PLAYNOTE 『河童』考1

2014年04月19日

『河童』考1

[公演活動] 2014/04/19 02:24

DCPOP次回本公演、『河童』のざっくりした概要が公開になった。番外公演『プルーフ/証明』の、次の作品である。

芥川龍之介『河童』を題材にした、音楽劇である。「頭おかしいんじゃないの?」って、言われるために、準備しました。いろいろ、頭のおかしな企画です。が、それはそれとして、芥川の『河童』について、少し書いてみる。眠りに落ちる前に。

芥川龍之介は、1927年、昭和2年の7月24日に死んだ。その4ヶ月前に発表されたのが『河童』である。

当時の芥川は、追い詰められていた。姉の夫が自殺したり、文学仲間が発狂したり、愛人との関係に悩んだり、そして何よりも自分の文学的なある種の行き詰まりを感じて、追い詰められていた。一説によれば、芥川一人で15人を養う羽目になり、しかも本人は神経衰弱、今で言う鬱病を罹患していたという。そら死ぬわ。

芥川晩年の作品は、芥川龍之介の「あがき」をまざまざと見せてくれる、すさまじい作品群ばかりが並んでいる。文学と精神のギリギリを生々しく、しかし冷ややかに描きとった『歯車』や、「本当の文学はこうあるべきだ」と恐らく自分に重圧をかけつつもその成功を果たした『蜃気楼』、自身の人生と死をポエムのような形で切り取り、静かな、しかし圧倒的な不安と不穏を描いた『或る阿呆の一生』、自然主義文学の形式で娑婆苦をまざまざと描いた『玄鶴山房』など、傑作が多出している。そんな中で、「えっ?」って感じで出てくるヘンテコ作品が、『河童』である。

「芥川龍之介の最高傑作を挙げよ」と言われたら、僕は、『歯車』を暫定一位で挙げるだろう。いや、でも『玄鶴山房』や『一塊の土』のような自然主義の傑作も捨てがたい。もちろん王朝物の代表作である『杜子春』『蜘蛛の糸』、そして何より『地獄変』などは非の打ち所がないし、『蜜柑』『トロッコ』のような小品も素敵、いやでもやっぱり『羅生門』じゃないかね、と言われたら反論のしようがないし、でも一番よく読んでしまうのは『或る阿呆の一生』や『西方の人』だったりする。少なくとも、『河童』は一位じゃない。

だが、だからこそ『河童』には、芥川の人間味が溢れている。ともすれば稚拙なまでに、あれは己を反映させて描いているのだ。芥川龍之介の文学史と個人史を知った後で読むと、凄まじい感動と憎悪が押し寄せてくる、そういう作品である。

そして『河童』には、つけ入る隙がある。『歯車』や『玄鶴山房』、『一塊の土』のような完璧な作品には、演劇化する醍醐味はない。「原作読んで」で済んでしまう。でも、『河童』には、エッセンスだけが詰まっていて、いろいろと未発達・未成熟な感じがありありと見て取れる。そこがとても、僕の心をくすぐる。

一つ、言えるのは、芥川は大正の世の中を題材に『河童』を描いた。だから今ではしっくりこない箇所がたくさんある。そこを、僕なりに、平成の世の中を題材に『河童』を再筆してみようという腹積もりなのだ。だから僕にも、これは「翻案」でありながら「新作」のような、変な試みである。今日、音楽とか、振付とか、そして出演者とか、「ええええ」っていう情報公開が成されたばっかりだが、一番の衝撃は内容であったと、そういう風にしたいと、コツコツ書き進めている次第である。

どうぞお楽しみに。寝ます。