"演劇メモ"
事業仕分けちょっと待て - 芸術文化関連ばっさりカットの方向らしい、今 / 演劇と愛について / CoRich! 舞台芸術チーフマネージャー・手塚宏二さんとトーク / 劇作家協会新人戯曲賞最終候補2009 / 演劇悪魔 / 20世紀が死につつある / 演劇芸術助成について語った、その虚しさ / 置きチラシ・折り込みチラシの今後 / Seagate 3.5インチHDD(1TB)『ST31000528AS』 / 市民劇である / 演劇的に観てもオバマ演説はすごい / ハロルド・ピンターたちの死について(本読み会リーダーズへ寄稿) / ハロルド・ピンター死去 / 第二十六回本読み会:ハロルド・ピンター『帰郷(Homecoming)』ほか / 小学校で演劇の先生をして来た / 相手が何を考えているか / 演劇企画JOKO主催・RADAイン東京 / 韓国人俳優が演技で大事にしている三つのこと / A4演劇学講座No.02 - 「演技=嘘」という嘘 / ロミジュリ4幕の場転に関するメモ / A4演劇学講座No.01 - 『演劇』を英語で言うと / 日本橋学館大学・芸術セミナー『諸芸術に見られる演技』 / ゆーきさんWSを終えての報告と感想 / ヴオジミェシュ・スタニェフスキの演劇について / スタニェフスキWS まとめメモ / スタニェフスキWS記録No.3 台本稽古 / 柚木佑美/サンフォード・マイズナーワークショップ記録 No.1 / スタニェフスキWS記録No.2 配役 / スタニェフスキWS記録No.1 ワークショップ初日 / スタニェフスキWS記録No.0 セミナー『ポーランド演劇・近代から現代』 / 本読み会・イプセン『ヘッダ・ガーブレル』を読む / テラ・アーツ・ファクトリー公開ワークショップ / 本読み会・木下順二を読む / 卒業論文『スタニスラフスキーの「身体的行動の方法」(以下略)』をアップしました / 能楽師・山井綱雄による『能舞エヴァンゲリオン』 / 卒論断片メモ / 卒論のテーマが決まった / 『13歳のハローワーク』―「劇団員」について随想 / ITI日本センター『養成プログラム―演劇の再生―』に参加するよ! / 下北沢・駅前劇場のトイレ / カカフカカ・高山銀平ワークショップ / 母校の演劇部を視察して来た / 加藤康介逮捕 / スタニェフスキ氏講演会 / 谷×ほーりー企画 / 企画展『ロイヤル・シェイクスピア・カンパニー 1961-2005』 / 新説・シェイクスピアは外交官ヘンリー・ネヴィルだった? / マクベスの Tomorrow Speech について / 黒と赤の戯曲『マクベス』 / 『マクベス』執筆年代の特定 / 史実の中のマクベス2 / 『マクベス』に登場するヘカテの謎 / 『マクベス』に登場する門番の謎 / 演劇ストーカー・Kリンク集 / 情熱大陸『蜷川幸雄』 / 血と悪夢と『マクベス』 / わからなさ / Comic Elements in Macbeth and King Lear / 串田演出『コーカサスの白墨の輪』、演出と批評について / 想像を絶するブレヒト演出 / 「せりふの時代」の発行部数 / 独白についてちょっと考える / ピナ・バウシュとダンスシアターについて書いたよ。 / ピンターを読んでるんだけど / MONO、イギリス帰り第一作目 / シェイクスピアは何故悲劇を書き始めたのか / An investigation into Artaud’s theory in comparison with Naturalism / 日本における劇評の位置 / イギリス現代作家、マーク・レイブンヒルについて / ロンドン地元民の劇場、The Questors Theatre / イギリス現代劇、IN-YER-FACE THEATREとは / 史実の中のマクベス / マクベスRPG(ドラクエ風) / 鴻上尚史・新作『リンダリンダ』、11月より上演 / メルマガ『しのぶの演劇レビュー』を購読しろ / ハムレットの気持ち / 2ch『演劇をやっている人に困り者が多いのは何故?』 / Differences of theatre between Tokyo and London / 芸術鑑賞しない人、半数に迫る / ベジャール新作、初演を延期 / 演劇の観客が減ったのはリアリズム演劇のせい? / トップにもどる
2009年11月17日
事業仕分けちょっと待て - 芸術文化関連ばっさりカットの方向らしい、今
何かニュースで言ってた事業仕分けの中に芸術文化関連も思いっきり含まれてるどころかばっさりカット路線であるということがあちこちから聞こえてきた。新国立劇場は主催公演を打たなくなってただの貸し小屋になり、演劇や音楽の助成金も片っ端からカットされるそう。ちょっとセンセーショナルに書いてると思うだろうけど、今回ばかしはあんまり嘘ついてないからやばい。
とりあえず夏井さんや矢作さんやしのぶちゃんに「やばいやばい」って言われて俺も黙っちゃいられないと思ったので、書いて送った。意見募集しているので。20分で書いた酷い文章だけど、これから書く人の何かの参考になれば。何か今日明日中に送った方が会議に間に合ってラッキー、というか遅れると意味ないくらいの勢いらしいので、「俺演劇やりてーし」とか思ってる人や「あたし演劇観てーし」と思ってる人は是非一筆ふるって欲しい。メールでイケるから。
俺より参考になるリンク:
2009年11月13日
演劇と愛について
今、僕は濫読を続けている。来年発注されている物の中で、最も手強そうで、かつ最も〆切が早い長編戯曲のプロットと格闘しているから。僕への発注は、「愛について書け」というものである。「谷賢一が書く、愛の物語が読みたい」。
2009年11月10日
CoRich! 舞台芸術チーフマネージャー・手塚宏二さんとトーク
今日はCoRich! 舞台芸術のオフィスにお邪魔して、社長に挨拶した後、チーフマネージャーにして専属コラムニスト(要はえらい人)の手塚さんとランチしてきた。
今や演劇ポータルサイトとして無二の存在感を放ち功罪相半ばすると言われるCoRich! 舞台芸術。よーしガンガン文句ぶちまけてギタギタにしてやる、と思って出向いたが、その結果は。
2009年10月24日
劇作家協会新人戯曲賞最終候補2009
劇作家協会新人戯曲賞最終候補5作決定: なるべく日刊StagePowerによると、劇作家協会新人戯曲賞最終候補作に、あいつが残っているらしい。
・「エダニク」 横山拓也(大阪府)
・「石灯る夜」 中澤日菜子(東京都)
・「雨と猫といくつかの嘘」 吉田小夏(東京都)
・「誰」 田川啓介(埼玉県)
・「マチクイの詩」 福田修志(長崎県)
こなちゃん、通りますように。タイトルだけなら圧勝だ。中身は、実は俺は、観てない…。
2009年10月01日
演劇悪魔
演劇悪魔という言葉が一人歩きしている。これ、こないだモリエールの小屋入り前夜、自暴自棄もいいとこの精神状態でテキトーに書いた言葉だったんだけど(明日から小屋入りブランヴィリエ - PLAYNOTEにて)、妙にあちこちで使われる。「あ、演劇悪魔だ」とか「演劇悪魔なんですってね?」とか、「こんにちは、演劇悪魔の方ですよね? ファンなんです!」とか。
中屋敷くんが自分のブログにこんなこと書いてた。
2009年07月01日
20世紀が死につつある
とにかく追悼。時間がないからといって追悼を手早く済ませるなんてよくないのはわかっているんだが。ダンスにはまっていた20~22歳の俺にとって、最も衝撃的なダンサーの一人だったピナ・バウシュが亡くなったそうだ。
ピナ・バウシュさん、死去: なるべく日刊StagePower
マイケルが死んだ、三沢が死んだ、忌野清志郎が死んだ、ちょっと前にはピンターが死んだ。わかるのは、20世紀が死につつあると言うことだ。そして、21世紀はまだ生まれていない。どれも20世紀の残りカスだ。
心からご冥福をお祈り致します。
2009年06月28日
演劇芸術助成について語った、その虚しさ
何か都庁で文化芸術振興に関係する仕事がやりたいという若駒が話を聞きたいと言ってきたのでほいほいオッケーして、30分のつもりが3時間喋り倒してきた。
2009年05月19日
置きチラシ・折り込みチラシの今後
今タイニイアリスの事務所で置きチラシの整理をしているんだが、酷い量の資源ゴミが出そうで頭が痛い。廃棄率95%くらい行ってるんじゃないか、これ?
脊髄反射で書くが、置きチラシはもちろん、折り込みチラシもそろそろやめようと言われつつ一向に変化の兆しがない。どうしたらいいんだろう。
2009年05月11日
Seagate 3.5インチHDD(1TB)『ST31000528AS』
ちょいと動画の編集をやることになったので、作業効率UPのため、思い切って1TBのHDD買ってきて、内蔵してやった。ツクモeXにて8,180円のところを、ちまちま貯めたポイント全部使って4,319円引き。HDDは不安だったので五年保証つけてもらって+500円払ったが、それでも4,000円ちょいで買えてしまった。
しかし安くなったものだなぁ、1TBで8,000円ちょいとは。これでうちのマシンは、Cドライブ:160GB、Dドライブ:400GB、Eドライブ:1TB、Fドライブ(バックアップ用外付けHDD):500GBで、トータル2,060GB=2TBちょいになった。これ、電源持つかなぁ。
2009年02月03日
2009年01月21日
演劇的に観てもオバマ演説はすごい
家に帰ったらバラク・オバマ新アメリカ大統領の就任演説でどこもかしこも話題が持ち切りだ。例の有名な若きスピーチライターの才能も大したものだが、オバマ自信の話術・プレゼン能力も尋常ではなく高い。演劇って結構、プレゼンやコミュニケーション能力の開発に効果があるからってんで、欧米はもちろん日本でも研究と実践が進んでるんだけど、そういうのを仕事にしている自分が観てもいい役者っぷりであった。
2009年01月04日
2008年12月26日
2008年07月21日
第二十六回本読み会:ハロルド・ピンター『帰郷(Homecoming)』ほか
明大OBが中心となって、洋の東西を問わず過去の名作戯曲を声に出して読んでみる、ついでにあれこれ討論してみる会、「本読み会」の第二十六回が、以下の通り催されます。
第二十六回本読み会:ハロルド・ピンター『帰郷(Homecoming)』ほか
日時: 8/23(土) 13:00~17:00
場所: 御茶ノ水の喫茶室「アミ」(東京都千代田区神田小川町3-16. 地図)
参加費: 無料(アミでコーヒー一杯頼んで下さい)
今回のプレゼンターは俺・谷賢一だよ! イギリス本場仕込みのピンター論をでっち上げるので、たくさんの方のご参加お待ちしています。飛び入り歓迎。明大と何ら関係なくても、ピンターなど一冊も読んだことなくても可。どんどん来てね!
2008年06月17日
2008年04月26日
2008年04月15日
2007年12月21日
韓国人俳優が演技で大事にしている三つのこと

今日から24日まで、新宿タイニイアリスに韓国の劇団「前進シアター」と「演劇集団反」が来ていて、そのお手伝いスタッフとして劇場に常駐しています。ソウルで人気を博した演目を持ってきたようで、今日観た感じではどちらもなかなか興味深い公演でした。演出法や脚本にとりわけ革新的な何かがあるわけではないのだけれど、俳優さんが上手い。韓国語、これっぽっちもわからないけど上手いのは伝わる。その分、台詞が聞き取れないのが残念。
で、打ち上げにお邪魔して、俳優さんやら演出さんやらとあれこれ話していたんだけど、納豆だのフジヤマだのSONYだのヤクザだのという話をしてどうする、こういうときこそ演劇の話をしようぜと思い、無理矢理俳優論を問うてみた。難解な話ができるほど向こうが英語を喋れないので、ずばりストレートに、「演技をするとき、何を一番大事にしてますか?」とだけ質問。
2007年12月06日
A4演劇学講座No.02 - 「演技=嘘」という嘘
CoTiKで配るA4演劇学講座の第二回。今日は演技論です。A4で語れる演技論なんかありゃしないので、随分乱暴なまとめ方だし、演技もそりゃあ人による、作品による、演出による。ここに書いていることは完全にスタニスラフスキーの流れを汲む発想で、マジ気で演劇を勉強する人は、それだけじゃあないもんだよ、とわかっても欲しいんだけど、とりあえずの一般論として書いています。
2007年12月01日
ロミジュリ4幕の場転に関するメモ
場転=場面転換の略。演劇において、シーンが別の場所へ移るとき、人物や道具の配置を変えるために行うもの。通常、暗転、見せ転、ブル転などで処理されるほか、素舞台なら明かりの変化や単純に俳優の演技によっても可能とされるが、ぶっちゃけ、難しい。
シェイクスピア『ロミオとジュリエット』を読んでいたら、シェイクスピアがあまりに見事な場転をやっていたのでメモしておく。
2007年11月18日
A4演劇学講座No.01 - 『演劇』を英語で言うと
今日からCoTiKの稽古が始まる。下は15歳から上は70歳まで参加、地元で作って地元でやる芝居だよー。
で、お芝居の素人さんも多い、というか大半なので、小出し小出しに、すごくイージーに、コラムみたいな感じで演劇に関するよもやま話を紹介していこうか、という企画を立てた。と言うか、俺が勝手に書いて勝手に配るだけの、非常に人力ハンドメイドな企画なのだが。三日坊主の自分にどこまでやれるか。これ、稽古のたびにやってたら、No.50くらいまで行くよね。そしたらすげーなぁ。
文章量は毎回A4一枚限定。なので、A4演劇学講座と名付けたよ。最終的にはA4一枚でブレヒトの異化効果やスタニスラフスキーの身体的行動の方法や、風姿花伝の読解や、ハイナー・ミュラーのハムレットマシーン解説とかやれたらいいですね。参加者誰一人喜ばないだろうし、100%無理なのだが。
というわけで、第一回の原稿をここに載せておく。
2007年11月11日
日本橋学館大学・芸術セミナー『諸芸術に見られる演技』
明治大学で西洋演劇史の教鞭をとっておられた井上優先生が、俺の地元・柏で演劇に関するセミナーをやるっつうからのこのこ足を運んで来た。大学のサイトに記載されていた「柏駅より徒歩20分」ってのを信じたらえらい目にあった(30分以上はかかったぞ)が、久々に演劇学的に知的好奇心をそそられる時間を味わえた。
2007年07月09日
ヴオジミェシュ・スタニェフスキの演劇について
何度もこのブログに書いたことだが、日本演出者協会主催で行われた六日間のヴオジミェシュ・スタニェフスキ氏のワークショップ・プログラムに参加して来た。その感想を交えつつ、氏の演劇について拙い考察を巡らせて見る。メモ的に。
スタニェフスキWS まとめメモ
もう先々週のことになるが、一週間、計六回かけて参加したヴオジミェシュ・スタニェフスキ氏の集中ワークショップのメモを載せておく。いずれも断片的であり、WS中にとったメモや記憶から再現・再構築されたものなので、あまりあてにしないで欲しい。どちらかというと自分に向けてのメモ。
2007年06月28日
2007年06月27日
柚木佑美/サンフォード・マイズナーワークショップ記録 No.1
スタニスラフスキーの流れを汲むアメリカの「メソッド演技」の巨匠の一人、サンフォード・マイズナー。さらっと触れてみた感じ、アドラーと並んで後期スタニスラフスキーをよく継承していると思われる、かなり実践的な演技指導者であるなぁと思っていたんだが、いかんせん書物だけでは演劇の稽古はできるもんではない。一度体験せねば、と思っていたところに、渡りに船、時間堂主催でやってくれることになったので、おめおめと参加して来た。
全十回構成なので、毎回を記録とはいかないだろうが、ちょいちょい記録していきたい。
2007年06月26日
2007年06月25日
スタニェフスキWS記録No.0 セミナー『ポーランド演劇・近代から現代』
ポーランド出身の世界的な演出家・ヴオジミェシュ・スタニェフスキ氏が来日しており、日本演出者協会主催で六日間の集中ワークショップが開催される。俺、のうのうと参加している。俺は当然俳優ではないのだが、メイエルホリドやグロトフスキーの流れを汲みつつ、全く独自の演劇理論を打ち立てている(ように見える)スタニェフスキ氏の手法、絶対本で読んでもわからんので、出ることにした。
今日はそのワークショップ本番を前に、『ポーランド演劇・近代から現代』と銘打ったセミナーが開かれていたので出席して来たよ。時間がないのでさらっと記録。
2007年05月28日
本読み会・イプセン『ヘッダ・ガーブレル』を読む

ビールと岩波イプセン三冊
大野遙・松山立主催「本読み会」、イプセン『ヘッダ・ガーブレル』について。13:00~17:00@御茶ノ水カラオケ館にて。
2007年05月19日
テラ・アーツ・ファクトリー公開ワークショップ
先日の猫道ロックフェス'07で知り合った小櫃川桃郎太さんに紹介してもらい、テラ・アーツ・ファクトリーというとこの公開ワークショップに参加してきた。小櫃川さん曰く、「話してみて/作品(『ベツレヘム精神病院』)を観てみて、きっと波長が合うと思った」とのこと。最近、新しい稽古方法・俳優観を深めたい、広めたいと思っていたので渡りに船。俳優でも役者でもないのにのこのこと参加して来たよ。
2007年04月18日
2007年01月18日
卒業論文『スタニスラフスキーの「身体的行動の方法」(以下略)』をアップしました
卒業論文として執筆した論考をアップロードしました。
スタニスラフスキーの「身体的行動の方法」 ―演技創造における俳優の心身をめぐって―
概要: 二十世紀の演劇と俳優術に多大なる影響を与えたスタニスラフスキーだが、彼がその晩年に提唱した「身体的行動の方法」は、「システム」およびスタニスラフスキー生涯の研究における着地点と呼べるにも関わらず、様々な事情が重なり世間的に広く認知されるに至っていない。本論考では「システム」形成の略譜を振り返った後、「身体的行動の方法」の概略の紹介とその意義の再解釈を試みる。
2006年12月23日
能楽師・山井綱雄による『能舞エヴァンゲリオン』

能舞エヴァンゲリオン
一大旋風を巻き起こしたエヴァンゲリオンを、能に翻案。随分目を疑ったのだが、動画も公開されており本気らしい。
演じるのは金春流シテ方の山井綱雄。印象的だったというシンジの葛藤や初号機の暴走、そして底流に感じた母性愛をテーマに古来から伝わる既存の5曲で構成。
独特な舞と迫力の地謡(じうたい)によって創造される舞台は、見るものを悠久の時へいざないます。
動画が22分もあったのであんまり観なかったが、興味のある人はどうぞ。
2006年12月22日
2006年12月19日
卒論のテーマが決まった
決まったのはせいぜい半月前、十二月に入ってすぐの頃。結局、スタニスラフスキーのいわゆる「システム」の中でも最も馴染みがない割に、彼が晩年もっとも強調して扱った「身体的行動(physical action)」について書くことにした。
あるまとまった文章を書くためには、断片的に未熟な文字列を書き連ねることが極めて有効なので、これからときどき卒論絡みで不完全な断片を書いていくよ。
2006年09月26日
『13歳のハローワーク』―「劇団員」について随想
fringe blog: 続・「舞台俳優」と「劇団員」を読んで、13歳のハローワーク「劇団員」のページを読んだ。
想像以上に鋭い指摘に驚く。基本的には全て同意で、あまり語ることもないのだが、より多くの演劇関係者にこの文章を読んで欲しいなぁと思ったので、あれこれ随想してみる。
2006年07月21日
ITI日本センター『養成プログラム―演劇の再生―』に参加するよ!
国際演劇協会(ITI/UNESCO)日本センター、というところが主催する、『養成プログラム―演劇の再生―』に参加することになったよ!
fringeのTopicsで知ったんだけど、駈け込みで応募して何とか合格。未来の演劇人育成のため、来年の一月までかけて、日本の前衛演劇・全七作品を鑑賞・評論するようだ。
2006年06月13日
下北沢・駅前劇場のトイレ
こないだ仕込みに行って久々に目の当たりにしたんですが、駅前劇場のトイレっておかしいよね。男子用。通りから丸見えの間取りで、しかもあんなでかい窓を配置。トイレの中からも、下の通りからも、お互いよく見えちゃって気まずいことこの上ない。
用を足していたら妊婦と目が合ってかなり気まずい思いをしました。まる。
2006年05月29日
カカフカカ・高山銀平ワークショップ
ワークショップの様子
早稲田のお笑い演劇・映像サークル・カカフカカを主宰する高山銀平氏のワークショップに参加して来た(PROJECT STARLIGHT主催)。どんな内容やんのかなーとワクテカしてたが、意外にもどストレートに来た。高山流のコントの作り方について、であった。
早稲田大学新学生会館東棟四階練習室にて。
2006年05月27日
母校の演劇部を視察して来た
ゲキ部の若人たち
ちょうどいい時間に柏にいたので、母校・千葉県立東葛飾高等学校の演劇部®の稽古風景を覗いて来た。平均年齢17歳くらいだから、俺ともう七つも違うのか! ゲキ部にいた頃がもう七年前。衝撃。年だなぁ。
2006年01月17日
加藤康介逮捕
以前「演劇ストーカー・K(加藤康介) リンク集」で随分詳しくとりあげた加藤康介が逮捕された。芥川賞作家・荻野アンナ氏の母親への脅迫で。おかげで同記事にはすさまじいアクセスが集中している。
2006年01月14日
スタニェフスキ氏講演会
ポーランドの演出家・スタニェフスキ氏の講演会に行って来た。「ガルジェニッツェ」演劇実践センターの主宰にして芸術監督。グロトフスキーの下で一時期活動し、メイエルホリドのビオメハニカやアルトーの残酷演劇に影響を受けている、らしい(全然無知なので検索とかで飛んできた人は信じないで下さい)。
2005年12月27日
2005年11月08日
2005年10月08日
新説・シェイクスピアは外交官ヘンリー・ネヴィルだった?

ヘンリー・ネヴィルの肖像
シェイクスピア別人説という奴がある。学のない田舎男だったシェイクスピアが、どうやって古典やラテン語、法律や宮廷生活の知識をちりばめた戯曲群を書いたというのか? 一度も海外旅行をしたことのない彼が、どうしてヴェローナやウィーンの街をあれほど見事に描写できたのか? いやそれ無理、きっと誰か別の男が書いたものを、シェイクスピアの名前で発表したに違いない……。というもの。
過去様々な文筆家や知識人が「本当の」シェイクスピアとして名前を挙げられてきたが、また新説が登場した。「本当の」シェイクスピアは、廷臣であり外交官であったサー・ヘンリー・ネヴィル(Sir Henry Neville, 1562-1615)だった、というのだ。今までとはちょっと毛色が違って面白い。
2005年09月27日
マクベスの Tomorrow Speech について
公演が終わって十日も経ってまたマクベスのことを書くのも野暮ったいが、これだけはちゃんと書いておきたかったので書く。 "Tomorrow Speech" と呼ばれるマクベスの最後の独白の解釈について。
2005年09月16日
黒と赤の戯曲『マクベス』
戯曲には色がある。比喩としての色ではなく、戯曲を読み情景を脳裏の画布に描いたときに浮かんでくる色彩としての色が。『ロミオとジュリエット』は燃えるような赤、『オセロー』は嫉妬の緑、『ハムレット』は高貴だが同時に陰惨で狂気を思わせる紫、『テンペスト』には何故だか透き通った青を僕は思う。
では、『マクベス』は?
『マクベス』執筆年代の特定
シェイクスピアが『マクベス』を書いたのは、およそ1606年頃と考えられています。この推定執筆年が正しければ、『マクベス』はシェイクスピアの四大悲劇(『ハムレット』『オセロー』『リア王』『マクベス』)の中で最も後、シェイクスピア42歳という円熟の年に書かれたことになります。
史実の中のマクベス2
『ジュリアス・シーザー』『アントニーとクレオパトラ』などのローマ悲劇や、『リチャード三世』『ヘンリー八世』など歴代のイギリス王を主人公に据えた一連の史劇など、シェイクスピアは実在の人物を題材に多くの劇を書いていますが、『マクベス』も例外ではありません。予言や亡霊など超自然的なものが多く登場し寓話的とさえ言えるこの作品が実際のスコットランド正史に取材しているというだけでも驚きですが、実在のマクベスは1040年から1057年まで17年もの長きに渡ってスコットランド王として君臨し、武将としては勇名を馳せ、国王としては善政を敷き、その上、法と秩序を重んじた敬虔なクリスチャンだった…というのだから、驚きも二倍です。
『マクベス』に登場するヘカテの謎
今回の上演台本には松岡和子訳『マクベス』(ちくま文庫)を使用していますが、微小な改訳の他に二つ大きなカットを施しています。ジェイムズ一世の御前公演のために後に挿入されたとされる「王の奇跡」の一節(四幕三場、l139~159)と、ヘカテという魔女の親玉が登場する三幕五場全体および四幕一場の一部がそれです。劇の中盤で登場し、それまでの筋や他の人物と直接関係しないこのヘカテは、現在ではシェイクスピア本人の筆によるものではないとするのが通説となっています。
『マクベス』に登場する門番の謎
ヘカテと同様、長年研究者の間で真贋論争が繰り広げられてきたのがニ幕三場に登場する門番です。この重苦しく陰鬱な戯曲における数少ない喜劇的な人物であり、卑猥なジョークを連発することから一座の喜劇役者が勝手に付け加えたのだとする説や、何物かがシェイクスピアに無断で加筆したのだとする説が20世紀初頭までは通説でしたが、今日ではヘカテとは逆にシェイクスピア自身の手による創作として認められています。そして、従来コミック・レリーフ(喜劇的救済)として捉えられていたこのキャラクターが、実は単なる喜劇的人物ではなく中世聖史劇と関連したアイロニカルな機能を果たしており、『マクベス』に見る地上の地獄をキリスト教的な意味合いでの本当の地獄と結びつけるものだとする見方が今日では強まっています。
2005年07月17日
演劇ストーカー・Kリンク集
「演劇ストーカー」と呼ばれ、多くの小劇場関係者の怒りを買っている "K" という人物がいる。深夜だろうがお構いなしに電話をかけまくり、「自分を出演させろ」とか「オーディションを受けてやるからギャラをよこせ」などを強気で要求し続け、断られると「お前を業界から追放してやる」と脅迫めいたことを言い出す。あちこちの劇団がこの被害にあっており、ひっきりなしにかかってくる着信におびえて精神的に追い詰められてしまった制作者もいたという。
もう五年も六年も前からこんなことをしていたそうだが、最近また活動を活発化したらしい。ちょっと興味を持ったのでウェブ上で手に入る情報をまとめてみた。
2005年07月11日
2005年05月15日
血と悪夢と『マクベス』
「血だ、もっと血を。シャロンの流した血はこんなものじゃなかった」
一九七一年公開の映画『マクベス』の撮影中に、監督のロマン・ポランスキーが叫んだと伝えられる言葉である。妻・シャロンの惨殺から二年、事件後初めて撮った作品がこの『マクベス』だ。劇中、マクベスが血の呪いから逃れようとして逆に血の海に踏み込んでいくように、ポランスキーは己の記憶と歴史にこびりついた血の残像と悪魔の影を洗い落とさんとしてあえて血みどろのショットを求めたのではないか。そんな想像をさえ誘う、鬼気迫る言葉である。
2005年03月28日
わからなさ
ハケン生活者さんでまた面白いエントリーが。「分からないと、だめですか?」
昨日観に行ったダンス公演でのこと。休憩時間に私の斜め後ろにすわっていた男性が、「これの言わんとしていることが分からない」「こんなだったらミュージカル観に行きたい」「テレビとかCMみたいに分かりやすくなきゃ意味ない」とさかんに連れの女性に愚痴っていた。
2005年02月23日
Comic Elements in Macbeth and King Lear
The genius of Shakespeare is most impressed to us by his conception of great tragic characters, who possess both enormous grandeur of, say, Greek tragedy's protagonist and psychologically convincing subtlety of human nature. In Macbeth and King Lear, the courses of both protagonists' tragic destinies forcefully lead us to the bleakest scenery of the world in which even the word 'absurd' seems to be appropriate. However, what astonishes and strikes me is not only his creation of gigantic characters, but the details he gave which provide another depth and dimensions to dramatised world and stimulate our poetic imagination, although they do not seem of much significance at a glance. The significance of this essay's topical characters, the Porter in Macbeth and the Fool in King Lear, are often considered as marginal characters by the audience, readers and even directors and critics until very recently. Nahum Tate completely omitted the Fool in his notoriously famous 'happy-end' Lear and the Fool had not appeared on stage until 1868 when Macready "ventured to restore the role",1 and the instances of that "the Porter's rowdy interlude was cut" can be found as late as 1927.2 Added to these miserable treatments in productions, the Porter has been suspected of being interpolated by other hand than Shakespeare, because the language is "low". However, if looked at closely and precisely, the effectiveness of these two characters can not be insignificant or irrelevant; or rather I dare say each role can be regarded as one of the most brilliant theatrical inventions done by Shakespeare in these plays. Thus, this essay will try to illustrate the necessity and effectiveness of the roles in the plays by uncovering the underlying meaning, poetic power of their speeches and dramatic functions contrived by Shakespeare.
2005年02月17日
串田演出『コーカサスの白墨の輪』、演出と批評について
あちこちで話題になってる串田和美演出の『コーカサスの白墨の輪』。いつも率直でキレのいい演劇レビューをなさってる『ハケン生活者』さんで以下の記述を見つけて、演劇学的見地からちょっと興味がわいたのであれこれ書いてみる。
この作品は、後半はじめのアズダックが民衆の裁判を執り行うシーンで、舞台の周りに観客を座らせたり、ウェーブを煽ったり、最後のダンスパーティシーンで役者が観客席の人々を舞台に誘い、一緒に踊るなど、随所に観客を取り込む仕掛けを盛り込む、サービス精神溢れる舞台だった。
この「観客を取り込む仕掛け」というもの、実はブレヒトがひどく嫌った手法なのです。
2005年02月03日
想像を絶するブレヒト演出
ブレヒトが能の台本を元に書いた芝居がある。"The Man Who Says Yes" "The Man Who Says NO" という対をなす二つの戯曲で、ブレヒトの初期の教育劇として割と有名なもの。世阿弥の娘婿にあたる金春禅竹が書いた『谷行』という曲を元に書かれている。クルト・ヴァイルが曲をつけ、学生向けのオペラとして完成された。
これ、授業で触れる際、ぜってー「ヘイ、ユー・ジャパニーズ! ワッツ修験者? ワッツ谷行?」とか聞かれるに違いない、と先読みしてちょっと検索してみたんだけど、したら何かとんでもない上演記録が残っていた。
2005年01月24日
2005年01月21日
2005年01月13日
ピナ・バウシュとダンスシアターについて書いたよ。
ピナ・バウシュとダンスシアターについてエッセイを書いたよ。2500 words。
ここには載せない。ちょっと自慢できる出来ではないので。が、あれこれアーティクルを読んでるうちに、バウシュのあのバカバカしいけど物哀しい、ハッピーだけどメランコリック、な何とも言い難い世界観についてあれこれ考えたのでメモ代わりに書いておく。
2005年01月10日
2005年01月07日
MONO、イギリス帰り第一作目
ネットが自由に使えるようになって、MONO『相対的浮世絵』の劇評を貪るように読んだ。作・演出の土田英生氏、一年のイギリス留学から帰ってからの第一作目ということで大注目。MONOという劇団のテイストも好きだし土田氏のロンドン日記も愛読してたし興味深々だったのだが。
2004年11月26日
シェイクスピアは何故悲劇を書き始めたのか
1600年くらいからシェイクスピアの作品が急に暗くなって、いわゆる四代悲劇とか問題劇とか、人間の輪郭を暗く刻んだ劇が突然増える。この時期の作品にありありと見えるシェイクスピアの人間不信。何があったのか?
An investigation into Artaud’s theory in comparison with Naturalism
Modern spectators, who are prone to take naturalism for standard form of theatre, might be astonished that the period in which plays were performed in naturalism manner is less than one and half centuries, and in the other period most of the elements which could be seen on stage – not only stage set and prop, but also acting style – tended to be more like mimic or symbolical representation than real. Without doubt, theatre is on the decline in these days. Some comments of Joanna Laurens, a British young playwright, might arouse resonance among the people who concern about the future of theatre.
I don’t want the same experience from both television and theatre. … For as long as we dare put only naturalism on our stages, writers will only dare write naturalistic plays – and British theatre will remain as poor as it is.1
The word "British" in the comments can be replaced by a number of other countries. This sort of scepticism in the effectiveness of naturalism has existed since the very beginning of its progress, and one of the eminent practitioners who tried to move away from naturalism was Artaud. It might be worth while to re-evaluate the nature of naturalism and the effectiveness of it, and also to consider Artaud’s theory as an alternative principle of theatre. Thus, this essay will investigate in the progress and the significance of naturalism in theatre in brief, and then analyse the theory of Artaud.
2004年11月19日
日本における劇評の位置
劇評。イギリスと日本の大きな違いの一つ。劇評の占める位置の違いが、日本とイギリスの演劇の違い、社会における演劇の位置の違いを少なからず反映してると思う。ちょっと書く。
2004年11月05日
イギリス現代作家、マーク・レイブンヒルについて

むちゃくちゃ強面です。
サラ・ケインと並んでイギリスの In-yer-face Theatre を代表する若手作家。ご覧の通りゲイで、描く作品の主人公も軒並みゲイで、どの作品にもまず間違いなく同性愛のシーンがあって、ゲイ作家? と思うだろうけど本人は否定する。
「お客はもう誰もゲイのカミングアウトやエイズ絡みのプロットを望んでないよ」
「これからは舞台上でも普段やるようなアナルセックスをしよう。頻繁で、楽しんでする奴をさ」
知的で皮肉に満ちて、抜群に笑える状況設定でコメディを描く一方、過激でありながら哀しげな独特のタッチの性暴力描写で観客の血の気を引かせる。ロンドンのどうしようもなくダメな若者たちが社会や恋人との軋轢に苦悩する無様な姿を克明に描きながら、ペシミズムでなくむしろ明日への希望さえ漂わせて幕を引く。レイブンヒルは本当に奇妙な作家だ。
2004年10月24日
ロンドン地元民の劇場、The Questors Theatre
ゆうべ『Blasted』を観た The Questors Theatre がちょっと面白かった。ロンドンの割とはずれにあって、中心地から地下鉄で30分くらい。駅を降りるとスーパーとか地元のパブとかあって、雰囲気は東京で行ったら高円寺とかそんな感じかな。ロンドン嫌いだけど、ここなら住んでもいい。
劇場に入ってまず驚いたのがその賑わい。Grapevine Bar という劇場内の小さなパブは開演二時間前だというのに満員だし、あちこちにご老人やら子供を連れたお母さんやらがいてすげーアットホームな雰囲気。毎週水曜日にはバンドの生演奏つきのドリンクパーティーがあるらしい。「今週で1000何回目!」とか書いてあった。地元の劇場、地元の社交場として機能してるのかな?
2004年10月06日
イギリス現代劇、IN-YER-FACE THEATREとは
日本語で紹介しているサイトが一つもなかったのでメモ代わりに。In-yer-face Theatre について。
90年代以降のイギリスにおける一大演劇ムーブメント。大胆過激な台詞とビジュアルを用いて観客にショックを与え、あたかも自分が同じ出来事を経験しているかのような感覚を引き起こす。テーマも堅苦しい政治劇ではなく、個人的でサイコロジカルなもの、特に現代の若者たちの姿を過激に描いたものが多い。
95年1月、当時若干23歳だったサラ・ケインが Royal Court Theatre で『Blasted』を上演して以来急速に広まった。イギリス国内ではマーク・レイブンヒルやアンソニー・ネルソンといった優れた書き手を生み、ブームはアメリカやヨーロッパにも飛び火。アメリカではフィリス・ナジなどが有名。
2004年08月12日
2004年08月07日
マクベスRPG(ドラクエ風)
「20世紀におけるマクベスの上演史を振り返りながら、シェイクスピアの翻案および演出における可能性を考察する」みたいなプレゼンテーションをやった。
が、現在のクラスは九月からの新学期に備える語学クラスであり、MBAだのコンピューターサイエンスだのがほとんど。原書・翻訳はおろか、映画も観たことナイヨー、みたいな人ばかり。そこで、パワーポイントを使ってわかりやすくマクベスのあらすじを紹介することにした。
ドラクエ風に。

ゆうしゃマクベス
さっそうと登場するゆうしゃマクベス。BGMはもちろんドラクエのオープニングテーマ(by すぎやまこういち)。移動はパワーポイントのカスタムアニメーションで表現。画像とMIDIはネットから拾ってきた。
そしてマクベスの目の前に三人の魔女が現れる!
2004年07月30日
鴻上尚史・新作『リンダリンダ』、11月より上演
THIRDSTAGE.COM、メルマガより引用。
KOKAMI@network vol.6 「リンダ リンダ」
作・演出 : 鴻上尚史
出演 : 山本耕史 松岡充 馬渕英里何 北村有起哉 大高洋夫 SILVA ほか「リンダ リンダ」の物語は、全編にわたって「ザ ブルーハーツ」ナンバーの歌と演奏とともにお送りいたします。
作演の人は置いといて、山本耕史・北村有起哉と演劇界の人気俳優が名を連ねている上、謎にSOPHIAの松岡充とSILVAのポップスターも出演。要するにミュージカルで、松岡が約20曲ブルハ歌いまくるらしい。
2004年07月28日
メルマガ『しのぶの演劇レビュー』を購読しろ
俺は絶対的にSであると思うが観劇に関してはMである。新宿で、下北沢で、阿佐ヶ谷で、毎度のようにつまらないつまらないと嘆いては帰り道の路傍に唾を吐き、ビールに酔って山手線を乗り過ごし、北柏の実家に帰れば午前一時、バカバカバカ、小劇場なんかみんな燃えちまえ、と思うが、ふと机上を見れば一枚のチケット、明日も芝居、淡い期待、みたいな生活を好む。Mである。
「どんな芝居が面白い?」みたいな質問をよく受けるがこんな有様なので、むしろ俺が教えて欲しいくらいだバカヤロウ、である。
そういうわけなので、「面白い舞台を見逃さない!オンタイムのお薦め演劇情報メールマガジン」
の「しのぶの演劇レビュー」を広く皆様におすすめする。年200本(!)芝居を見ている演劇通、高野しのぶさんの発行する月間のメールマガジンで、その月の面白そうな芝居が手っ取り早く無料で把握できる。毎月一日発行なので、今登録すれば八月号に間に合う。購読して八月の余暇を楽しもうぜ。
メールマガジン「しのぶの演劇レビュー」
http://www.shinobu-review.jp/melmaga.html
2004年07月19日
2004年06月23日
2ch『演劇をやっている人に困り者が多いのは何故?』
知人からメールで紹介された。2ch生活全般板『演劇をやっている人に困り者が多いのは何故? 』スレより。
1 :おさかなくわえた名無しさん :04/05/15 08:02 ID:SZHf69Lp
大学の同期で、卒業した今も演劇をやっているやつが数人いる。最初は彼らがたまたま「困った人」なんだと思っていたが、社会に出て、実はそれって彼ら個人の性質なのではなく、「演劇をやっている人」の多くに共通する性質なのではないかと思うに至った。なんというか、独特に社会性がない。生活も性格も不安定なやつが多いように思う。
これは私個人の、経験から得てしまった全くの偏見。演劇をやっている人には人格者もたくさんいるのだろうと思う。これを見て不愉快になった人がいたら、本当に申し訳無いと思う。
ただ、とても気になるのだ。私の身の回りという狭い範囲のことかもしれないが、なぜ、演劇ということろにこんなに「困った人」が集中するのか。意見のある方、ぜひ聞かせていただきたい。
斜め読みだがざっと通読。いや、もうホントに演劇やっててごめんなさいとしか言えない。スレで頻出した「演劇やってる奴のここが困る」をざっと紹介。
2004年05月26日
Differences of theatre between Tokyo and London
課題で書いたエッセイを載せておく。東京とロンドンの演劇事情について、主に興行形式の違いについて論じたもの。あえて内容や観客の問題については触れなかった。
貧弱な英語力でガリガリ書いたのでいくらかぎこちないが、一応留学生のクラスでは最高の評定をいただいた。ナンシー(先生)にはいくつか駄目出しをもらったけど。
Differences of theatre between Tokyo and London
~ in terms of management ~
TANI Kenichi
Despite the geographical distance of over 10,000 km, theatres in Tokyo and London have a large number of features in common. They have a similar look and architecture, for example, proscenium arch, stage curtain, numbered seats, and electric lighting system. Although Japan had a very unique style of theatre until the 1860s, Japanese reformers chose to copy the Western theatre totally for modernization. However, there are some particular differences between theatres in Tokyo and London. Now I would like to compare them in terms of how they run their performances.
2004年01月26日
芸術鑑賞しない人、半数に迫る
こんなニュースが。
一年間のうち一度でも劇場、映画館や美術・博物館などに足を運び、映画や公演、美術作品などを鑑賞した人は50.9%にとどまり、96年の前回調査より3.5ポイント減少したことが内閣府が24日付で発表した「文化に関する世論調査」で分かった。
映画館を入れてもわずか50.9%! 驚き。じゃあ去年『チャーリーズエンジェル・フルスロットル』を一度観ただけの人を「芸術鑑賞をした」って言っていいのかよ、っていう。どーせ50.9%って言っても20%はそんなんだろ。お寒い状況だ。
2004年01月18日
ベジャール新作、初演を延期
あんまり新作には興味がなかったのでチケットも取らずにいたベジャールの新作バレエだが、いつの間にか中止になっていた。
東京バレエ団が、来月11日から上演を予定していたモーリス・ベジャール振付の『今日の枕草子』世界初演の延期を発表した。ベジャール氏が健康上の理由から来日ができなくなったためで、同氏の提案によりベジャール版『中国の不思議な役人』に演目を変更する。その他『春の祭典』、『ドン・ジョバンニ』の同時上演も決まった。
「健康上の理由から」ってのがリアルで嫌。ベジャールって今70くらいかな? と思って調べてみたら今年で77歳でした。おいおい。バレエ振り付けてる年じゃないぞ。ゲートボールしてたって「お元気ですねー、おじいちゃん」って言われる年齢だよ。
もしかしたら次のが最後の新作…なんてことになるのだろうか。ちょっと心配。
2004年01月12日
演劇の観客が減ったのはリアリズム演劇のせい?
大学のレポート課題で渡された山田肇(演劇学者。すでに他界)の論考を読んだ。主に演劇の観客についての考察で、いかにも学者然とした冷静で分析的な視点から書かれている。別段目新しいものがあるわけでもないのだが、いくつか刺激的な指摘があったのでメモ代わりに書いておく。
※ただしあくまでメモ代わりなので理路整然とはまとめていません。ご注意を。








