PLAYNOTE 第1回福島取材旅行を振り返る

2016年12月11日

第1回福島取材旅行を振り返る

2016/12/11 21:42

2016年12月4日~10日までの1週間、福島県内を取材してきた。新幹線に積んで運んだ愛車のクロスバイクを新白河駅で降ろして組み立て、故郷・石川町まで東進し一泊、円谷幸吉の故郷・須賀川市まで北上し一泊、祖父の墓と祖母の病院と親戚の家がある郡山市にてもう一泊、田村市に立ち寄り二本松市で一泊、その後、福島市および市内の飯坂温泉を拠点に二泊しつつ飯舘村を見て回った。計、六泊七日。立ち寄らなかった相馬市の方などの方々からも話を聞いた。

谷賢一・2年かけて描く「演劇・福島3部作」プロジェクト 12/4~10福島現地取材 - Togetterまとめ … 有志の方がまとめて下さいました。心から感謝、MIWAKOさん。

なるべくランダムに、風に吹かれて、旅

「福島」を題材に、二年かけて三部作構想、書き切る。出立前の時点で2~30冊の書籍を読み、基幹となるプロットは既にあったが、東京にいて耳に入ってくる情報には偏りがある。書籍だって自分で選んだ以上、そんなつもりはなくてもある種のバイアスがかかっている。

だからこそ「なるべくランダムに、風に吹かれて」旅をしたかった。自転車をこぎながら、迷ったら畑にいる人に道を尋ね、メシを食った蕎麦屋や居酒屋・喫茶店で店主や店員さんと雑談し、「会ってもいいよ」と言ってくれた人には全員会い、紹介してくれた人・場所にはすべて行けた。

リンゴ売りのおばちゃんに始まった、農業・漁業・畜産業の肉声

印象深いのは色々あるけれど、やっぱり農業・漁業・畜産業に直接携わっている人たちの声だろうか。最初の遭遇は街道沿いで即売所をやっていたリンゴ売りのおばちゃんだ。喉カラカラで食ったリンゴは信じられないほど美味かった。

恐らく福島に取材に来たジャーナリストならここで放射線量や風評被害の実情について質問を並べていくのだろうし、あのおばちゃんも聞けば答えてくれただろうけど「絶対にそういうことはしないぞ」と出る前から決めていた。

初めて会った人に「放射能どうですか」と尋ねるのって、とても奇妙な感じがしないだろうか? 「あなたは放射線浴びてる人ですよね、そのリンゴは放射性物質を含むリンゴですよね?」という前提で話すというのは、失礼ではないだろうか? 勿論それも正しい報道のためには必要だろうが、そういう観点から書かれたルポや書籍はいくらでも買える。読み切れないくらい出てる。知りたければAmazonで買って読めばいい。現地に行く動機にはならない。

福島の農産物が徹底的に線量検査されているということは事前にもちろん知っていた。「このリンゴ、大丈夫ですか」と尋ねるのはナンセンスだ。もし不安ならその質問を当てるべきは、農家のおばちゃんではなく行政や農協の担当部署である。風評被害で売れなくなっていることだって、誰しもが本やニュースで知っている。「大変ですね」とか話を振るよりは、リンゴ10キロ買って実家に送った。その方がよっぽどいい。農家のおばちゃんとは天気のことや収穫のこと、お互いの家族のことなどについて雑談した。そうすると自然と、息子が神奈川に避難していて帰ってこないとか、補償金の事情で引っ越しもできなくてとか、そういう話が飛び出してくる。

線量検査についてはその後、飯舘村の職員さんと、地元で農地再生に携わる専門家から詳しい話が聞けた。検査し過ぎるほど検査しており科学的には安全だが、風評は収まらない。そこからどのように転作していくかという具体的なプランのことや、仮に売れなくても生き甲斐としてどう農家に仕事を再開させてやれるかという話に広がっていった。

別の農業関係の方からはかなり生々しい話も聞かせてもらった。線量検査はクリアしたが、米が売れない。補償金で生活はできるが、仕事がないと人間は萎んでしまう。米作りを再開した。でも人は食べてくれないので、家畜用の飼料として売る。価格は1キロあたり9円だそうだ。9円! 1キロ9円。作り手として、悲しくなる。手塩にかけて作った米が、1キロ9円。しかし、それでも米を作る。差額は東電が補償してくれるから、生活はできる。しかし買う側も「どうせ安く買っても東電が補償してくれるんだろ」と声に出して侮ってきて、どんどん値段を下げられる。

これもまた別の方だが、田んぼの再開を諦めた人も多い。その田んぼには大量のフレコンバッグと呼ばれる、除染後の土を入れておく黒くてでっかいビニール袋が積まれている。それでいいのだと言う。そうして真っ黒い袋を大量に積んでおけば、政府が土地代を支払ってくれる。一時保管という名目だが、もちろん撤去の予定はない。しかしその隣の田んぼの所有者や、農業再開を目指す別の農家の方からすると、それもたまったもんではない。原発事故の象徴である黒いでっかいビニール袋が何十万トンと置かれているその隣で、農業を始めなければならない。

これからを考える

こういう話は、もうやめよう。俺はこういう話を蒐集しに行ったのではない。こういう話は調べればいくらでも出てくる。そして俺は向こう1年以上は取材を続けるのだから、いくらでも読める。今回の三部作で伝えたいのも、そういうことではない。被害の甚大さを訴えるだけなら三部作もいらない。「なぜこうなってしまったのか」という部分を解き明かしたい。

あるジャーナリストの方の言葉が印象的であった。彼は講演などで「これから必要なのは、諦めること」とよく語るのだそうだ。諦める? それは彼の言葉では、「明らかに」「見る」ということだ。現状をはっきりと見て、過去を振り返らず、これから何ができるか前向きに見つめていくという意味だろう。俺も以前とある本で、「諦める」という言葉がもともと仏教用語であり「明らかにする」という意味だと読んで感銘を受けたことがあったから、この言葉は腑に落ちた。俺が読んだその本のその著者はアスリートで、闇雲な精神論で自暴自棄に戦わず、自分の体格や筋肉など己の向き不向きを見極めた上で適切なトレーニングを継続することを書いていた。彼は短距離走者としての自分を「諦め」、オリンピックのハードル走でメダルをとった。皆さんご存知、為末大という人だ。

しかし同時に県内のいろんな人と話していると、そういうポジティブな意味ではなしに、穏やかに諦めている人の空気もたくさん感じた。津波や地震、原発事故の被害に対して、そういう人たちはもう散々、泣き、叫び、怒鳴り散らして、声も枯れ涙も尽きた。先日東電の賠償費用の見積もりが当初の2倍以上である21兆円を超えたというニュースが流れた。「30年で事故収束を目指す」、そんな目標も、どうせなぁなぁに、伸び伸びになって、いずれ適当にうっちゃられるだろうことを皆うすうす諦めているのだろう。

皆が皆そうだとは言わないが、少なからずいたそういう人たちの声や表情は、憤怒や慟哭とはまた違う形で私の胸を締め付けた。

東京都の温度差、ぼんやりしたイメージがもたらすハッキリとした風評被害

あれだけ白熱していた復興議論も、もう東京ではほとんど報道されない。おそらく関東にも「もう原発の話はうんざり」「もっと明るい話がしたい」という人はたくさんいるだろう。それは人間の心理としては正常なことだが、徒歩もうなく身勝手な話だ。福島の人だって「もう原発の話はうんざり」で「もっと明るい話がしたい」だろうから、普通に生活はしているし、笑いもある、音楽も流れている、しかしニュースでは毎朝毎夕に今日の放射線量が流され、先日のように地震があったり福島原発で人為的ミスによる冷却水ストップの事故なんかがある度に、最悪の想像が頭をよぎる。「もううんざり」「もっと明るく」生きていきたい、しかし震災の記憶が生活のどこかに必ずへばりついている。

どうしても文章にすると異常なこと、異質なことばかりが話題になってしまうが、7日間の旅の中で感じたのはむしろ「ぜんぜん普通」の連続だった。ぜんぜん普通に飯を食い買い物をして、話して笑い、酒を飲んで風呂に入って、ぜんぜん普通。俺も県内で生まれ育ったとは言え、小学校以降はほとんど関東だったから、知らなかった美味いもんやいい温泉、素敵なスポットをたくさん訪れた。悲劇をばかり強調するのも、福島にとって良くないことのように思われる。かと言って明るい面ばかりを語るのも実態とかけ離れてしまっているのだが。

つまりはこういう複雑な事象を「わかりやすく」「一言で」伝えてくれ、教えてくれと言うこと自体が、不可能なことというか、知ることへの怠慢なのだ。

福島にはいいところ、素晴らしいところがいろいろあるが、正直言ってだいたい二番か三番なのが残念だ。果物がとてつもない量とれるのに、知名度じゃ山梨に競り負ける。温泉だってたくさんあるが、ナンバーワンには程遠い。蕎麦もうまいが蕎麦と言ったら信州・長野の代名詞、畜産も盛んだが「○○牛と言えば?」というクイズを出したら松坂・神戸や近江という答えが大半だろう。実は米どころでもあるんだ。全国4位だったらしいぜ。最近の調査では7位にまで転落しちゃってたけどな。何故転落したかって? 書かなくてもわかるだろう。

除染した田んぼがソーラーパネルの集積所になっている光景を何度も目にしたが、これも皮肉なことだ。福島県が率先して再生エネルギー開発に力を入れていこうという決意の現れだから、基本的には素晴らしい。しかし、福島以外の人間が「まぁやっぱり、再生エネルギーじゃ供給が不安定だし」とわかったような口をきいて興味を失いつつある中、当事者県である福島だけが本気になって開発に力を注いでいるというのは、あんまりではないか。発電量が足りない、供給が不安定だ、そりゃそうだよ、政府も政財界も原発再稼働にチラチラ秋波を送るばっかりで、まともに研究・開発・投資に力を入れてないんだから、そもそも数が足りない、成立しない。研究費の投入が少ないから技術革新も起きない。全国に原発を作りまくり電源交付金という形で金をバラまいたあの熱意と資金力があれば、今の何倍、いや何十倍、発電量や安定性が増すだろう。

何より福島にやらせてんのが、気持ちが悪い。もちろん福島が再生エネルギーの先進地域となって脱原発のロールモデルを示しつつ、その技術やノウハウを売ることで復興の足がかりとしていこうと考える、その逞しさは立派なことだが、どうして我々はすっかり忘れて「やっぱり再稼働もやむなし」なんて思考停止していられるのか。関東で使う電力を福島で発電させておいて、金は払うが後始末は知らねぇ、「もう忘れたい」と言うのは、どう考えても酷い話だ。言葉が過激なのでTwitterに書くのをためらい、消したのだが、それは例えるならば人んちに便所を作って大爆発させ、ウンコを撒き散らしておいて、掃除もせず金だけ払い、しかし綺麗に掃除したその家の前を「福島んち、きたねー。くせー。エンガチョ!」と鼻をつまんで通り過ぎようとしている。何と言うかもう人としてどうしようもない所業である。

重ねて言うが、復興は進んでいるし安全検査も過敏なほど取り組んでいる。復興を妨げているものは「福島ってやっぱ……」とぼんやり思っている偏見だ。それを駆逐するために徹底的に科学的なスタンスに立っている人たちは、たくさんいる。

これからのことについて

とても1作品・2時間では書き切れまいと覚悟してはいたけれど、本当に複雑なのだということがわかった。この旅の感想だって一言にまとめきれないくらいだ。

複雑な事象を前にしたときは、安易な結論に飛びつかず考え続けることしかない。お手軽に手に入る答えに大抵ろくなもんはない。絶対儲かる方法とか誰にでもできるダイエット法に、ろくなもんがないのと同じだ。

我が師・永井愛はこう言っておった。谷くん、考えがまとまらないときは、書きまくりなさい。自分の混乱を文字にしなさい。まとまらない、うまくいかない、このままじゃダメだ──、そういう声は、自分の中で最も賢い部分が発している声だ。だから「まぁ、こんなもんでいいや」とおざなりにせず、徹底的に考え抜きなさい。そして混乱を、文字にしなさい。わかった気になっていることすらも、文字にしてみると意外と書けない、整理できてないことがわかってくる。だから「なぜ書けないんだろう」ということを考え抜き、「どこがうまくいっていないのか」を書きまくりなさい、と。

まぁもともと最低2年はかかるだろうと踏んでいたので焦っていない。じっくり取材して、本を読みまくり、書き続ける中で進めていきます。

というわけで来年5月、今度は最低2週間は滞在したいなと思っています。引き続き頑張るぞ。

今回の旅を応援してくれた皆様、本当にどうもありがとうございました。

助成:公益財団法人セゾン文化財団

この一連の取材・研究は、セゾン文化財団からの支援を受けています。