PLAYNOTE 夜明けはあるのか、ないのか、そしてそれは問題なのか

2014年11月15日

夜明けはあるのか、ないのか、そしてそれは問題なのか

[公演活動] 2014/11/15 00:46

『トーキョー・スラム・エンジェルス』、ぶじ初日があけました。初日というのは演劇人にとって一番、大切な日です。千秋楽でワーキャー言ってるのはまだガキだ。初日、そこにきちんと間に合わせ、そこでどれだけ達成できるか。

そういう意味では、いい初日であった。明日もまた俺は、このお芝居が観たい。

よくある演劇イディオムで、本番があけた後、3日目とか4日目とかで「ようやく初日があけたね」と言ったりする。それはつまり、1日目も2日目も人様に見せるものになっていなかった、という罪悪を、エスプリだかユーモアだか知らんが誤魔化して、俳優やスタッフを皮肉りつつも励まそうとする、気持ちの悪い言葉遣いだ。

それとは別に、プレビュー公演というシステムもある。これは「ここはお客さんの反応を見ながら変えていきますよ」という了解を、作り手と観客で共有した上で値引きしたりするシステムだ。しかしプレビュー初日はプレビュー初日である。仕上がっていないものを渡されても、観客も何も判断できないし、作り手も「うん、そうは言ってもまぁ、まだ仕上がってないから」なんて言い訳を言うようじゃあ、あんまり意味のない言葉である。結局は、作り手なりに仕上げなければ意味がない。

要はいずれにせよ、初日は初日だし、初日がすべてだし、初日なのだ。そして今日は初日だった。初日があけたのだ。

僕は今日の初日を、恐れつつも楽しみにしていた。観客がいなければ成立しない類の演劇が、これだからだ。やっと、作品の出演者が来てくれた。遅いよ! もう。稽古と場当たりとゲネプロと、全部いてよね! もう。

印象的な言葉が2つあった。一つは僕よりもずっと上、僕の母親よりも年上の女性から、手を握って感激を伝えられた。素直に嬉しい。世代を超えて、いや、世代が違うからこそ伝わったことがあったのだろう。もう一つはやはりこれも僕より年上の女性、そして僕の演劇業界の大先輩の女性から、面白かったが私達世代としては重たく耳の痛い話だったと聞いたことだ。彼女は立派だ。耳が痛い。そう感じている人は、きっと世界を変えていく力を持っている。

閑話休題。

やはり本番となったときの南果歩と山本亨は強い。先輩、さすがっす。俺は知らない集中の仕方や、俺の知らない観客席の感じ方、俺の知らない責任感や自負や思いを、たくさん持っているのだろう。欲張っているわけでもなく、盛っているわけでもなく、ただ何と言うか、強い。あの強さは、うまく言葉にできない。それは僕の知らない強さだから、僕には言葉にできないのだろう。

そして今回も山崎彬がキーパーソンとなった。ぜんぜんイチャイチャしてないし、二人で飲んだのなんか1回だけだが、彼にしか任せられない役をやってもらっている。贅沢な使い方だが、僕は好きだ。アナールとダルカラでしか彬くんを観ていない人にとっては新鮮な引き出しだろう。チャラチャラした役のくせに、俺にとってはもう、完璧に、この世界観の背骨だ。

さぁ。明日も良くする。上を向かなければ現状維持すらもできない。少しでも良くしようという気概がなければ、舞台は腐っていく。

夜明けはあるのか、ないのか、そしてそれは問題なのか、とタイトルには書いた。その意味はたぶん、本編の中に書き込んである。極めて異形の作品に仕上がった。それはつまり、俺自身の告白である。是非、多くの人に観てもらいたい。

Théâtre des Annales vol.3『トーキョー・スラム・エンジェルス』、24日まで、崩れゆく青山円形劇場にて。