PLAYNOTE こんなに複雑な世の中で、投票なんてろくに機能しない

2012年11月18日

こんなに複雑な世の中で、投票なんてろくに機能しない

[公演活動] 2012/11/18 15:36
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ちょっと面白い記事を読んだ。1人1票きっちり投票、じゃなくって、有権者からランダムに、「統計的に優位な数の」投票者を選んで投票させたら、民主主義はもちっとマシに機能するんじゃないか、というもの。

WIRED.jp「民意2.0:ランダムサンプル選挙で民主主義はもっと正しく機能する」

……2人の異なった研究者が、この純粋なアテネスタイルの主義に立ち返るよう提案している。1人は先駆的な暗号学者、もう1人はスタンフォード大学の政治学者である。どちらもすべての人に投票に行くよう促すより、登録有権者のなかから一部の人たちを投票人として無作為に選ぶべきだと主張している。こうして選ばれた投票人の投票結果が、より多くの人の意見を反映するというのだ。これは、統計的に有意な数の標本を集めるということだ。米国3億1,300万の人口だと、10万人ほども投票人がいれば、信頼できる結果が得られるという。

提唱者はスタンフォード大学・熟議民主主義センター所長のジェイムズ・フィシュキン氏だとかで、知らない人だから調べてみたら、ちゃんといた。トンデモじゃなくって、ホントに研究してる人がいるんだね。

上掲の記事から一節を引用。あぁ、日本もアメリカも変わらねぇんだなぁ。って感じで、ため息が出た。

投票率が低下している一方で、住民投票に委ねられる問題は複雑化している。薬物問題関連法案から難解な財政ルールまで、有権者が判断すべきことは多い。2010年、カリフォルニア州の有権者たちは、こういった14もの項目について判断するよう求められ、しかも地元、州、連邦政府の代表も併せて選ばなければならなかった。多くの人はじっくり考える時間がなく、思いつきや短いテレビ広告を基に重要な判断を下さなければならなかった。スタンフォード大学熟議民主主義センター所長のジェイムズ・フィシュキンは、現行のシステムは民主主義の力を生かせていないと論じる。「熟考する時間がないので、人によっては候補者の髪型が好きかどうかでリーダーを選んでいる」

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僕は昨年、『日本の問題』という企画公演で、『ボレロ、あるいは明るい未来のためのエチュード』というインプロめいた、パフォーマンスめいた小品を上演した。日本の民主主義がまともに機能しておらず、今後もそれが延々続くだろう、ということだけを揶揄的に描いた作品だった。民衆の騒音に巻き込まれて、総理大臣の声は届かなくなり、やがてニュースが伝える不祥事がキッカケで、どの総理も引きずり降ろされていく。

今年の日本でも、まーた選挙が始まるようで、さっそく投票に行こう、投票に行こうとみんなワイワイやり出したが、現状、1億人による投票がまともに機能しているとは思えない。どうせまた、マスメディアとインターネットで、印象操作とポジショントークが繰り返されて、「子育て支援があるから民主党」とか「減税だから第三局」とか、その程度の理屈で投票する人がいっぱい、いっぱい出てくる。

民主主義における選挙/投票をまともに機能させるためには、各々が十分に知識を持ち、情報を持ち、検討する時間と、議論する相手が必要だ。でもそんな時間、ないでしょう、みんな。せいぜいが新聞かテレビのニュースをちらちら見て、「今年はこりゃあ自民党かな、消去法で? ハハハ」、みたいなスタンスで投票しちゃう。

「お前らちゃんと勉強しろ!」と、批判してるわけでもない。無理なのだ。こんなに複雑になった国政・外交問題の全体像を、多忙な社会人が把握し判断できるわけがない。だから代議制民主主義がしかれているわけだけれども、そうなると僕たちは、「よくわかんないけど多分この人」という投票をせざるを得ない。

僕は、自分がよく知りもしないのに、知ったような顔で投票に行く自分が恐ろしい。だからどうせ今回も、行かないか、行っても白票投じて帰ってくるだろう。僕は極端に言えば、国政に意見する資格がないと思っているくらいだ。

文化政策とか、芸術振興とか、生涯学習とか、そういう自分の専門に関係する分野についてなら、少しは意見も言えるだろう。でも、一昨年の都知事選で、「演劇やってんなら石原に入れな! 文化政策に一番力を入れてくれるのは、石原だから。助成金もきっと増えるよ」と、知り合いの制作者に言われたときには、椅子から転げ落ちそうになった。同じような感じで、「うちは土建業なんだから何々先生!」「商社の私は規制緩和推進の××党!」とか、そんなんで投票してる人だらけなんだよね。

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かと言って上掲の「ランダムサンプル選挙」は、実現するはずないだろうと思う。選挙は言わば、傷口にあてる脱脂綿みたいなもので、民衆の不満を吸い上げて、失敗した権力者を引きずり落とすことで溜飲を下げさせる役目があるからだ。俺にも言わせろ! 税金払ってんだから! という人は、とても多い。「みんな投票できる」ということで、気持ち的に救われてる人はたくさんいるんだ。三年前、民主党が政権をとったとき、やった、ついに俺たちの声が政治を動かしたんだ、と思った人は、たくさんいたんだ。

僕は政治について考えるたび、ひどくむなしい気持ちになる。何一つうまくいっていないということは、痛いほどわかっている。でも、どうしたらいいのか、さっぱりわからない。

投票に行こう、一票を投じることに意味があるんだ、と、素朴で美しい意志を感じている人は、どんどん投票に行くといいと思うけど、それならせめて、その候補者のマニフェストや過去の活動実績、著書や発言録をきちんと読んだ上で、それに反対する意見にも目を通し、行政や民間研究機関が出している調査資料なんかにも目を通してから、行くといいと思う。真剣に検討しようとすればするほど、正解がわからなくなる。

そんならまぁ、清潔な髪型をして、おばあさんの手を握り、握り飯食って寒天の中、一所懸命演説してるあの人に入れよう、というのも、間違ってないのかもしれないな。

(最近読んだ記事だと、これが面白かったよ。『日本の救う政治家を選ぶ方法』)