PLAYNOTE チャールズ・ファーガソン監督『インサイド・ジョブ 世界不況の知られざる真実』

2014年08月10日

チャールズ・ファーガソン監督『インサイド・ジョブ 世界不況の知られざる真実』

[映画・美術など] 2014/08/10 23:37

11月に予定されているThéâtre des Annalesの次回公演へ向けて、一年半前くらい、つまり『従軍中のウィトゲンシュタイン』以来ずっーと経済や金融について読んだり調べたりを続けているんだけど、今回観たドキュメンタリー映画『インサイド・ジョブ』が飛び上がるほど面白かったので内容についてメモ書きしておく。

要は、リーマン・ショックは何故起きたか? ってことを追っかけたドキュメンタリーなんだけれども。サブプライムローン問題がどうこう、という基本はもちろん丁寧に解説してくれた上で、アメリカの金融界を操る問題を多角的に描き出してくれている。そして僕に言わせれば、その「問題」とはすなわち、人間の心ということに他ならない。

リーマン・ショックは何故起きたか。サブプライムローン問題が顕在化して、大量の証券が紙クズに変わったから。じゃあ、そんな問題はどうして起きたか。それはレーガン政権以来続いている金融規制緩和の結果だ。

という筋立てなのだが、規制緩和がどうしてそんな問題を起こすのか? 僕の理解では、資本主義社会における「資本」の役割は、経済というエンジンをより速く効率的に回すための油のようなものだ。様々な「規制」は、ブレーキだったり、安全ロックだったり、車検だったり。規制を緩和していけば、経済は回る。自由主義経済論においては神の見えざる手がうまいことみんなを誘導してくれるから、エンジンが速く回ったって問題ないはずだ。

しかしそこで、エンジンの仕組みに気づいちゃった人たちが、素晴らしい悪知恵を働かせ出す。映画では、こないだ話を聞いた僕の友人I氏がかつて働いていたゴールドマンサックス証券がものすごい勢いで槍玉に上がっていて笑ったものだが、確かにゴールドマンサックスをはじめとする証券マン達が考えた債権の金融商品化のやり方は、賢い。魔法のようだ。借金が債権になりそれが証券になって、投資家たちに利益を与える投資活動を生むのだから、もう見事な魔法である。

ここまではいわゆるサブプライムローン問題の補足説明に過ぎない。このドキュメンタリーの優れている点は、証券マンたちがどうやって金を儲けたか。どのように格付機関が動いたか、あるいは格付機関を動かしたか。それをどう市場は評価したか。銀行はどうだったか。中央銀行は。政治家は。経済学者は。そんな経済界のトップたちが、どれだけグルになっていたかを暴き出している。

正確に言えば、グルにはなっていない。グルになって市場を騙して捕まるほど、彼らは無知でも阿呆でもない。一見、それぞれの立場で正義と道義に基いて活動しているように見えて、実に巧みに利益誘導し合っている様が見事に暴き出されている。

政治家は元証券会社のCEOを財務長官に据えて、規制緩和を訴えるよう誘導する。銀行や証券会社は経済学者に自社の顧問や相談役のポストを依頼し、自分たちに都合の悪い論文は書かせないよう誘導する。あるいはロビイストを雇って政治家たちを誘導する。証券会社は格付機関に悪い評価を出させないよう誘導する。複雑な金融商品を作って、リスクと責任をバラけさせるよう誘導する。会社は短期的な利益を上げた社員にボーナスを支給することで、サブプライムローンがらみの債権の販売を誘導する。

誰一人、はっきりと白線を超えていない。グレーゾーンに踏み入ることがある際は、自分を警告しそうな会社や政治家にきちんと根回しをしておく。複雑に絡み合った利害関係の中に、問題を埋没させていく。

きっとみんなが、「こんなこと長くは続かない」「これはいずれ破綻する」と気づいていた。だけど、長く続かないなら今のうちに売ってしまう他ないし、いずれ破綻するのなら破綻を見込んで新たなビジネスを仕掛けておく(「あらゆるリスクは商品になる」と、これは先日話した元ゴールドマンサックス社員の言葉だが、サブプライムローンの破綻ですら商品化していた人たちがいたことには驚いた)。そうやって、目の前の利益を大事にすれば、少なくとも自分と自分の家族くらいは守れるのだ。その代わり、自分とは関係ない、大量の失業者が世に溢れることにはなるけれど。

これは、個々人の良心でどうにかなる問題だろうか。やはり性善説で人間を捉えることはできないのだろうか。大衆は過ちを犯すが、エリートもまた過ちを犯すのか。いや、誰が目の前に、数百万ドルの報酬をぶら下げられて、道義的に生きていられるだろうか。せっかく家族を旅行へ連れて行けて、母親に家を買ってやれるときに、自分だけモラルに従ってそのチャンスを投げ捨てられるか。自分がモラルを選びチャンスを投げ捨てたら、隣の席の同僚がそれを拾うだけだと言うのに。

「自社だけがやっていることではない」

本当にこういう言葉がドキュメンタリー中にも出てきてびっくりしたが、実際、そうなのだろう。誰だって目の前に数百万ドルぶら下げられたら、冷静な判断はできないだろう。

いや、むしろ、モラルを投げ捨てて、数百万ドルを取る方が、よほど「冷静」とも言えるんじゃないか? だって、この映画に実名が登場し、インタビューに答えたり発言が紹介されたりしている人たちは、誰も、誰一人捕まっていないんだから?

良いドキュメンタリーは時として文学作品よりよほど人間性の問題を教えてくれるものだが、この映画もまさにそうだった。オススメです。