は遥かにいいだろう。だから僕も効率だけ考えたらひたすら図書館に通っていた方が広い情報を得られるはずだ。

でも目の前に人がいると(正確には今はほとんどZOOM、オンライン会議だが)、伝わってくるものがある。熱というか、心というか。インタラクティブでもあるから、深掘りしたい話題を掘り下げられる。一般化されない、証明もされていない、統計も出ていない、n=1でしかないが確実にそこに存在する魂の震え、そういうものに出会うことができる。

特に今回のような妊娠・出産のようなプライベートな話題では、直接取材は本当に意味があるなあと感じている。今日話を聞いた4人の違いと言ったら! お腹の子どもを愛せなかった人。十数年のトラウマに取り憑かれていた人。0.9%の奇跡を掴んだ人。母親や祖母への反動を感じていた人。キャリアを中断された人。自己実現できた人。子供を産むことで義務を果たしたような感覚を味わった人。

明日もまた頑張ろう。

データで語る重要性~「なんとなく」危ないと語ることの「とてつもない」危なさ~

福島のことを話していると時々、こんなような言葉に出くわします。

「とは言っても、やっぱり危ないんでしょ?」
「統計には出ないレベルで健康被害が出てるんじゃない?」
「除染したって言っても、本当はガンが、奇形が……?」

いずれも「データや統計はない」が「危ないだろう」、あるいは「データや統計自体を信じられない」というような意見です。一見、良識的にも見えるこういった言葉が、実は「やっぱり福島の野菜はちょっと」「住んでたらガンになる」等の風評被害を後押ししていること、そしてそれが実は人の命さえ奪っていることを、多くの人に知ってもらいたいと思い、この記事を書きました。