PLAYNOTE 『河童』考2

2014年04月27日

『河童』考2

[公演活動] 2014/04/27 05:11

今日も『河童』について考えた。

芥川の『河童』に関する超マニアックな私的注釈のページを発見した。

はっきり言って、あまりにもマニアックなので、「原作3回は読んだしほとんど覚えてる」って人じゃないと、楽しめないと思います。

さらさらと拾い読みしてみて、もちろん見解の違うところもあったけど、僕は僕なりに『河童』という作品への理解をまた一つ深めた感がある。

この4月はずっと、別の仕事とも並行しながら、毎日『河童』について考える日々であり、いろんな試行錯誤もした。その中で失敗に終わったのが、『河童』をブラックユーモアの純粋結晶として描く、という試みだった。ダメだった。確かにブラックユーモアとして読んでも面白いんだけど、そんなシンプルに割り切れない、得体の知れない、輪郭のぼやけたような不安とか不穏とかが、この作品を取り巻いている。

『河童』に描かれているのは、芥川の皮肉、アイロニーだけではないし、社会批判だけでもない、そしてブラックユーモアだけでもないということがよくわかった。彼が「僕自身へのデグウ(嫌悪感)」と言っている通り、実に生々しく自殺直前の芥川自身が行間に漂っている。社会や周囲を批判・風刺しているように見せかけつつ、彼が一番ペンという名の矛先を向けているのは、自分自身なのだ。

であるならば僕も、「僕自身へのデグウ」を見つめなければ、この作品の満足な翻案は成し遂げ得ないだろう。

そのために、原稿をPCで書くことをやめた。PCに書ける文章は、線的なのだ。左から右に流れて、一行に一行しか書けない。当たり前のことだけど。だけど、ノートだともっと、歪んだ風に書けるし、左から右だけじゃなくって、下から上にも、右から斜め左上にも行ける。文字以外のものも、たくさん書ける。もちろん最後にはテキストにしなければならないわけだが、まぁしばらくは新しく買ったMoleskineのA5バインダー・ルーズリーフに、ガシガシ書き込んでいこう。

バインダー、2500円くらいしたんだ……。もったいないから、ちゃんと使いたいし……。

そしてもちろん他の仕事にもきちんと取り組んでいますので原稿をお待ちの諸兄はどうか寛容にお待ち下さい。