PLAYNOTE 僕は何に怒っているのか

2014年11月19日

僕は何に怒っているのか

[公演活動] 2014/11/19 20:13
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SHIBUYA 2014

トーキョー・スラム・エンジェルス。呪文のように毎日このタイトルをつぶやいているのは、観に来て欲しいからに決まっている。この出演者、このスタッフ、そしてこの劇場でなければ、この作品は成立しない。そして青山円形劇場は消滅が決まっている。ということは、この作品は、少なくともこの形ではもう二度と、上演できないということだ。

読売新聞に劇評を掲載して頂いた。書き出しがなかなかふるっているので、少し引用させて頂く。

──作・演出の谷賢一は怒っている。未来を展望することが出来ない社会を作り上げた中高年世代に。静かに同世代の生き方を見つめてきた1982年生まれの谷が、今作では声を大にして金まみれの現代日本に意義を唱える。

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読売新聞 2014/11/19夕刊

本当によく僕の作品を見てくれているなという書き出しで、異論はない。異論はないが、僕は何に怒っているのだろう、と考えた。

稽古場では果歩さんとよく「怒ること」について、話になった。怒ることにはエネルギーが要る。怒ることは面倒だ。だから人は、怒らない。どうでもいい人のことは、怒らない。だから果歩さんは、怒ってくれた先輩や仲間のことを強く大切に思っているらしい。

ならば俺は一体何に怒っているのか。劇中にはかなりはっきり、怒っている台詞が登場する。引用する。

カミヤマ「君の行動は咎められるべきじゃない。(略)自由な取引が、人間の知性を育むんだ。君のように。市場経済は残酷だが、公平で自由だ」

六本木「努力だけでは乗り越えられない壁がある。万が一、幸運にも乗り越えられたとしよう。でもどうして、生まれた時から壁の前に立たされなければならないんだ? 市場経済は公平でも自由でもない。今やただ、残酷なだけだ」

ニハラ「偉そうな口抜かすなクソジジイどうしててめぇらが滅茶苦茶にした社会を俺たちがまともに戻さなきゃなんねぇんだ? どうしててめぇらの尻拭い、俺たちがしなきゃならねぇんだ言ってみろクソジジイ文字通り尻拭いだ尻拭いそれくらいしかねぇんだよ仕事なんて一生どうだオラくそジジイくそガキにクソまみれのケツ拭われる気分ってぇは。あ?」

オガタ「お金は物差しになるでしょう。この会社がどれだけ将来性があるかとか、その人がどれだけ相手を大切にしているかとか。もちろんそれだけじゃないけど、結婚相手に五万の指輪買う人はいないでしょう」

ヤマネ「金は物差しだという奴がいるが、そうじゃない、他に物差しをなくしちまったからそう思うだけだ」

えー、ギャンギャンした台詞が並んでいますが、基本的にはハートウォーミングなお話です。敢えて怒ってる台詞を抜書きしてみた結果がこれです。

どれも、登場人物の台詞であって、俺が思っていることとは少し重なり、少し違う。俺は一体、何に怒っているのだろう?

あえて大人達に怒ることがあるとすれば、お前らはカッコいいか、ということだ。もう少し言葉を研ぎ澄ますなら、あなたは子供に示すべき美学や倫理を持っているか、ということだ。借り物ではない、自分だけの美学と倫理をきちんと持っているか。

俺の親父は別に偉い発明家でもないし大富豪でもない、普通のサラリーマンだったが、美学と倫理を持っていた。そんなに難しいもんじゃない。母さんを大事にしろとか、自分のことは自分で決めろとか、自分に正直に生きろとか、それくらいのもんだ。しかしそれは借り物の言葉じゃなくって、親父はお袋にだけは頭が上がらなかったし、俺が何をやろうと「自分で責任持てよ」と言って認めてくれたし、子供に対して「自分に正直に生きろ」と言った分、自分自身にも正直に生きていて、40代前半で部長・支店長クラスまで出世した会社を「俺の部下をクビにするとは許さん」とか言って突然辞表叩きつけて辞めてしまったりした。おかげで建て替えた家のローンがドカンと残ったわけで、後でえらい苦労をすることになるが、あのときの親父はカッコよかった。言ってることとやってることが一致していたから信じられたし、俺はとても大切なことを学んだ。だから俺は、来月の家賃が払えなくってan anでフルヌードになったようなとき(要は人生貧乏最低辺)でも笑ってられた。何を大切にすればいいかが、わかっていたからだ。

個人レベルで素晴らしい親父やお袋は、いるだろう。しかし日本は、社会として、美学も倫理も持っていない。日本人が共通して持っている誇りなんて、経済大国であるってことくらいだ。それじゃまずい、というんで、天皇を担ぎ出したり、歴史や伝統にすがったり、クールジャパンとか言ってみたり、オリンピック選手を誇りにしたり、いろんな努力をはじめたが、ないのだ。この国には、この国らしい倫理もない、美学もない。金だけがある。

しかし金は、この先減り続ける。

GDPが二期連続でマイナス成長だってんでニュースは大騒ぎをしているが、そんなものは想定されてた。想定されてたんだ。資源もないし、子供もいない、成長産業もないし、文化も持ち腐れになっているこの国で、このままの方針を貫いてりゃあ、マイナス成長なんてまだまだあるよ。そりゃあ経済はいい方がいいんだから専門家の皆様には頑張って対策を講じてもらいたいもんだが、我々はコツコツ働くことしかできない。GDPのために働けるか。

金が減り続ける。そう聞いて戦慄するしかない、そういう気風を染み込ませてしまったことについては、上の世代に恐ろしい怒りを感じる。俺がまだガキの頃は冗談ではなく本当にまだ「いい大学に入って、いい会社に入って」と言われていた。いい大学に入って、いい会社に入っても、会社ごとぶっ倒れる世の中になって、それでもまだ経済成長でしか人間は救えないと思っている。金以外の共通言語がない。そこが一番の貧しさだ。

美学や倫理で飯が食えるか、って? もちろん食えない。人間は、働かなくちゃならない。それはもちろんだ。しかし、いくら金があっても美学と倫理がない人間は笑えないし、金以外に自分を証するものを持っていない人間は、弱い。経済の風にすぐ吹き飛ばされてしまう。

これから先、個人主義的な発想はまだまだ強くなっていくだろう。単身者世帯が増えて、生涯独身、子供もなしという連中が増えて、俺もその予備軍だが、どんどん人は孤立していく。孤立した人間は、人間同士、争い合い、奪い合うようになるだろう。日本という社会で共有できる美学も倫理もないのだから、周りは敵なのだ。自分が勝ち残り、生き残らなければならない。一人一人が「自分だけは助かろう」と考えている社会、それは裏を返せば「自分以外は敵だ」という社会である。争いは苛烈に、醜く、激化していくだろう。どこかで方向転換をしなければ。

国の借金を残したことに怒っている、というよりは、この国に何ら精神的なものを残さなかったことについて、俺は戦後の日本に怒っているのかもしれない。

こんな文章を読んでいるよりは、ぜひ、お芝居を観に来て頂きたい。24日まで、青山円形劇場にて。お芝居の方が豊かで、面白いです。