PLAYNOTE 二兎社『鴎外の怪談』

2014年10月02日

二兎社『鴎外の怪談』

[公演活動] 2014/10/02 22:07

勝手に師匠と呼んでいる永井愛先生の新作、『鴎外の怪談』を観てきた。1年半前には「次は鴎外」と仰っていたから構想2年は固かろう。

最初は「え? 二兎社が鴎外?」と思ったもんだ。漱石や一葉はわかったが、鴎外はイメージになかった。しかし、入念な取材を元に題材を作者独自の世界観と思想で「独創」した、永井愛らしさ溢れる傑作であった。以下、短評。2幕冒頭からの展開が圧巻だったからそのことについて書く。

客人の去った後の鴎外が、一言も発さぬままやにわに硯に墨をすり、ペンではなく筆を持って机に向かう。「ある決意」を固めたのだ。一切口に出さないまま、俳優の演技と行動だけで彼が決意を固めたことと、その決意の重さを伝えた見事なシーンで、絵としても美しく、この時点で惚れ惚れしていた。こういうシーンは観ていて震える。

しかしその後の展開が圧巻であった。友人の賀古がフラリと急に障子戸を開き身を現して一言、「どこへ行く」。鴎外の「ある決意」を必死に止める賀古。この二人の論戦が見事なんだ。二人は政治のことで対話・対決している。しかし二人は、単に政治のお喋りをしているんではない。それぞれの倫理や正義、自分の過去や存在をかけて、ぶつけあっている。劇中で何度かイプセンの名前や近代劇運動のことが言及されたが、そう、この場で二人はまさに、西洋近代劇的な、それぞれの存在や価値観をかけて対立し対決する、本当の「対話」を行っているのだ。

明治時代を題材にガチの「対話劇」をやりやがった! ──二人の「対話」は、もちろんイプセンのようでもあったが、僕にとっては『マクベス』を思い起こさせるものですらあった。緊張感も抜群で、お互い一歩も譲らない応酬は殺陣やチャンバラ、CG以上にハラハラと僕の血を煮沸させた。日本人で無理なく、西洋の対話劇をやる。お見事。

と、思ったら。そこからが急展開。それでも行くのだと「ある決意」を鈍らせない鴎外に、賀古が放った一言は、実に日本人的な言葉であった。
「俺の努力を無駄にするのか」
「お前のためだと思ってやった」
「一晩考えろ、明日でも遅くない」
「みんな迷惑する」
もちろん台詞のディテールは覚えてないが、議論で彼を止められなかった賀古は、情で鴎外を止めに掛かった。そしてこれが、一番のクリーンヒットとなるのだから面白い。西洋人的な対話をしていたと思ったら、急転して突然、日本人的な縁と情と和と慣れ合いと……、とにかくもう「日本人的」としか言い様がない会話に変化している。

日本人に西洋劇風の対話をやらせた。というところで一本とられたと思っていたが、さらにもう一本とられてシーンは進み、最後にはとんでもない格好をしたお母さんが出てきた「笑い」でシーンを締めくくるという、ダメ押しの一本まで打ち込まれた。お見事な一場であったし、この一場のために全体があると言っても良いくらい秀逸な言葉の芸術であった。

* * *

『鴎外の怪談』は、劇全体を通じて「日本人的なもの」を炙り出している。それは明治時代の日本人を題材にしつつ、現代の日本人にも連綿と受け継がれている「日本人的なもの」を炙り出しているから見事なのだ。何でこのタイミングで鴎外なのか、やっとわかった、よーくわかった。本当にいつも、いい題材を見つけてくる。

意図的なものだろう。集団的自衛権の問題をえぐっていた。憲法解釈だけで何かできるようにしちゃった安倍政権や、「自分が止めても、止まらないだろうし」と声を上げずに見過ごしてしまった私たちは、あの頃から全く何も変わっていない。永井愛の作品は、ワクワクはらはらゲラゲラ見て、「楽しかったわねぇ」と帰ることも可能なくらいウェルメイドなのに、「これは自分の問題かもしれない」と気づいてしまった観客だけは、帰り道に自分自身を省みることを余儀なくされる。チャーミングなのにキレッキレ。実にシャープだし、知的である。

ちなみに本作は50歳の少しの鴎外を描いているが、処女作にして最大のヒット作『舞姫』がプロット上とても重要な役割を果たしている。これもまた見事だった。鴎外、いや森林太郎の中で今も彼を睨み続けているエリス。それは恋心ではなく恥ずかしさや後悔なのだと彼は言う。自分自身の良心との葛藤、それを抱いている鴎外はとても近代的な人間像だが、しかし最後は縁と情と和と慣れ合いと……と、やはり「日本人的なもの」に鴎外は巻き込まれていく。実に皮肉が効いている。

なあるほど、だから『鴎外の怪談』なのね。神でも悪魔も登場しない、だけど幽霊の声が聴こえ続けるこのお話はまさに「怪談」。森林太郎と森鴎外と、同一人物であるはずのこの二人の対立を、船の下からじっと見つめ続けるエリスという構図は、本当に面白かった。

26日まで、池袋・東京芸術劇場シアターウエストにて。