PLAYNOTE 道端のキメラ

2015年05月01日

道端のキメラ

2015/05/01 19:36

今日はいつもより着るシャツが一枚少なかった。暖かくなってきたのだ。机の上には未完の原稿が取り残されていて、そいつを仕上げる前に外出することがひどく気がかりなのだが、一ヶ月前の僕は今日この時間に短い打ち合わせを設定してしまっていた。未完の原稿に外出を詫びて、家を出た。

打ち合わせはスムーズだった。美術家のI.M氏はとても柔軟でユーモアに満ちていて、ボールを投げるのが楽しくなるような人だ。いろいろな角度からボールは返ってくるが、奇抜な角度に飛ぶことはあってもでたらめということはないし、直球で返す勇気もある。今日、僕は、一ヶ月間温めていたとある問題発言を会議の机上に置いてきた。多少の混乱と動揺はあったけれど、I氏はやはり柔らかくボールを返してくれた。

敵は消防署。敵は消防法だ。焼き払ってしまいたいが、消火のプロを敵に回して勝ち目はない。まっすぐに相談するしか、道はなさそうだ。

帰り道にスーパーに寄って、籠城用の食糧やコーヒーなどと一緒にまたネギを買った。ネギを買うと俺は少し誇らしい気持ちになる。ネギを買うのは真人間だけだ。ドラッグ・ジャンキーや暗殺者はネギを買わない。俺も忙しくて文字通り心を失っているときはネギなど買わない。今も隙間なく忙しいが、心は失っていない。その証拠がこのネギだ。

4月5月は執筆と翻訳の期間である。一日12時間、毎日/\机やパソコンや書物に向かっていると、自然と気が狂いそうになる。指先だけのアニマルになってしまう。人と会うのも億劫だし、遊びに行く気にもならない。そんな時、小さなキッチンで簡単なものをこしらえる、料理という作業は人間性の回復と言っていいくらい劇的なイベントだ。視覚と指先以外死んでいた私が、味覚や、聴覚、嗅覚を使い、あっちこっちと動き回って、刃物の危険に晒されたり熱湯の脅威と直面したりする。小さいが、それは戦いだ。以前、鬱屈としていた時期にバイクで事故って顎を割り、盛大に出血したことで、かえって逆に「俺は今、生きてる!」と快哉を叫びたくなったことがあった。あれに似ている。しかしそうそう何度もバイクで吹っ飛ぶわけにはいかない。せいぜいが、ネギを買って帰り、切れ味の鈍った包丁で刻むだけだ。

そしてスーパーのビニール袋をぶら下げて都電の踏切を渡ろうとしたところで、その死にかけのキメラと遭遇した。伝説上のキメラは、ヤギの胴体に毒蛇の尻尾を生やし、ライオンの頭を持っているというが、さすがにここは東京なので、そいつはヤギでもヘビでもライオンでもなく、タヌキの胴体に青大将の尻尾を生やして、顔はキジトラにゃんこだった。ついでに四肢がそれぞれ別種のものらしく、一本は確実にニワトリだったが、他の三本は犬なのか猫なのか、それとも別の生き物なのか、よくわからず、四本とも長さも太さも違って到底歩けそうもない。日陰にぐにゃりと倒れ伏していて、今にも死んでしまいそうだった。

きみ大丈夫かい、何か欲しいものでもあるかと尋ねると、自分はもう死にますから何も要りませんと言う。そこからは長話になった。彼の飼い主は某大学で生物科学を研究している大教授で、調べてみるとWikipediaにも載っているS氏という人だった。飼い猫であったキメラくんへの溺愛が過ぎて、便利だろうといろんな動物のパーツをプレゼントしているうちにこういうことになってしまい、今では歩くのも困難どころか、呼吸もしんどい状態らしい。なぜそんなことになるまでされるがままにしていたの、と尋ねたら、彼は一言、あの人を喜ばせたかったからですにゃんと答えた。嬉しそうでも悲しそうでもなく、どちらかと言うと冷淡な言い方であった。──あの人を喜ばせようとして、結局のところ、わたしはわたしが誰なのか、わからなくしまったのですにゃん。

実に哀れなキメラくんであったので、手近なところに転がっていたブロック塀のカケラで二・三発殴って撲殺し、筆箱に入っていたカッターナイフでいくつかのパーツに切り分けて、都電のレールの上にばら撒いておいた。誰の目にも哀れな猫が線路に迷い込み、あっけなく轢かれて死んだただの残骸に見えるに違いない。

結局、彼は名前を教えてくれなかった。ああいう哀れなキメラは、生きているべきではないと思う。

図書館で一冊の本を受け取った。去年くらいからハマっているセロニアス・モンクの本を、村上春樹が出していたのだ。執筆に行き詰まったら、久々にモンクのピアノを聞きながら、紐解いてみたいと思う。

こんな一節があるらしい。今から読むのが楽しみだ。

モンクが口にしたその他の叡智の言葉。
「その曲のインサイド(ブリッジのこと)とは、アウトサイドをよく響かせるもののことだ」
「天才とは最も自分らしい人間のことだ」
「いつだって夜なんだ。さもなければ光など必要あるまい」
「こんなことはできっこないと君があきらめるとき、他の誰かがやってきて、それをやってしまうことになる」
「モンク=わかる=『常にわかる』(君がどこにいるかを)」"Monk = Know = 'Always Know' (Where you are)"
「君がスイングしているとき、更にもっとスイングするんだ!」
「君は選り分けることの重要性を知らなくてはならない。加えて、自分が演奏していないものの価値を、空白を用いることの、音楽をやり過ごすことの価値を知らなくてはならない。ただ余計なところをつまみ出せばそれでいいんだ」
「ひとつの音符は山のように大きい。あるいはピンのように小さい。どちらになるかは、ミュージシャンの想像力ひとつだ」