PLAYNOTE 恐らく誰のためにもならないアクアリウム雑記

2013年12月08日

恐らく誰のためにもならないアクアリウム雑記

[公演活動] 2013/12/08 03:01

これは恐らく誰のためにもならない雑記です。今日、僕が、『アクアリウム』を観に来てくれた友人たちに送ったメールより、いくつか引用。

ネタバレをかなり含みますので、『アクアリウム』観劇前の方は、観劇後にお読み頂ければ。いやマジで、ネタバレですんで。おまけに物語の解釈を、ある一定の方向に狭めてしまう。ご観劇後に、ぜひ。

H.Oさんへの返信の場合

> 我々の時代は何をもって***とするのか

ここをズバッと指摘してくれたのは、嬉しいです。これに対する答えは、僕は劇中で描いた通りのつもりですが、まさにこの問題点がスタート地点にあるのは確かです。さらにそのスタート地点が、以前***会でやった『熱海殺人事件 ザ・ロンゲスト・スプリング』にあるのは、確かにH.Oさんのお陰様です。

ちなみに今回、三好十郎『冒した者』からの引用も入れてあります。そういう意味で、個人的には、「我々の時代の***とは何か?」という問いの、戯曲です。

そして。

> まず、すごく気持ちの悪い作品でした。褒め言葉です。

もしこれが本当なら、とても嬉しいです。今回、上述の話とも重なりますが、いわゆる「物語としてストンと落ちる」、「カタルシスのある」終わり方をさせまい、として作っていました。そして、『アクアリウム』という表題に託した空気感を、目指しつつまだまだ稽古を重ねています。
(プレビューってこれ、やってみるとホントにいい体験ですね。)

(略)

正直、まだまだ、な部分もあって、それはプレビューだからというわけではなく、どんな作品でもどんな本番でも、楽日まで成長し続けるものなのでしょうが、完璧にきっちりやって、完璧にやった結果気持ち悪い、ということができるよう、明日も稽古をするつもりです。

今回、特に参考にしたのが、

  • 三好十郎『冒した者』
  • つかこうへい『熱海殺人事件 ザ・ロンゲスト・スプリング』
  • 平田オリザ『東京ノート』ほか
  • カミュ『異邦人』
  • カフカ『城』

などです。

今回のお芝居、ぼーっと見てると、わぁわぁ賑やかなお芝居、で終わっちゃいますが、個人的にはブッキッシュな人ほど面白い本だと思っています。演出としては、まだまだ洗練させていかねばなりませんし、俳優の演技にもまだまだケチをつけますが(笑)、つかこうへいVS現代口語演劇という構図からだけでも、

> 我々の時代は何をもって***とするのか

という問いの設定は可能なのではないでしょうか。

S.Nくんへの返信の場合

……僕らの世代、ということで言ってみようと思うんだけど。閉塞感、とか、終わりなき時代を生きよ、とか、色々あるけど、この先よくなる見込みもないし、特に生きるべきドラマもない人々にとって、世界ってのはどう見えるんかな? みたいなことが、お話の一つの核になっているんだと思うよ。

僕自身、離婚の衝撃もあるし、その他諸々の事象も相まって、将来には一切希望がない。仮に『ウィトゲンシュタイン』が*****っても、何の価値もない。奇しくもウィトゲンシュタイン自身が「幸福に生きよ!」と言っていた通りで、幸福の手触りのない人にとって、世界は生きるに値しない。

という僕個人の話はさておき、もう少し大きな視点で世界を見ても、僕にはどうも、日本でもいいし、世界でもいいし、あまりいい展望が見えないんだな。だからああいう、**に閉じ込められた人々のお話を書いた。もしS.Nくんに、「あの****は出ていける」と感じさせてしまったのなら、それは僕のなにか演出上の失敗かもしれない。あの****は、永遠に出ていけない場所なんだよ。彼らにとって。あるいは、魚たちにとって。

Y.Mさんへの返信の場合

……ご指摘の通りで、現代口語演劇を取り込みつつも、違和感と閉塞感を提出している作品です。これにはもう、僕自身の平成日本、あるいは自分の人生に対する違和感と閉塞感も込められていることは間違いありませんが……。

今日より明日、明日より明後日、未来は明るい、と、思い込まないと人間は生きていけないのかもしれませんね。これは哲学的な問いでもあるし、政治的な問いでもあります。

当パンにもあった通り、来年7月には芥川龍之介『河童』の翻案をやる予定ですが、これはご存知の通り芥川龍之介最晩年の作品の一つで、中でもユーモラスに厭世観を描いた珍しい作品です。

僕自身も、Y.Mさんと一緒に『****』で、延々と続く喧騒という情景を上演させてもらいましたが、個人史としても、日本史としても、あるいは世界史としても、今日より明日、明日より明後日、未来は明るい、と思わなければ、人間もたないのだと思います。

ある意味では演劇が唯一、僕にとって、現在や未来に対抗する武器になっているのかもしれません。しかし、演劇自体、あぁいや、演劇界に対する厭世観もあり、……今度、飲みましょう。いえ、一度、飲みに付き合って下さい。ロビーでお話するには、足らない話があります。

I.Sさんへの返信の場合

拝読しました。まずの感想は、あぁ、これはもう、感想というよりは、批評だな、と。ご承知の通り批評とは、わかりやすく解説する、ということではなく、その演劇・物語・本・映画に別の角度から光を当てて、ある一つの異なった読み方を提示することです。そういう意味で、批評とは、創作的な仕事であります。

**君の解釈は、大変おもしろく拝読しました。もちろん僕の意図と重なる部分もあれば、ズレる部分もあります。そして、ズレる部分こそが、批評において面白いところです。なので、楽しく読ませて頂きました。

つまりこの批評こそが、あなたという人間を表しているものと思われます。僕はそもそも「世界と私」という発想・観点から、この物語を出発させていません。ご興味があれば、三好十郎『冒した者』、カミュ『異邦人』、つかこうへい『熱海殺人事件』、平田オリザ『東京ノート』などを読み比べてみると、面白いかもしれません。

特に三好十郎は導入の一文が全く同じなので、多大な影響を受けています。『異邦人』は当然読んでいると思うけど、明らかにモチーフの一つなので、劇中でカミュに言及しています。『熱海』と『東京ノート』は、僕の思う、演劇の対極ですね。戦後日本演劇の。

(略)

適宜レスしている時間がないのですべてには返せないけど、****さんの著作類には興味がありつつ、全く手を触れていないのが現状です。生きていくのにめいっぱい、というのが正直なところでしょうか。

よく言われる「学生は時間があっていいねぇ」という奴を、君もほんのちょっと先に感じるであろうから、無為でも思索と書見に時間を割き続けるといいでしょう。現実社会に10年近く生きてみて、それでもやはり、書物より素晴らしいものはないですね。世の中。たまに目ん玉飛び出るくらいすげぇ演劇とかセックスとかに出会うことはありますが、書物こそ叡智の宝です。

カミュなんて読んで、実人生で一度も役に立たなかった! という怒りを、今日、稽古で喋りました(笑)。俳優への役作りの参考として。しかし、実人生で役に立つことなんて、くだらねぇことばかりです。うまい節税のやり方とか、うまい書類の書き方とか、そんなものばかり。逆にカミュは、一つも実人生の役には立たなかったけど、僕にとっては友達かな。僕はベタだけど『ペスト』に衝撃を受けました。大学生の頃。ただただ、書見を続けるのがよかろうと思います。

乱文乱筆の極みですが、筆を置きます。明日も稽古だ……!

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寝る。書きすぎた……。