PLAYNOTE 電話

2014年12月01日

電話

[雑記・メモ] 2014/12/01 17:55

夕刻、日が沈む頃、また電話が鳴った。無視はできない。出るまで鳴り続ける。煙草に火を着けてから、今日の言い訳を考えて、私は電話をとった。

「あぁ、もしもし。度々すみません。今ちょっと、お時間ありますか?」
「時間があるというのは、どういうことを言うのだろうね。君のために使う時間があるかと言えば、それはないよ。ないけれど、君は僕が君を黙らせるまで電話をやめない。ということはつまり、僕は電話に出るしかないし、話し続けるしかない。つまり時間があろうがなかろうが、僕は君の電話を取らなければならない」

スピーカーから流れるJ-POPを歌う少女の声が、急に耳障りに感じられた。その少女をスピーカーから引きずり出して、殴り殺してやろうか。お前もどうせ、不幸な人間だろう。ハスキーボイスの、前髪ぱっつんのボブヘアーに違いない。冬はニット帽をかぶっている。いい年して、ミトンの手袋をつけている。

「考えて頂けましたでしょうか。……いいえ、そんなに難しいことではありません。第一、あなたは考え過ぎです。考えは行動を鈍らせ、熱を冷ます……とか申します。思い切って、決めちゃいましょう」
「悪いけど、自分で考えたいんだ」
「いいえ、だからこそこうして、度々お電話を差し上げてるんです。あなたが考えている間には、私は絶対にお電話はしません。あなたが考えるのを怠けたときに、お電話してるんです」
「わかるのかい」
「わかりますとも! 私はいつも、あなたのお傍で、タイミングを伺っているんです」
「悪いけど、自分で決めたいんだ」
「あなたには自由意志など、ありません」

スピーカーから流れている曲が変わった。ZARDだ。坂井泉水という人は一体、何だったんだろう? 生きていたのは間違いないが、もし生前、お会いすることがあったとして、彼女の肌に手を伸ばしたら、すっと手がすり抜けてしまうんじゃないだろうか。人間臭い歌を歌ったが、本人の人間臭さが今ひとつ感じられない。例えば焼きそばをモリモリ食べているとか、実はパチンコが趣味だとか、ふつう人は何かしら、うわぁ、えぇ? と意外に思うような、人間臭さが垣間見えるものだ。あの人は透き通ったレモン水みたいな歌をたくさん歌っただけで、そのまま透き通って逝ってしまった。雨の中へ、消えて行ってしまった。

「もちろん、いつ決めて頂いても構わないんですが……。ただね、私のことをお忘れになったんではないかと思いまして」
「忘れられるはずがあるか。一日に二度、三度は思い出す。しかし、どうした今日は。大抵、電話は、夜中だったろう」
「最近じゃああなた、夜中の方がお仕事に精が出るようですから。そして仕事を始めると、私どものことをお忘れになる。仕事なんかしたって何にもならない、結局は私たちとの話をまとめてしまわない限りは、仕事なんかしたって何にもならないと、ご承知のはずですのに」
「悪いが最近は、漱石を読んでいるんだ」
「それが何の慰めになります? ロンドンで彼がどういう気持だったかは、私にもわかりますよ」
「八釜しい奴だな。何でもかでも、自分の都合のいいように解釈しやがって」
「事実は存在しない、ただ解釈だけが存在する。──あなた昔、お好きでしたよね、この言葉」
「いいや、今やもう、解釈すら存在しない。個人個人のむらっ気、気分、好き嫌い。それだけが存在するのさ」
「そんなものを相手にしているから草臥れるのですよ。どうです、ここは一つ、思い切って。一括払いで、ドーンと! 行っちゃいましょう!」

スピーカーからは、知らない曲が流れている。世界は広い。広いが、一つ一つ、順番に、丁寧に因数分解していくと、ごく単純な四則演算に還元されてしまう。あるいは意味のない、混沌とした数字の羅列が残るだけだ。

この大陸は、探検し尽くしてしまった。隣の大陸へ行っても、最初の数ヶ月は楽しめるかもしれないが、いずれ飽きる。昔、同じロールプレイング・ゲームを、ワールドマップの隅々まで覚えるほどプレイした。あの時は飽きなかった。今、マップが十万倍の広さに拡張された続編が発売されたとしても、ものの半日で飽きてしまうだろう。つまりそれはマップの広さや工夫に問題があるわけでもないし、新しい街やキャラクターが登場しても意味がない。僕はこのゲームを理解し尽くしてしまったし、新しい遊び方が思いつかない。

「では、私はそろそろ。……お仕事のお邪魔でしょうから」
「もう二度とかけてこないでくれよ。また君から電話があるかもしれない、……そう思うと余計に仕事に手がつかなくなる」
「それなら私が電話しようがしまいが、どっちみちお邪魔なんじゃないですか」
「そうだよ。かと言って君からの電話は、電話機を叩き壊してもかかってくる。コーヒーカップから呼び出し音がなることもあるし、エアコンのリモコンを手にとったらそこに着信することもある。着信拒否も、もちろん無意味だ。どこにいたってかかって来るし、ふとした生活の隙間に、こちらから、電話したくなることもある」
「やはりあなたには、私が必要なようですね」
「俺はお前が、概念ごと消滅してくれることを願っている」
「しかし私は、あなたがいよいよ、決めてくれるまで、ずーっとお電話し続けますから。ずーっと」
「どうしたら止むんだい、お前さんからの電話は」
「それは、もちろん、お客様。──お決め頂ければすぐ、すぐですよ。すぐ」