PLAYNOTE 孤独な兵隊

2015年06月25日

孤独な兵隊

2015/06/25 22:25

「敵は南から来ている」

密林は常に風に煽られて、木々のさざめき、遠い銃撃の音、得体の知れない動物ないし虫の鳴き声でざわついていたが、チビの隊長が言った

「敵は南から来ている」

という言葉を聞いて、ノッポの曹長とデブの新兵の耳には、世界中が沈黙したように聞こえた。

実はチビの隊長も、言った瞬間、世界中が沈黙したように感じていた。

南? それは彼らが進軍してきた方角だった。いくら混戦で、いくら劣勢で、いくら我が部隊が本体とはぐれていようとも、さすがに南から来ているはずはない。だって彼らは、南から進軍してきたのだから。──完全に孤立してしまったのだろうか? それとも奇襲か、遊撃部隊の類だろうか? それともいつの間にか、彼らの知らない間に地球がひっくり返って、北と南が入れ替わってしまったのだろうか? ともかくあり得ないことだった。

あり得ないことが起こり、何の説明もない。それはここが戦場だからそうなのではない。街にいようが山にいようがそれは同じだ。しかし、恐怖とは動物的な本能だから、頭でそんな哲学を理解したところで、何の気休めにもならないものだ。

「大丈夫。敵もずいぶん、消耗しているはずだ。ひとまず安全を確保しよう。
東に行けば海岸沿いに出られるが、もう制圧されているだろう。見晴らしのいい海岸線じゃあ、俺たちなんか動く的だ。しばらく西へ行こう。それから南下すれば、本隊と合流できるかもしれない。
行くしかないからね。やるだけだよ。やろう」

チビの隊長は必死だった。しかし必死と悟られまいと、特にゆっくり喋るよう心がけた。本当は、若いが優秀な下士官に意見を求めたかったが、そんなことをすれば今、本当にまずい状況にいるのだということを宣言するようなものだった。チビの隊長は孤独な兵隊だった。

一方ノッポの下士官は、隊長の言うことが最善だと思ったが、ふだん作戦には口を出さない。こんなタイミングで急に「賛成です、それが一番いいと僕も思う」なんて意見をすれば、それはおかしい。チビの隊長に自分が今、死の危険に怯えているんだということを宣言するようなものだった。だからノッポの下士官は黙っていた。ノッポの下士官は孤独な兵隊だった。

そしてデブの新兵は、心の底からこのチビの隊長とノッポの下士官を憎んでいて、隙あらば撃ち殺して北へ逃げ出し、白旗振って投降しようとタイミングを狙っていた。西へ向かって移動するとき、少し遅れたふりをして、もう一度あの二人が自分のことを「デブ」と罵ったら撃ち殺してやろうと決めていた。二人とも始末してしまえば、残してきた家族が卑怯者の一家と罵られることもないだろう。デブの新兵は孤独な兵隊だった。

「よし、行くぞ。俺たちは絶対、生き残るんだ。──おい、デブ。お前が先に行け。お前は足が遅いからな。はぐれたら死んじまう。大丈夫、絶対に守ってやるさ」

三人の兵隊は、西へ向かって歩きだした。密林のざわめく音の一つ一つが、敵の足音に聴こえるような気がした。