PLAYNOTE プルートゥ書いたり

2014年12月02日

プルートゥ書いたり

[公演活動] 2014/12/02 02:13

トーキョー・スラム・エンジェルスが終わって何してるのかというと、2月の劇団本公演の準備をしたり、1月に上演されるシアターコクーン『PLUTO』上演台本の直しをしたりしています。トーキョー・スラム・エンジェルスでは「日本が終わるガクブル」って話で、『PLUTO』では「世界が終わるガクブル」って話で、スケールがでかすぎて何か笑える。

『PLUTO』の本の初稿自体は半年以上前にはもう上がっていて、それからコツコツ手直しをしてきたわけだけれど、お稽古はじまって当然また直しが入る。今回僕のクレジットは「上演台本」で、「脚本」じゃない。すごく微妙なニュアンスだけど、あくまで「上演台本」なのは、演出家であるシディ・ラルビ・シェルカウイのイメージを汲んだ上で日本語の台詞を練るのが僕の仕事だからというような意味合い。

ラルビという演出家とは5月から何度も話してきたが、素晴らしい人です。作品も見事だし、あとは人物が僕はとても好きだ。こないだも出演するダンサーさんたちと「ラルビの英語はわかりやすいねぇ」「というか言ってること自体がクリアよねぇ」という話になり、俺が「ねぇ、演出家なんて、日本人が日本語で喋ってても何言ってるか全然わかんない人いるくらいなのに」と言ったらウケましたが、本当にそう。シンプルな言葉で、真っ直ぐ、具体的にイメージを語るから、聴いていてとてもわかりやすい。

と言っても英語でラルビの言葉を聞きながら日本語の台詞を考える、というのはやはり異常なことのようで、打ち合わせしていると脳がヘトヘトになるよ。脳トレ、すごい脳トレ。

稽古場に行くと大先輩の俳優さんたちが間近で見れて圧倒される。柄本明さんスゲーとかは当然なんだが、松重豊さんのスゲさにおののいた。実は俺は高校生の時に松重豊さんが出演されてた第三舞台『トランス』のビデオを何度も何度も見返したのでよーくよーく覚えているのだが、あれから20年くらい? 言葉の重みとか、居方の確かさが凄まじくって、ただただ圧倒される。自分が書いた台詞なのに、いい意味で自分の台詞とは思えないくらい重たく強く聞こえることがあって、へんてこな感じを受けている。世の中、まだまだスゲー奴らがたくさんいるんだな! オラ、ワクワクしてきたぞ! ワクワクしろ、俺!

原作はたっぷり8巻ある長編マンガなので、演劇のサイズに落とし込むのに相当苦労したが、それはラルビも同じだから文句言わない。最初、構成の会議をしたときに、ラルビが原作本を1冊ずつページめくっていって、ここも使いたい、このコマは是非見せたい、このシーンは必ず……、と付箋貼ってったらほぼ全巻全ページついちゃうみたいな感じになって、どうしろって言うんだと唖然としたことがあったが、それくらいラルビの原作愛は凄まじい。僕の完全オリジナルのシーンもあったりするが、それすらも、ラルビとのキャッチボールの中から出て来たもので、夏のKAAT『Lost Memory Theatre』につづいて、人様の脳味噌の中に潜り込む、という難しい体験をしている。でもラルビ好きだから頑張る。

そして2月のダルカラ本公演もギアを入れ始めている。身辺、諸々、ここに書けないようなつらいことばかりで、何と言うかへこたれるわけだが、2月の『漱石とねこ』の大黒柱となる目標は見えたので、死なないように頑張ります。ぺこぺこ。