PLAYNOTE 旅先で会った実在の猫たち

2013年07月23日

旅先で会った実在の猫たち

[雑記・メモ] 2013/07/23 11:09

先日から、大阪、京都、江ノ島、鎌倉と、漂泊浮浪の旅を続けていた。各地でたくさんの猫に出会ったので、そのことについて書いておく。

* * *

大阪、日本橋では、にぼしという名前の猫と出会った。どうしてそんな名前なんだい? 尋ねると、それは彼がにぼしが好きだからという。あんまりにぼしが好きで、毎日にぼしにぼしにぼしとつぶやいているうちに、自分の名前を忘れてしまった。あんまり毎日にぼしにぼしにぼしとつぶやくので、周りの猫たちも、ははぁ、あいつの名前はにぼしというのだと誤解してしまった。だから今では彼の本名を覚えている猫はいない。

「昔、もう少し西の方に住んでいた頃」

彼は言うのだ。

「飼い猫だったんです、あっしは。銀行員のお父さんと、化粧品の匂いのするお母さんと、タッくんという5歳くらいのお坊ちゃんと暮らしておりました。その頃はにぼしよりめざしの方が好きだったように思います。とてもよくして下さったもんです。あの人たちなら、あっしの名前をまだ覚えているかもしれません。
 と言っても、あっしの方で、みなさんのお住まいの、住所はおろか、町の名前も覚えていないんですから、どうしようもありません」

どうして君は家を出たんだい?

「あっしも猫に生まれたからにゃあ、一旗あげてやろうと思いやして。何の旗を、どんな具合にあげるのか。そこんとこは今ひとつピンときてなかったんですが、何分、威勢のよかった頃ですから。
 こんな話、何年ぶりに思い出したっけ。あぁ、確か、お父さんのお名前は、タカヨシさんとか言いました」

* * *

はじめて見物に訪れた、大阪どころか日本を代表する色街・飛田新地でも、一匹の猫に出会ったのだった。出会った瞬間、すぐにわかった。サブリナだ。銀の鈴をぶら下げていたからすぐわかった。あいつは手強い猫なのだ。飛ぶ鳥を落とす勢いの猫なのだ。

人間さまからお餌を頂くためなら手段を選ばない、老獪にして狡猾な猫なのだ。しかしファンキーな奴である。まず、おへそを見せてじたばた、地面の上を転がり出した。さすが人間のツボを抑えていやがる。たいていの猫好きならこの一発でノックアウトだ。しかしその手は桑名の焼きハマグリだ。僕はつんと顎を上げて、マルボロふかして立ち去ろうとした。

そこからのサブリナ、彼の猛攻と言ったらなかった。尻尾をふりふり、ついてきて、甘えた声で鳴いてみたり、近くの家の柱を爪でガリガリやって気を引いてみたり、転がっていた空き缶に乗ってころころと玉乗りを始めてみたり、宇多田ヒカルの名曲『Travelling』をフリ付きで熱唱してみたり、クイズを出してきたり。特にクイズはやばかった。僕が堕落し自惚れたインテリゲンツァアであることを見抜いていたのだろう。思わず喉まで、「北大西洋条約機構!」と答えが出かかったが、ぐっとこらえた。奴は愛嬌で略奪する猫である。奴が通った後にはペンペン草一本残らず、大地は乾き、岩も建物も風化して砂漠となり、微生物さえ残らない。と聞く。

「おめぇさん、やるじゃねぇか。おいらがいったい誰なのか、よぉくご存知と見えるな。よぉし、そんならおいらも、本気を出そうじゃねぇか」

最後の一手にサブリナが繰り出してきたのは、代理ミュンヒハウゼン症候群を地で行く自作自演のどんちゃん騒ぎで、屋根から飛び降り、痛い、痛いと、わぁわぁ騒いで、屋根の上におそろしい怪物ジャバウォッキーがいるから見てきてくれと涙ながらに懇願した挙句、どこに携帯していたのか、iPod nanoから悲しいピアノのセレナーデを流して、街灯のスポットライトの中で息を引き取った。という、芝居だった。

「サブリナくん、よくやった。僕は決して君にほだされたわけではないけれど、今の芝居はなかなかよかった。すこぅし芝居が大味だが、それもまた一興。よし、木戸銭だ、120円あげよう。ファンタでも買いなさい」

小銭をくれてやると、サブリナは急に無表情になって、じっと僕を見つめた。

ねこ「おいらのことを知っているか」
おれ「あぁ、噂にはよく聞くよ。お目にかかれて大変うれしい」
ねこ「おいらのことを知っているんだな」
おれ「風の噂に、ちらほらと」
ねこ「おいらはこうして、生きてきた」
おれ「大阪にサブ太郎あり。飛ぶ鳥を落とす勢いの猫だと、関東でも評判だよ」
ねこ「みじめな仕事さ」
おれ「そうかい」
ねこ「おいらは何も、持ってない。サーヴィスの意味をはきちがえて生きてきた。人間の言葉だろう、サーヴィスってのは」
おれ「うん、君が今、しゃべっている言葉は、だいたいぜんぶ、人間の言葉だ」
ねこ「サーヴィスってのは、嬌態を晒して人に媚びて、ありもしない愛を歌うことではねぇんだろう。本物のサーヴィスは、真心からのおもてなし、って奴だろう。それくらい気づいているさ。しかしおいらはこうして、生きてきた。今さらどうやって、まっしろな心で、人におもてなしニャンコしたらいいのか、わからない」
おれ「路地裏を生きるってのは、大変なことなのだな。猫よ」
ねこ「そうさ。路地裏は汚れた道さ。そしてここ大阪にゃあ、大通りはもうなくなっちまった。──東京にはまだ、あるのかい?」

サブリナは120円を握りしめて、夕焼けの心斎橋方面へ消えていった。

* * *

京都では悪い芝居の劇団猫・しゃもりと出会った。みんな、山崎彬でさえ、しゃもりの言葉を解さないようであった。みんなのんきに、猫じゃらしで遊んでやっていたが、その間、しゃもりは何度か、僕に話しかけてきた。

しゃもり「谷さん。よく来て下さいました。私の彬さんを、いつもどうもありがとう」

しゃもりもまた、化け猫であった。これは悪い芝居の連中に知られてはまずいだろう。僕はこっそりウインクして、「聞こえているよ」とサインを送るにとどめておいた。するとしゃもりは次々と喋り出した。

しゃもり「私の主人である山崎彬は、実はもともと、ブリキ人形だったのです」
おれ「そんな気はしていた(という意味のウインク)」
しゃもり「彬さんは、悲しい人です。烏丸の骨董品屋の店先に並べられていて、店主から嫌がらせをされていたのです。あまりにもよくできたブリキ人形だった彼に、店主は嫉妬し、法外な値段をつけました」
おれ「いくらだい(という意味のウインク)」
しゃもり「200億です」
おれ「200億!(という意味のウインク)」

この間、悪い芝居の面々は、マクドナルドのハンバーガーって無性に食べたくなるタイミングっていうか時期っていうかあるよね、という話に興じている。

しゃもり「店主はそのよくできたブリキ人形アキラに、孤独を味合わせたかったのです。誰にも買い求めてもらえない孤独。骨董品仲間たちから仲間はずれにされる孤独。来る日も来る日も店先でカキーンとまっすぐ立ち続ける日々の孤独……。
 その店主もまた、孤独な人でした。出身は高知県で、若くして両親をヤクザに殺され、兄弟を警察に殺され、飼い犬を水道局の職員に殺され、近所のおじさんを通りかかったプロレスラーに殺され……」

その晩、しゃもりが語った内容は、あまりに長く、あまりに悲しいので、ここには書き切れない。ただ、ブリキ人形だったアキラが彬となった日に、西の空に一筋の流星がこぼれて、一面がオレンジ色に染まり、生まれたばかりの彬は「ハッピー! ワールドワイド、ハッピー!」と叫んだらしいということだけは、今後の彼の活躍に期待を寄せるすべての演劇人のために、記しておく。

しゃもりは気高い猫である。彬がブリキ人形から彬になった瞬間から、そっと離れて彼を見守り続けてきた。偶然を装って彼に近づき、今、一緒に暮らしているのは、彼の身に迫りつつある「ある脅威」に備えているからだという。

mizuno-sakai_maki-miki.jpg
対照表

そのときには谷さん、あなたの力もお借りするかもしれません。しゃもりは丁寧に頭を下げた。悪い芝居の面々は、坂井真紀と酒井美紀と水野真紀と水野美紀がいつもどうしてもこんがらがってしまう、という話題に興じていた。

* * *

江ノ島ではアイス食ってる猫にあった。落っこちたアイスを、3匹で囲んでべろべろなめていた。うまい、うまい、とうるさかったので、石を投げておいた。

* * *

鎌倉で出会った最後の猫は、実に奇妙な猫だった。足が21本あって、ラクダくらい大きく、額には「勝利」の2文字が刻まれていた。小町通りの裏道でのそのそやっており、通り掛かる観光客らに背中をなでられたりしていた。

君は一体全体、どういう猫なんだい。話しかけても返事はない。第一、もはや猫らしいポイントが残っていない。耳は伸びすぎてダンボのようだし、鼻はピアスでギラギラして装飾品のようだったし、目は猫というよりカニのようだったし、おヒゲはカイゼル髭だった。真ちゅう製のぴかぴかする首輪をつけていたが、ほたて貝がぶら下がっていて、猫的要素は皆無だった。焦げ茶色の長い体毛は、猫というよりイノシシのようだったし、一縷の望みをかけてチェックしてみた尻尾にいたっては、もはや尻尾とさえ言えない、何かつるっとして二股にわかれたへんてこな棒だった。

しかしどう見ても猫なのである。パーツとしては一つも猫ではないのだが、総体として猫なのだった。話しかけても返事はない。ただ悲しい目で、じっと僕の方を見ている。僕は彼に話しかけた。鎌倉幕府は一体いつ開かれたんだい? 1192年? 1185年? 1187年? そんな歴史的問いかけに対しても彼は乗ってこなかった。

結局、小一時間そいつとの対話を試みたが、全く返事はなかった。お腹が減ってきたので僕はそこを立ち去ろうとして振り返り、あ、最後に一つ、聞いてみよう。君の名前は? そうしてもう一度踵を返すと、彼の姿は忽然と消えて、影も形もない。ただその実在を語り掛けるように、一筋のあの焦げ茶色の長い体毛が落ちているばかりであった。

* * *

僕はこの記事に一つしか嘘を書かなかった。鎌倉駅前の古い喫茶店で、ブルマンを飲んでいる。そしてパソコンのキーボードを叩きながら、右手が肉球に変わりつつある自分を見止めて、背筋に冷たいものが走っている──。