PLAYNOTE

2013年09月13日

[公演活動] 2013/09/13 00:54

「い……いい芝居を観たので、書き散らかして寝る」

悪い芝居『春よ行くな』を観てきて、それが笑いながらゲロ吐くくらい良かった。あれは、私の物語だ。と思って、珍しくいい気分なので、書き散らかして寝ようと思う。

ご承知の通り、最近の私は、腐っている。精神的不具である。このブログにも何も書けないし、次々回公演のプロットも、まだまとまらない。『最後の精神分析 ─フロイトVSルイス─』の稽古だけは、気丈に、真剣に、やっている。

何故ならば、やはり、木場勝己という巨人と、石丸幹二という巨人、この2人を前に、演劇をやるということは大変だからだ。「えへへ、先輩、どうぞよろしく、お手柔らかに!」なんて姿勢でやるんなら何とでもなるだろうが、そうじゃなくって、2人の先輩を前にして、畏敬と愛は抱きつつも、イチ演出家として、「俺がやりたい演劇はこれだ」ということを語り、ぶつかる、ということは、やはり簡単なことではないからだ。

早く悪い芝居の話をして欲しいと皆さん思っているだろうが、それは,、ないかもしれない。ごめんね。だってこれは、悪い芝居を観て、大変に感動、というか戦慄して、その結果、数ヶ月に渡って不具者であった私が、珍しくいい気分で、「書く」という行為をしようとしている、そうすなわち「悪い芝居を観たので、書き散らかして寝る」という文章だからだ。レビューが読みたい人は、他のサイトでご鑑賞下さい。

じゃあまず木場勝己について書こうか。やはり、と言うか、予想を超えて、凄まじい存在感と、知性を持ち、かつ真っ直ぐぶつかるドスコイなところもある、人であった。たった10日の稽古を終えて、すでに僕の人生において、木場勝己は忘れられない存在になったなぁという感がある。もちろんそれは、これから強まることはあっても、薄まることはないだろう。こっからが勝負だ。

読み合わせ2日目にして、大激論、大口論、お互い声を荒げながら、いわゆるケンカをやらかす、という事件があった。現場はしんと静まり返り、自分の頭で言い返す僕と、自分の信念で言い返す木場さんとの、つばぜり合いの一幕であった。木場さんのさすがだなと思うところは、僕のような若輩者を相手に、真正面から「俺の演技・演劇はこうだ」と、手加減せずにぶつかりつつも、その後、きちんと、僕に対して、敵意も悪意もないことを、わざわざ時間をとってきっちり話してくれるところだ。

大人として、プロとしての責務と、演劇に携わる人間としての譲れない信念、この2つを同時に持つということは、想像を絶して、大変なことだ。手癖や慣れで、ハイハイまぁこういうものね、と、それなりにうまくやるということは、経験があればできる。しかし、敢えてそれを選ばずに、きちんとモノ作りをするために必要な格闘をする。なかなかできることじゃあない。今まで僕がご一緒した大先輩方の中で言えば、久世星佳や、南果歩や、相島一之、山本享なんかは、そういう立ち向かい方をしてきやがる。もちろん、演出の要望にはプロとして全力で、一滴残らずやってやるから何でもどうぞ、という人もいる。面白いのは、相島さんとか顕著だったけど、その2つが同居している人もいるということだ。何でも言って下さい、なんてへりくだってくれつつも、譲れない話題になると「谷さんね、ここはちょっと」と吹っかけてくる。この辺が、さすがに長年の力である。

(小林顕作さんは例外で、「あぁ、言って、言って、どんどん言って。ぜんぶ面白くしてやるから」という、別の意味で凄まじい人であった。)

木場さんは知的にレベルが高く、おまけに経験値も絶対的に高く、さらに感性でも語ってくるので、強い。僕も、譲れない部分と、教えてもらう部分と、きちんと感じて、そして伝えたい部分と、もらいたい部分と、どちらも大事にして、やりたいものだ。

そして石丸幹二も凄まじい。あれだけの観客を魅了し続け、あれほどの華と底力を持ちつつも、努力と謙虚を惜しまない。木場さんに対する尊敬と、僕に対する理解と、謙虚さを持ちつつも、しかしいざ声を出し舞台を立ち回ると、きちんと自分の感覚と対話しつつ、役に対して、あるいは本や自分に対して嘘のないよう、一つずつ丁寧にやろうとしている。その結果、華が生まれ、生命が実る。

さすが、と思った。1つのステージや、1つの稽古を大事にできない人間が、大きな成功を勝ち得ることはできない。キャパ1000人の劇場のセンター張っても輝ける、という人は、1人のファンや、1人の相手役を、きちんと誠実に、真剣に、立ち向かえる人なのだ。そんな真理を改めて教えてくれる。こんなもん美談じゃねぇか、キレイ事じゃねぇか、そう思うでしょう。僕だってそう思うさ。でもそれを、第一線の人間がやっているから、信じられるんだ。言葉じゃなくって、態度と行動で、石丸さんから僕は「誠実さ」ということを学んでいる気がする。

彼の一所懸命さが、結果として、華や、生命力を生んでいるんだ。愛嬌や、強さを生んでいるんだ。と、本当に思う。まだ台詞がおぼつかない箇所の稽古をしている時でさえ、目を引くものがあるし、耳を奪われる。それは経験値もあるだろう、持ち前の魅力もあるだろう、磨かれてきた力もあるのだろう。人前に立ち、晒され続ける人だけが持つ、犠牲者のような美しさがあるけれど、石丸幹二はそれだけじゃあない。真剣さの裏側からぬっと顔を出す素敵さ。それがある。

本当に、一行一行、真剣にやってくれていて、ありがたい限りである。

* * *

わかっていることは、たくさんある。しかし、それをやれるかは、また別の話だ。

そして、わかっていることに、意味は無い。何をやれるか、どれだけやれるか、毎日やれるか、続けられるか。それだけが、意味のある、本当に力になることだ。木場さんや石丸さんという大先輩と現場を踏んでいて、それは切実に思う。続けることの凄まじさ。だから彼らは、きっと20代の頃はいわゆる「原石」であったであろう彼らは、今まさに「宝石」になっているのだと思うのだ。

やれるやれる、と言うことに、意味は無い。やったか、やらないか。それだけだ。

* * *

僕はと言えば、8ヶ月に渡って苛まれ続けた離婚問題のおかげで、今、稽古時間以外は死人のようになっており、焼酎を煽っては愚にもつかない時間を過ごし、だがしかしあの2人の巨人と立ち向かえるよう、死に物狂いで台本を開き、しかし自分は何のために生きているのだろうか? そんなことを思い続ける日々である。

春よ行くな。あの作品がいったい何だったのか? そのことは、実は彬くんとは何一つ話していないし、彼から何も聞いていない。だけど僕は、あれは、僕の物語だったのだと、勝手に思っている。僕の人生における「春よ行くな」という叫びが、彼の何かに少なからず作用して、消化され、変換され、換骨奪胎され、そしてああいう彼だけのオリジナル・ストーリーとして育ったのだと、勝手に思っている。

作家にとって、インスピレーションというのは、実に大事だ。僕と彬は、やばい時期に共同作業をやり過ぎてしまったので、恐ろしい関係になっている。人間が怖くて、シラフでは誰一人「よーし、飲みに行こうか」とか「今度遊ぼうぜ」なんて言えない僕が、唯一、「会おうぜ」と言える人間が、彼である。そしてアーティストとしても、一番尊敬できる相手だ。

有り体に言えば、僕にとって、3年間の同棲と結婚の日々は、人生で初めて「誰かのために」生きた時間であった。1年間に7本とか演出して、1年間に4本とか執筆して、1年間に10本近く公演に携わって、そんな多忙を極めつつも、何のために自分はやっているのか、何のために自分は忙しいのか、それがはっきりしている、短くも珍しくも、似合わなくとも柄に合わなくとも、幸せな日々であった。それが不幸な墜落事故で終わる、ということは、耐え難いとしか言いようがない。耐え難い。

それは、自分には癒しがたい傷なのだ。手塚治虫の名作『ブラックジャック』において、ブラックジャックが、自分で自分に局部麻酔をしながら、自分で自分の手術をする、というシーンが出てくるが、そんなことはブラックジャックにしかできない。僕は僕の傷を、僕の手によっては手術することはできないから、結局、誰かに甘えたり、頼ったり、尻を叩いてもらったり、そういう感じで何とか生きている。今の現場では、あの木場勝己と石丸幹二の真摯さと紳士さに負けじとなって、自分のエンジンを吹かしている。だけの話だ。

恐らくこれは、僕の勘違いに過ぎないかもしれないが、僕の痛手、僕の春との別れというエピソードが、彼も目の前で体験した痛切な思いが、山崎彬に何かの影響を与えたものだと信じたい。もちろん『春よ行くな』は、全く僕の人生とは関係のない、よくできたフィクションであった。素晴らしくよくできたフィクションであった。これは岸田賞とってもええやろ、と思う名作であったと、私は思う。あぁ、いや、違うな。岸田賞とるなら『従軍中のウィトゲンシュタイン』か、年末にやる僕の作品だけど、まぁ次点であいつの、それでいいや。

僕が例えば、後期印象派の絵画に影響を受けて芝居を一本書いたり、僕が例えば、とある作家の人生に感化されて芝居を一本書いたり、僕が例えば、とある哲学者の生き様に影響を受けて芝居を一本書いたり、というときに、だけどそれはその本人とは関係のない、僕だけの物語なのである。嘘も書くし、盛ったりするし、ぜんぜん違うエピソードで構成したりもするし、インスピレーションの元とされた人物はもう関係ないくらいに混ぜこぜにされていたりもするんだけど、だけど一番大事なのは、最初に「あ!」っていう瞬間とか、書いてる途中で煮詰まったときに「お、これは」という助け舟だったりするんだな。だから僕にとって恋は人生の主題にはなり得ないが、なければ歌えない伴奏になったりする。そしてインスピレーションと伴奏こそが、私の表現の根っこを支えている。

僕は要は、一方的な感情移入で、この物語に浸っていたわけだが、だがしかし僕が演劇屋としてリスペクトするのは、その挑戦心・野心だったり、その遊び心だったり、その確信だったり、その演劇愛だったり、そういうところだ。はっきり言って、僕が今まで観たことのある悪い芝居の中で、今作を僕は最も評価している。それは、いや単にね、僕の好みだったということには違いないのだよ。だけど僕が劇団名にまで掲げている、つまりDULL-COLORED POP、にび色にくすんだポップ、ポップだけど痛切、痛々しいけれども愛らしい、そういうことをやっているということに、感激したからなのだ。素晴らしい作品であった、

山崎彬を応援する気は、さらさらない。あいつも迷惑だろうよ。自力で戦える人なのだから。

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もう一つ話題を広げて、僕が今、何者なのか、ということについて、書き散らかして寝ようと思う。

僕は軟体動物だ。
背骨のない、無脊椎動物だ。
知性のない、低級な哺乳類だ。
条件反射で生きている、人間ではない何かだ。
いかにドラマチックに死ぬことができるかに恋している、中二病患者だ。
酔っ払って言葉をゲロしては、ゲロの内容に顔をしかめる、どうにもならない馬鹿野郎だ。
だがしかし、僕の周囲には、それでも僕に手を差し伸べてくれる人がいる、罰当たりだ。

演劇は僕にとって、驚きに始まり、恋に変わって、愛に進化し、憎しみに転化して、何度か愛と憎しみを行き来して、今やもう、斜め後ろ45度について回る幽霊のようであり、そして同時にそれがなければ呼吸もできない空気となって、さらに同時にそれがあるから現世の痛みを忘れていられるヘロインかモルヒネのような麻薬となって、おまけに僕に数少ないタイミングで夢を見せてくれるLSDともなった、わけのわからぬ存在である。演劇LOVEとか、簡単に言う奴は、僕は信じない。少なくとも僕にとってのLOVEは、命懸けであり、人生賭けており、ネガティブでも悲観的でもあり、だがしかしそれがなければ生きられないものである。

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この記事は、何の論旨もないものであるということが、ここまで書いてよくわかった。誰に読んで欲しいとも思わない。だけど書くことの練習をしなければ、僕は書けなくなってしまう。書かなけりゃあ。書かなけりゃあならないことを、書かなけりゃあ。

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だがしかし、この、今まさに削除扱いしようとしている文章を、世間に晒す事こそが、私が私を私として、次に生きるための、必要なのだ。僕はもう、満身創痍である。だがしかし、立ち向かい続けなければならない。