PLAYNOTE 青森に来ている

2014年01月28日

青森に来ている

[雑記・メモ] 2014/01/28 22:14

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青森に来ている。普段だったら「遊びに来ているのではない」と書くところだが、ここは男らしくはっきり書こう。遊びに来ている。何の仕事の用事もない。一つだけ、とある大切な友人との約束があるにはあるが、そいつを足がかりにして青森に来たいだけ、という意味では、ほぼ遊びに来ている。そして青森に、来てよかった。初日にしてそう思う。

青森は、着いたそばから白銀の雪化粧で、しんしんとみぞれの降り積もる中、古い色の肌をしたJRのバラック小屋が僕を出迎えてくれて、そして一瞬で僕は悟った。ここは異国なのだ。東京とは異国である。違う文化圏に属している。そこで僕は太宰と寺山を思う。違う文化圏に属している詩人たちなのだから、違う文学を書いたというのは当然だ。着いて一瞬で、あの2人の謎の一端が瓦解した気がした。

そして異国を旅することが好きな僕にとっては、この青森旅行は、初日だけですでに期待値以上の収穫のある旅となりそうな、そんな予感があった。

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まず青森駅前にある何かねぶたの資料館みたいなとこに行った。ねぶたには一つも興味はない。ただ目の前にあったから、行っただけだ。だがしかし、ねぶた祭りの正体に、僕は度肝を抜かれた。僕のような「お芸術」「ゲージツ家気取り」こそ、ねぶたに学ばなければならないのかもしれないと、真剣に思った。

ねぶた祭り。この、発祥も起源も、意味もよくわからない、ただどでかいハリボテ人形作ってみんなでわぁわぁ騒ぐだけのお祭りが、青森の知恵であり、魂なのだ。連中は、一年かけて、このどでかいハリボテ人形を作るらしい。ねぶた師とかいう職種があって、一年かけて、ただねぶたを作っているらしい。それを、町内会とか、市とか、企業とか、県とか、そして人々が、熱狂的にサポートしている。戦時中は戦意高揚に利用されたりしたらしいが、それもねぶたの力を示すエピソードの一つだろう。

この、雪に降り込められ山と海に囲まれたこの地方では、長く辛い、そして生命を落とす危険さえある冬という季節をやり過ごすために、来年のねぶたの夢を見る。夢見たねぶたを絵に描いて、針金と紙で、作っちゃう。そして真夏に、よくわからねぇ「ラッセーラー」という掛け声を叫びながら、わぁわぁやって、冬の苦痛を発散する。

素晴らしい知恵である。ケとハレという祭儀性を、何の背伸びも、何の気取りもなく、ただ「やりてぇからやる」みたいな勢いで、やっておる。そして、一つ一つのねぶたを見てみるとわかるが、あまりにも作り込みが本気で、むしろドン引きするレベルだ。大の大人が、集まりに集まって、このよくわからねぇハリボテ人形を担いでわぁわぁやることに、あまりにも真剣なのだ。

真剣に遊んだものは、真剣に作ったものより強い。それは演劇でも同じことだ。ねぶたを見ていて、この大の大人たちの真剣過ぎる遊びが、一つの芸術として昇華されている様を見たことは、僕にとって横っ面を思っきしビンタされたに近い衝撃を与えた。大人の真剣な遊びは、ここまでやるのだ。なら演劇は、どこまでやれるだろう? 「ゲージツ家」を気取っている私には、痛々しいほど圧倒的な「芸術」がそこにはあった。

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その後、青森の手引き役をしてくれているK氏に案内されて、地元の人々が集まる居酒屋に顔を出した。旅先で酒を飲むなら、観光客向けの店に行くよりも、地元民の集まる大衆酒場に行くのが一番だ。うまかったものを列挙してみよう。

  • 地酒(じょっぱり)
  • ナガイモ
  • イカの塩辛
  • 揚げナスの生姜みそ和え
  • たら玉(干した鱈を玉子につけて食べる料理)
  • にしんの燻製(みそ付き)

どれも素晴らしい郷土料理であった。お高く止まっていないのがいい。ナガイモとかただのナガイモなんだが超うまいし、揚げナスの生姜みそ和えに至っては、僕の人生を変えるみそ料理であった。これからはみそには必ず生姜を和えよう。じょっぱりがまた、飲みやすいのに効いてくるいい酒で、確かにこの酷寒は、酒飲みを育てるなぁと、K氏と笑い合ったのであった。

明日はK氏に導かれて太宰治ツアーに赴く予定だが、行く前からもう僕は感激している。K氏はこう言った。

「太宰は、北の女が嫌いな男の、典型例ですよ。女好きで、見栄っ張りで、強くもないのに酒好きで。死ぬときだって、一人じゃ死ねない。女を連れて、自分だけ生き残る。ダメな北の男の、典型例です」

確かに。と、膝を打つ、痛快な一言であった。

私は文学士であるので、太宰の人柄についてはさしたる興味もない。勘違いするなよ、文学研究と、出歯亀フライデー的下衆の勘繰り・パパラッチとは、重なる部分もないとは言わんが、基本的には別物だ。太宰がダメな男だからと言って、太宰の文学にダメの判子を押す必要はないし、太宰の文学にダメさ加減が漂っているからといって、太宰の私生活までダメな男と裁定してもならない。人は人、文は文だ。だがしかし、まぁ、太宰のろくでなし加減は私もよく聞き及んでいるので、北の女に一刀両断される近代日本文学史上のアイドルである太宰治という構図は、痛快であった。

しかし太宰は、生きるために、書いていた。妻子を食わせるために、書いていたし、己の存在証明のために、書いていた。それはある意味では、ねぶた祭りに生命の火を燃やす男たちとさして変わらないのだとも言える。ねぶたの男たちもまた、生きるために、燃えていたのだろう。生きづらい。とんと生きづらいこの世の中を、そして、この大自然の暴力に晒され続ける東北の地の生きづらさを生き抜くために、ねぶたの壮大なハリボテも、太宰の自己愛と自己嫌悪に満ちた文体も、生まれたのだ。いずれも必然性の産物であり、生きるための芸術である。

純米酒じょっぱりを、ホテルに帰ってまでたらふくかっ食らいながら、だがしかし「いかに生くべきか」と問うている私には、来青初日にして収穫の多い一日であった。

明日は弘前に行く。真剣に遊ぶためのヒントを、そして何とか生き延びるためのヒントを、遊びながら拾いに行く。