PLAYNOTE ハロルド・ピンター作/デヴィッド・ルヴォー演出『昔の日々』、翻訳します

2014年04月27日

ハロルド・ピンター作/デヴィッド・ルヴォー演出『昔の日々』、翻訳します

[公演活動] 2014/04/27 03:50
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フライヤー

2014/6/6(金)~15(日)@日生劇場、そして19(木)~22(日)@大阪・梅田はシアタードラマシティで上演される、ハロルド・ピンター作/デヴィッド・ルヴォー演出の『昔の日々』、翻訳で参加致します。初ピンター訳、初デヴィッドとの絡みで、複雑ながらも興奮しております。以下、僕とピンターの歴史について。

僕とピンターと

はじめて『ハムレット』を読んだとき、確か高校1年生、「つまらねえええ」ってリアルに壁に投げつけたのを覚えてる。『ゴドーを待ちながら』も投げた。もちろんその後、「なるほど、これは面白い!」と開眼したわけだけど、同様にピンターも、最初は「何じゃこれは」と匙を投げたのを覚えてる。

イギリス留学前、確か学生劇団が上演していた何か(『ダム・ウェイター』か『帰郷』、『管理人』、その辺だったと思う)を観た際にも、「ぜんぜんおもんない」「意味深な感じをありがたがってるだけだろ」と、全く楽しめず、「有名な作家の作品だからってありがたがってるバカどもめ」と見下した気持ちを抱いたことさえあった。本も読んだが、やっぱりわからんかった。

要は、すげぇ悪い出会い方をして、最悪のイメージを持っていたってわけだ。

それがイギリスへ行ってみて、丸っきり印象が変わった。これははっきり覚えてるが、向こうの学生が、食堂だか何だかを改造して上演してた『ダム・ウェイター』(邦題は『料理昇降機』って言うのね)を観て、ストレートに面白かったんだ。ちんぷんかんぷんでも何でもない、むしろ「わかりやすく、わからない」感じがして、えらく驚いた。

何より言葉がわかりやすかった。原文読んでみるとわかるけど、むしろシンプルと言っていいような簡単な構文で大半のセリフが書かれていて、でもそのセリフの応酬のズレや重なりが、微妙な違和感を観客の中に育てていく。

「ピンター面白いかも」が「面白い」という確信に変わったのは、図書館のライブラリーにあった、『帰郷』の映画版だかドラマ版だかを観たとき。確かピンター本人が出演していた。これも、僕の拙いリスニング力でも内容は十分追えるし、会話についていける、なのに、会話についていくうちに、自分がどこにいるのかわかんなくなるような、ヘンテコな体験をさせてもらった。スリリングですらあった。映像なのに。

そんなわけでピンター訳はいつかやりてぇなぁと思っていたし、実は2度ほど、「訳してみませんか」という話が持ち上がったこともあったんだけど、大人の事情もいろいろあって、どうしても実現しなかった。そんで今回、何年越しだ、わかんねぇけど、偶然にもやらせてもらえる話になったわけで。

もう訳は終わってるんだけど、終えてみてはじめてわかる、難しさ。いやー、僕もまだまだ甘ちゃんですね。いざ訳してみる前には「ピンター訳に革命を起こしてやる!」なんて息巻いたものだけれど、先達のご苦労の意味が骨身に染みてわかりました。僕が訳すという、それなりの成果は出せたんじゃないかと思うが、そこんとこは、劇場のお客さまに判断して頂きたい。

演出のデヴィッドことルヴォー氏を始め、麻実れい・若村麻由美・堀部圭亮という素晴らしい俳優さんたち(読み合わせは最高の体験でありました)、そして友人であり好敵手でもある薛珠麗さんや前田文子姉さんなんかも参加してくれており、他のスタッフも「うそ」って人が名を連ねているので、とても心強い味方がいる。拙い訳ではあるけれど、きっと現場で磨き上げて、一人前のピンター訳に仕立て上げてくれることでしょう。

気が早いかもしれないけど、また、もっかい、ピンターの翻訳やりたい。プレ稽古が数回あっただけで、まだ全く途上なんだが、すでにとんでもない体験をいくつもしました。ノーベル賞とるだけのことあるわ。15年前、「ぜんぜんつまらん」と言って匙を投げていた自分と同じように、「ピンター、わからん」となってる人にこそ、観てもらいたいなぁ。素敵な作品になりますように!