PLAYNOTE 米の思い出

2015年01月07日

米の思い出

[雑記・メモ] 2015/01/07 01:49

こないだ適当に米を買ったら無洗米で、生まれて初めて無洗米ライフを味わっている。すげぇ楽だな、これ。

しかし無洗米など邪道だとずっと思っていた。と言うか俺は、うちの家族は、米を買ったことがない。母方の実家が福島で、じゃんじゃん送ってくる。送られてきた米は、父親が近所のコイン精米機に持って行って精米し、母親がせっせと研いで食卓に並んだ。田舎→精米→研ぐ→炊く、というプロセスがあったから、「炊く」だけの無洗米は楽ちんだが何か異様な感じがする。

もちろんもう、米は送られて来ない。汚染のせいもあるだろうし、祖母がもう足が立たず、老人ホームで一人だというせいもあるだろう。祖母は本当に友達の多い人だったが、老人ホームでは誰とも打ち解けないと言う。

そういやイギリスに留学していた頃、向こうで三ヶ月ほど暮らしたら無性に米が食いたくなった。カンタベリーという田舎町では、手に入るのはインド米だけだ。インド米はタイ米に似ていて、長くてパサパサする。違う! こんなんじゃない! と騒ぎ立てて、わざわざ千葉県柏市から送ってもらった日本米を、インターネットでやり方調べて鍋で炊いて食べた。あまりの旨さに、おかずなしで一膳平らげてしまった。時代劇とか戦争ものでたまに出て来る、「お茶碗いっぱいの白米が食べたいなぁ」という台詞、そして実際にそれを食ったときの農民や庶民の喜びを、俺は実感として感じられた。いい経験だった。

インド枚やタイ米が悪いと言うんじゃない。日本米はなんつーか、「コメ」の中でも特殊な何かなんだ。他の国にも、そういう食い物ってあるんだろうか?

最近は『夏目漱石とねこ』という和物の芝居を書いているので、なるべく日本食を食うようにしている。漱石もイギリス留学中には食に苦しんだらしく、本を買うために食費をケチってビスケット食って空腹を誤魔化したりしていたらしい。俺も留学中は金がなくて茹でて塩かけただけのパスタ食ったりしていたが、それ以上だ。そして漱石も日本食に餓えていたらしく、帰国後一番に蕎麦を二枚とうな重を一気食いして、帰国早々腹を壊したりしている。こんなことまで記録に残されている漱石も可愛そうと言えば可愛そうだが……。

『トーキョー・スラム・エンジェルス』のときはラーメンばかり食っていたが、今は米食って漬物食って味噌汁飲むことで、少しでも明治大正に近づこうとしている。食は精神を変える。嘘だと思う方は試してみるといい。パン好きな方は米を、米好きな方はパスタを、麺類が好きな方は芋でも食い続けてみるといい。精神が少しずつ変わっていくから。

今日も無洗米を食った。うまかったが、ただ無洗米を食うというだけで、思い出すことがたくさんある。もし俺が死刑になるとしたら、一体最後に何を希望するだろう? カレーか蕎麦だと思っていたが、もしかしたらやっぱり最後は、白米なのかもしれないな。

あぁいや、違う。ウイスキーだな。