PLAYNOTE 孤立と無縁の先にあるもの

2014年09月25日

孤立と無縁の先にあるもの

[雑記・メモ] 2014/09/25 23:02

約一ヶ月、ほとんど誰とも会わなかった。誰かと飲みに行くというようなこともなかったし、お芝居を観に行っても挨拶もせず帰ることが多かった。8・9月は執筆の月だったから、そういうことができたのだ。11月に青山円形劇場で上演されるThéâtre des Annales『トーキョ・スラム・エンジェルス』、来年1月にシアターコクーンで上演される『PLUTO』の上演台本、来年2月にDULL-COLORED POPが第15回本公演として座・高円寺1で上演する『夏目漱石と16匹の猫(仮)』。書くべき本は3本もあったから、一ヶ月だって足りないくらいだ。だから8月21日にKAATで『Lost Memory Theatre』の幕が開けてからは、ほとんど引きこもりのように暮らしていた。

孤立と無縁の先に私が見たものは、ちょっとした狂気だった。

敢えて積極的に孤立と無縁を選んで生きてみたのは、次回作『トーキョ・スラム・エンジェルス』の取材という意味も兼ねている。ボブ・ディランの名曲『Like a roling stone』のメロディと歌詞を思い出しながら、この記事は読んで欲しい。

Lke a Roling Stone / 拙訳(抄訳)

君も昔まだ高い服を着てた頃、道端の乞食に十円玉投げつけて遊んでたそうだね?
そうだろ?
「気をつけろ、いつかバチが当たるぞ」 そう言われても笑い飛ばしてたってね?
「冗談だろ?」って。

君は昔、見下してた。昼間からフラフラしてるような奴らのこと。
君は今、自信をなくし、君は今、自分を恥じてる。
次のおまんま探して、ゴミ箱あさって回るような自分のことを。

どんな気がする? どんな気分がする?
一人ぼっちで、帰り道のないことは?
誰も気にしない、石ころみたいでいることは?

…………

コツコツと本を読んだり、ボツになる原稿を書いたり(ダメな時は書く前から「今日のこれはボツになるな」とわかっていたりする、それでも書いたりする)、していると、この1Kのアパートは牢獄のようだ。

食料がなくなると近所のSEIYUと自宅を往復して、冷凍食品や半額惣菜、乾麺なんかを買って帰る。──演劇屋は月給制ではないから、2・3ヶ月ギャラの振込がなくて、その翌月にまとめて来る、そういうことはザラにある。ちょうどいいから可能な限り倹約してみたりしたのだが、酒だけは欠かさず飲んだ。飲まないとやってられないからだ。

僕が見た貧富

この仕事をしていて面白いのは、本当にいろんな人と会うことだ。アルバイトをしながらお芝居に出ている人はたくさん見るし、早く彼氏と別れたいけど住む家がなくなると困るから我慢してフェラチオをしている女の子の友達もいる。ファッション誌の読モをやりながらスーパーの品出しの仕事をしている人とも会ったし、1ヶ月だけ暴力団員の友人と組んで麻薬の運び屋をやったという男から話を聞いたこともあった。

最近だと、リアカーいっぱいにシケモク詰め込んだ(すごい量だ)ホームレスは、うちから歩いて5分の公園でよく見掛けるし、「1万円、ホ別でイイヨ(意訳:1万円で私を買わない? ホテル代はあなた持ちね)」と僕に話し掛けてきた東南アジア系の女性とは、今でもたまにすれ違う。

正直、「おじさん、俺も宿無しになっちまって」と言ってあのホームレスに話し掛け、一晩、野宿をしてみたいと思う。正直、1万円とホテル代を払ってあの東南アジア系の女性と一夜を明かし、身の上話を聞いてみたいと思う。

一方、途方もない金持ちと会ったりもする。衣装部屋ならぬ衣装マンション持ってる人もいるし、うちの家賃の半分だったり同じくらいだったりする値段の焼き肉や寿司をご馳走してくれる人も知ってる。30万出せば雑誌の表紙にもなるグラビアアイドルを抱かせてあげるという話をされたこともあるし、ヤリ部屋が併設されたマンションに招かれてお酒を飲んだこともある。年収3億の大富豪の半生を短編戯曲にまとめて、50万円もらったこともあった。地上55階にある彼の仕事部屋、そう仕事部屋は、マンションをワンフロアぶち抜きで、窓からは東京湾が一望できた。そこで書き上げたその短編は、ニューヨークで上演された。

以上もちろん、ここに書かれていることは一部、フィクションだ。そしてフィクションであることの素晴らしさは、事実よりも時として真実を伝えるということだ。だから、上記の話の真贋はともかく、そこから受けた印象を、大事にして頂きたい。

カーテンを閉めた部屋

そんなこんなで約1ヶ月、可能な限り引きこもって生きていて、あるとき読んだ文章が僕の胸を打った。

「お前らガキどもは、ベンツで満足しなかった。インテリには金のネックレスだって物足りない。財産にも満足していない。お前らはコニャックでも満足できない」

「顔につばをかけられ、咽もとにゴミくずを押しつけられる気持ちがわかるか? 自分で自分の墓を掘る気持ちがわかるか?」

「お前たちには、今日のことを避けるチャンスが1000億回もあった。しかし、お前たちは俺に血を流させた。お前たちは俺を追い詰め、たった1つの選択肢しか与えなかった。決めたのはお前たちだ。お前らの手には、洗っても決して落ちない血がこびりついている」

「俺はキリストのように死に弱く非力な人々の世代へ霊感を与える。か弱く無防備な未来の世代のために」

「こんなことをしなくても良かったんだ。逃げることもできたが、後戻りはできない。これは自分のためじゃない。俺の子供たち、兄弟、姉妹のためだ。彼らのためにやったんだ。何世代にもわたって虐げられてきた弱者に希望を与えるのだ」

彼はとあるロックの曲を聴いていた。

「誰か俺に話し方を教えてくれ」
「俺に話し方を教えてくれ」

彼は大学へ行って銃を乱射し、33人を殺害した。バージニア工科大学銃乱射事件である。

僕は犯人との共通点はほとんどないし、僕は銃も持っていない。だが、一人ぼっちでカーテンを閉め、鬱屈して暮らしていると、彼に言っていることの意味がわかるような気がするのだ。一人も友人のいない、韓国系の移民の学生だった彼の言っていることの意味が。

「どんな気がする? どんな気分がする?
 一人ぼっちで、帰り道のないことは?
 誰も気にしない、石ころみたいでいることは?」

──これはまずい。
そう思って僕は一度、実家に避難した。「急に帰るから、晩飯は残り物でいいよ」、そう言って帰った実家のテーブルには、豚のしょうが焼きとほうれん草のおひたしと、味噌汁と炊き立てのご飯、根菜の煮物と、あと何故かチーズがあった。深夜の一時まで母親のよくわからない愚痴を聞いてから眠り、母親にパソコンでブラウザを開いてクックパッドを見る方法を教えて帰った。

そうやって僕は部屋のカーテンを開けた。僕にはそういう実家がある。

* * *

日本はこれから孤立社会になる。無縁社会になる。それが、どういう意味を持つのか。知りたい人は、1ヶ月、カーテンを閉めて暮らしてみるといい。すぐにわかる。

もちろん、仕事も休めないし、そんなことはできないだろう。しかし仕事だけガムシャラにやっていて、会社にしか友人はいない、結婚もしない、親はどちらも死んでしまった、そうなれば、気がつけば部屋のカーテンは閉まっている。そのカーテンは開けようと思っても、開かないだろう。

僕は離婚をしたくせに、事あるごとに人に「結婚はいいもんだぜ」と言って、「呪いのようだ、やめてくれ」と怒られている。それは一つには、本当にいい時期もあったのだ、ということでもあるし、同時にこういうカーテンを閉めた部屋の恐ろしさを知っているからでもある。この調子で婚姻率が下がり、出生率が下がり、離婚率が上がって、しかし高齢化が進んでいけば、日本はカーテンを閉めた部屋だらけになる。

1ヶ月、カーテンを閉めて暮らしてみて、「これは本当によくない」と身にしみてわかった。『トーキョ・スラム・エンジェルス』の稽古で久々に「演出家」として人前で喋り、果歩さんら俳優一同と会ったら、本当に気持ちがほぐれた。カーテンを閉めてはいけないし、カーテンを閉めた部屋を見つけたら、開けてやった方がいい。

それは偽善でも何でもない。カーテンを閉めた部屋からいつか、銃を持ったトレンチコート・マフィアか、ナイフを持った異邦人が現れて、罪のない人を殺すだろう。だからそれは、偽善でも何でもない。

情けは人の為ならず、と日本には本当にいい言葉がある。身近にいる人に感謝し、偶然のような出会いのお陰様で、私たちは生きている。「ありがとう」とは「有難う」と書く、つまり「とてもあり得ないようなことだ」という意味だ。僕らが生きていられるのは、そんな「とてもあり得ないようなこと」のお陰様なのだ。

 

 

というわけで今は元気に執筆がんばっているよ!