PLAYNOTE 大袈裟な話

2014年10月12日

大袈裟な話

2014/10/12 03:14

それは大袈裟な話かもしれない。大袈裟な話かもしれないが、「私もいつか死ぬのだ」ということをきっちり理解した上で、今、何を書くべきか、誰を愛するべきか、何を言い、何を言わざるべきか。そういうことを考えながら、日々、生きている。

「今日、1日を、最後の1日だ、そう思いながら毎日を生きろ」

そういうことを言う奴の言葉を僕は信じない。本当に大切なことや、重大な仕事は、「今日、死ぬ」と思ったら手がつけられない。明日も明後日も生きていられると思うからこそ、本当に大切なことや、重大な仕事に手をつけられるのだ。

1日では、何もできない。

今日観てきた『炎アンサンディ』、素晴らしい舞台であった。しかしあれは、1日を生きて書いた本ではない。しゅうさんの話によれば、1年半かけて書いた本らしい。しかも俳優たちとの共同作業の中で…。

私は死ぬまでにいくつかの確かな痕跡を残したいと思う。そのためには、今日明日に死ぬなんて発想で、何か書けるわけもない。明日も明後日も生きている、そう思わなければ、書けない。

私はああいう本が書きたい。だから、『トーキョー・スラム・エンジェルス』、もう文字数では2時間分超えているから上演できるんだが、もう一つ、戦わなければならない。どうせ色んな人から怒られる。稽古初日までに仕上げたいと思う。心から。しかし、それは、本当に誠実な仕事と言えるのか。

しかし、やるしかないのだろう。しかし、この心に残された、途方も無い寂しさを、私はどうしたらいいだろう。本は、面白くなるだろう。ただ、面白いだけではならない。私の生きた痕跡を、きちんと世の中に残すような、そんな本にしたいのだ。

私は全く、寂しい人間である。……