PLAYNOTE 緊張や雑念を払う

2013年08月02日

緊張や雑念を払う

[雑記・メモ] 2013/08/02 02:20

スタニスラフスキーの言ってた、緊張や雑念を払い、リラックスして集中するための方法について書く。ワークショップなんかでよく言っていること。

彼の答えはシンプルだ。うろ覚えだけど。

相手役や、目の前のモノに集中する。

当たり前のように聴こえて、なかなか深い。緊張とか、雑念とかは、つまりは思考の矢印が相手役や目の前の世界に向いているのではなく、思考の矢印が自分自身に向いている状態である。あ、自分緊張してるかな、とか、今おれ大丈夫かな、とかは、すべて自分への意識の矢印だ。ホントに目の前のモノを見れれば、目の前のモノに意識の矢印を向けることができれば、俳優はぐっと楽になる。

なおかつ、マイズナーは、自分を忘れて、リアクションで演技すべしということを言っている。うろ覚えだけど。リアクションで演技できるようになると、俳優はまたぐっと楽になる。起こったこと、言われたことに、そのまま反応すればいいだけ。

そしてもう一つ。うまくいかなかったときは、すぐさま忘れて、次の目的・目標について考えること。一場の失敗を二場に引きずって、いいことなんか一つもない。

この三つがきちんとできて、自分の自意識や欲目が消えると、一般に言うところの「きちんと舞台上に存在する」という状態に極めて近づくことができる。まぁこれは基礎中の基礎ではあるけれど。

でもシンプルな分、強くもある。この三つがきちんとできると、うまくいってないときでも、リカバーはとても早くなる。経験上、この三つは、自信を持って正しいと言える。

おまけにこいつを、実人生で使うことができたら? 無敵じゃあないか! 自分より相手に集中する。起こったことを受け入れる。しくじったら忘れて次に向かう。どうだね。ビジネスパーソンから学生、恋愛から政治活動まで、様々に活用できる術だろう。おそらく近代以降の人文学は、個人の自意識や自由意志の発見というキーワードで論じられるだろうけど、自意識や自由意志を発見してしまったことで、現代人はその野原の広さに打ちのめされてしまった。

スタニスラフスキーとマイズナーは、上記のテクニックを使って、俳優が舞台上で魅力的に生きることを助けようとした。そしてそれを人生問題に援用するということは、すなわち、人生というデタラメな舞台の上で、わめいたり叫んだり、おろおろしたり、見得を切ったり、出番が終われば引っ込んだり、という哀れな役者たちにとっても、役立つテクニックであるとも言える。

かく言う自分も、俳優向けには言うことができるし、演出家としての自分にはそれを指示することができるが、劇作家として、あるいは個人としての私にとっては、うまくいかないことが多い。これさえマスターしたら、人間楽になるだろうね。

相手に集中する。リアクションで演技する。失敗しても気にしない。それって何だか、人間個人の運命や人生や環境に対する主体性否定のように聞こえるかもしれない。でも、そうだろう。自分の意思で、自由に、思うまま生きている人間がどれだけいるか? (人間個人の自由意志や主体性というものは、向こう数十年のうちに否定されるだろう。科学的に)

スタニスラフスキーの言った「我あり」という状態や、ウィトゲンシュタインの言った「世界は私から独立である」「私は世界から独立である」という状態は、とてもシンプルだが、そこに至る道程は、うねりまくっており、そんなこんなで今日は何故か残り物の梅酒を煽って眠る夜である。