PLAYNOTE Yくんのこと

2013年06月26日

Yくんのこと

[演劇メモ] 2013/06/26 14:01

もう2ヶ月も前のことになるのか。「お騒がせ俳優、寝坊で舞台をすっぽかし、公演中止」。あっという間にニュースが駆け回って、ネットで袋叩きにされていたよね。こんなヤツは俳優失格、風上にも置けない、頑張ってる俳優たちがかわいそう、責任とって辞めろ! 二度と舞台に立つな!

彼は僕の友達だったので、とても胸が痛かった。今、どうしてるかな。

友達と言ってもそんなに長い付き合いじゃない。っつーか、すげぇ短い。

彼のことを初めて知ったのは、ポシャってしまった某企画公演のキャスティング会議で名前が出たとき。不勉強な僕は名前くらいしか知らなくって、慌てて舞台を観に行った。まだ正式オファーの前だったので偵察だけして挨拶はせずに劇場を出たが、とんでもない長台詞を高い集中力と熱量でこなしていて、好印象だった。企画自体がポシャっちゃったので話はそれっきりだったけど、彼の名前は、僕の胸に置かれているキャスティング候補の引き出しに、そっとしまわれた。

そしてこの3月。こまばアゴラ劇場で上演されたThéâtre des Annales『従軍中のウィトゲンシュタインが(略)』、あの公演を、出演者に知り合いがいたとかで観に来てくれて、はじめて直接お話しした。終演後、大興奮で話し掛けてきてくれたので、
「ちょっと待ってて、ダメ出ししてくる。よかったら中で待ってて?」
と伝えたんだ。夜の21時過ぎ。

その夜のダメ出しはちょっと異常なダメ出しで、上演中の作品を観ていて「あっ!」と閃いた僕は、場内の電気をすべて消して、小道具のランプ一灯をぶら下げながら、あっちへ立ったり、こっちへ歩いたり、しゃがんでみたり。しんと静まった場内で、叫んだり、ウィスパーしたり、声の射程や方向性を変えたりして、それを俳優たちに聞いてもらったり。「光」と「音」の効果について、ワークショップのようなことをしていた。俳優たちも彼も、「終演後の俳優たちをつかまえて、30分に渡りハイテンションで独演会をするバカ」=俺を、アツく見守ってくれていた。今思うと恥ずかしい初対面である。

その後、近所のお店で演劇論に花を咲かせた。彼はとにかく『ウィトゲンシュタイン』を気に入ってくれたらしく、自腹で買った台本を嬉しそうに抱えながら、いろんな話をしてくれた。『ウィトゲンシュタイン』は演劇のパワーに全幅の信頼を置いて作った作品だったから、あれが好きだという人は演劇がよほど好きだという人だけだ。その後、自主的に友人たちと読み合わせをした、この役をやった、超おもしろかった! と連絡が来て、俺もすごく嬉しかったのを覚えている。

そして例の事件の数日前に、一度会ってお話したんだ。新国立劇場でのステージの終演後、近所の居酒屋で、今後のお話。そう、「何か一緒にやろうぜ」、って話になってたんだ。彼は「本番期間中なので」と言ってお酒には口をつけていなかったけれど、まぁよく喋った。未来を語った。演劇への愛と情熱を語った。

あんなに勉強熱心なヤツは、そうはいない。20歳そこそこでPARCOの大舞台に突然立つことになった彼は、先輩たちの演技に完敗して、そっから猛勉強を始めたんだそうだ。年間200本の映画を観ることを続けて、世界の大俳優たちの演技を学んだ。シェイクスピアからギリシャ悲劇、井上ひさしなど大作家の作品を全集借りて読み倒して、戯曲を学び抜いた。自分の出ていないお芝居の稽古場にも足を運んで、演劇における俳優の仕事を肌で学んだ。実際その夜、「井上ひさし作品なら何が好き?」とか、「シェイクスピアのあの作品は」「あの映画は」と、喋る喋る。まぁ25でしょう、彼。20から演劇をはじめて、25でしょう。よく知ってた。本当にやってたんだと思う。

こいつと芝居やりたい、と思った。そんな矢先の大事件だった。相当、俺も、混乱した。

ただ一つ、確信しているのは、世間で言われているような、チャラチャラ俳優が酒飲み過ぎて寝過ごしてドッカーン、公演中止、なんて話じゃ、きっとなくって、俺たちもよくやる勘違い、思い違いだったんだろうということくらい。大体、すっぽかしの前夜のブログ、覚えている人も多いと思うけど、「僕のやってる役はかわいいヤツです」「ぜひ劇場に観に来て下さい」と素直な筆致で綴っていて、とても演劇をなめていたとは思えない。いや、愛していたんだと思う。

真相は、聞いてないから知らない。事件後何度かメールして、電話もした、いや、かけてきてくれたけど、別にぜんぜん関係ない俺にまで「ご迷惑をおかけして本当に」と深々陳謝してくれて、俺はただ励ますだけだった。

俺がグローブ座の『ストレンジ・フルーツ』演出で寝る間もなくわぁわぁやってる間に、俳優業自粛、事務所解雇、とトントン破滅のコマが進んでしまって、今さら俺にできることなんか何もないんだけど、さっきまたニュース記事で「すっぽかし俳優、本当の理由は?」なんて記事が流れてるのを見て、憤懣やるかたない、平たく言えば激おこプンプン丸である。

別に彼に限る話じゃない。最近、日本は、出る杭を打つどころか、打てる杭を探してドカドカ袋叩きにするのが大好きみたいだ。某学園純情乙女組がやらかしたときも、某舞台で降板者が出たときも、某ミュージカル俳優が痴漢だか何だかで捕まったときも、珍しく演劇がネットニュースのトップになって、演劇を普段知らない人たちがそのリンクをクリックすることになったけど、演劇に限らず、最近は、「いいことした人」よりも「やらかしちゃった人」を見つけて拡散して、見えないところからボコボコ石や火炎瓶を投げつけて炎上させて、鎮火する頃にはまた別の火種を見つけて油注いで、そんなことばかり繰り返してる。「いいね!」が流行ってんのは名前のわかる身内だけで、世間的には「死ね!」がびゅんびゅん飛び交っている。次は自分に石や火炎瓶や「死ね!」が飛んでくるんじゃないか、おっかない、おっかないと思いながら、必死に次の罵倒相手を探し続けている。

別に誰かを擁護するわけじゃないけど、失言一発、即「今後の進退は?」という世相は、はっきり言ってよくねぇよ。たった一言で人の首をとるようなことがまかり通っているから、みんな萎縮して、みんな不自由に、生きるしかなくなる。いいじゃん、ワンミスくらい。ちゃんと頭下げて、ちゃんと相手に許しを請うて、そしたらワンチャンあるで! もっかい気張れや! そんな感じになった方が、才能も可能性も、絶対生かせる。育てられる。

話を彼に戻そう。実名で書いていた記事を、さっき、イニシャルに書き換えた。僕がこういう記事を書くことが、彼にとっていいことなのか、悪いことなのか、全然わからないので、イニシャルにした。世の中、複雑だから、応援するつもりの声が、逆に邪魔、みたいなこともあるだろう。それに俺も、少し怖い。自分の家に火炎瓶が飛んでくることが。僕もほんのワンミスでボコボコにされて、未だに後遺症を引きずってる、そんなことがたくさんあった。

でも、どういう縁でか、この記事を読んでくれた人に向けて、伝えたいことがあります。彼は僕が知る限り、俳優の風上にも置けないどころか、爪の垢を煎じて若い俳優志望者たちに飲ませたいくらい、俳優の鏡と言ってもいいくらい、真面目で、アツい俳優でした。演劇への愛と執着を語らせたら人後に落ちない覚悟のある僕から見ても、ちょっと見上げた男でした。

彼の早めの復帰を望むし、そのために自分にできることがあるなら、是非したい。寝坊くらい誰でもする。筋を通してきちんと謝り、許しを請うこともした。社会的制裁も十分過ぎるくらいに受けた。あとは我々が許すだけだよ。一人の人間の人生を、そして演劇界にとって価値のある若い才能を、あんな形でぶち壊しにして、それで本当にみんな満足なのですか?