PLAYNOTE 小田島雄志・翻訳戯曲賞、授賞式&祝賀会&打ち上げ

2014年01月15日

小田島雄志・翻訳戯曲賞、授賞式&祝賀会&打ち上げ

[公演活動] 2014/01/15 20:32
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小田島雄志・翻訳戯曲賞の授賞式に行ってきました。沢山の方に勿体ないお言葉とお気持ちで祝って頂き、嬉しさ余って、む、む、む、むず痒い!この栄誉ある賞名に恥ずかしくない仕事を重ねていこう。演劇の未来を担いたい。写真は同時受賞の中村まり子さんと小田島先生とクズ。

授賞式

小田島先生&実行委員であらせられる重鎮の皆さま集う楽屋にへらへらと飛び込むも、あまりの空気のインテリジェンスに凍りつく。し、し、し、渋い! 俺が大した冗談も言えない中で、小田島先生は、「豊島区長が路面電車を作るらしい」「最近は路面電車に夢中で夢中で」「ロメンチスト(≒ロマンチスト)なんだよなぁ」なんて、流れるようにお得意の地口を連発しており、これが小田島雄志というものか! と戦慄しておった。

その後も気さくに話しかけてくれた小田島先生であったが、晦渋なところなど一つもない、気のいい朗らかな人で、しかし突然ある話題でキッと顔が真面目になり「あれはいかん」なんて怒り出したりする辺り、こういう年のとり方をしたいものだと思った私だ。みんなが、受賞者の俺たち2人よりも、小田島先生、小田島先生、と言っていたが、ちっとも嫌な気持ちがしなかった。愛されてる感バリバリの、そして愛すべき感バリバリの、お方であった。

授賞式では「まぁ2~3分くらい」と言われていたスピーチで、小田島先生、中村まり子さんと、立て続けに10分近い渾身のスピーチをやらかすものだから、「おい、台本と違うぞ」と焦りつつも、何とかスピーチを終えた。自分にとって、知を尊び学術の荒野を歩むことと、チャラチャラして酒と煙草と女と博打とに突っ走ることは、演劇道の追求において分かちがたい両輪である。そんな僕だから、難解とされていたシェイクスピアを日本人の若者にもわかる・笑える・そしてよくわかる日本語に置き換えた小田島先生から賞を頂くことは、これ二重の光栄なり。ってなことを喋って、そこそこウケも取ったが、マイクの高さが低すぎて内心ずっと焦っていた。

祝賀会

穂坂知恵子女史のスピーチが圧巻の流麗さと見事さで私を救ってくれた。穂坂さんは、『モリー・スウィーニー』で僕を拾ってくれて、翻訳者としての僕を世間に紹介してくれた、母のような人である。大変に知的で、実は情熱的な人であるが、改めて尊敬。随分と褒めてくれたので恐縮だと伝えると、「こういう公の場では、少しは持ち上げてやらなくちゃね」と笑い飛ばしたのも、実に洒脱である。

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穂坂知恵子さん、松岡和子さんとパシャリ。お2人とも、またそれぞれ別の意味で、翻訳者としての私の母のような人である。

もう一人、とても僕の受賞を喜んでくれた方がある。松岡和子先生だ。おいおい、小田島雄志と松岡和子の両方に褒めて頂くなんて、何だろう明日死ぬのかな、とか思ったが、松岡先生は、実は長い付き合いになる。僕が学生時代に『マクベス』を演出した際、松岡さんの翻訳を使わせて頂き、その際に、学生の分際で生意気にも「翻訳を少し変えたいのですが」なんてメールをして、殺されてもいいはずの僕に対して、こっちの変更はいいわね、でもこっちの変更はこれこれこういう理由でいかがなものかしら、ちなみにここでマクベスは……、と懇切丁寧に応対してくれた方だ。今でも僕の部屋には松岡先生のサインが施された『マクベス』文庫本が残っている。

"The night is long that never finds the day."

『モリー・スウィーニー』で再開して、絶賛してくれて以来、ちょくちょく劇場に足を運んでは、叱咤激励下さる松岡先生である。今でも小田島先生や松岡先生が劇場にお見えになる度に、「えっ」って思う。僕は、知の先達に対しては、飽くなき尊敬を抱いている。お2人に「素晴らしい訳と演出だった」なんて言ってもらえるなんて、ちょっと想像しづらいことだろう。少なくとも、3年前の僕には。

打ち上げにて

その後祝賀会でいくつかの幸福な出会いを経た後、打ち上げに。とても楽しい会であった。小田島先生に、頂いた賞の名を穢すことのないよういい仕事を続けていきたい、と伝えると、小田島先生はからりと笑って、「そんなことは考えてくれなくていいから、ただやりたいことをおやりなさい。それが一番いい仕事につながる」というようなことを説示して下さった。ワイシャツの第3ボタンの辺りに、こぼしたパエリアのご飯粒がくっついていて、「先生おべんとしてます」と突っ込みたい気持ちもあったが、たくさん含蓄のある話をして下さり、何というか畏服するばかりであった。

その後、『最後の精神分析』スタッフチームと飲み直し、あーだこーだと苦労話やうわさ話などするのも、また楽し。とてもいいチームであったと思う。前田文子女史のおきゃんで威勢のいい、そして「文子さん、それNGです」って言い出すスレスレのぶっちゃけトークに、腹を抱えながら、こういう愛情を頂いているのは本当にありがたいことだ、だがしかし益々頑張らなければならぬな、と襟を正す気持ちであったが、ハイボールどんどん飲んだので酔っ払っていた。

僕にとっての受賞

感謝すべき人は枚挙に暇なく、直接はもちろん間接も含めて言えば、僕に携わってくれたすべての人のお陰様で今回の受賞があったわけだ。小田島雄志という、戯曲翻訳の現代化をなさった歴史に名を残す方の名前を、自分の履歴書に書くことができるというのは、全く恐縮なことである。ありがたく頂いておこう。

だがしかし、穂坂さんのスピーチにもあった通り、僕は翻訳家である前に作家であったからこそ、そして同時に演出家であったからこそ、ああいう仕事ができたわけだ。これからもいい言葉を書き続けなければな。「言葉のアーティスト」という意味では、作家も翻訳家も詩人も俳人も同じではないか。

これは自分のスピーチでも言ったことだが、僕にできる、そして僕がすべきことは、「考え続ける」ことだけである。まだまだきっと、良い翻訳、良い文章を、探して行かなくてはね。もう十分生きた、なんて思ったが、小田島先生が御年83歳である。奇しくも受賞した『最後の精神分析』のフロイトも83歳という年齢であった。どちらも僕に。「考え続けろ」という重たい宿題を渡してくれた。答えがあるかどうかはわからないが、考え続けなければね。