PLAYNOTE 今年もENBUゼミ先生はじめ

2012年09月04日

今年もENBUゼミ先生はじめ

[公演活動] 2012/09/04 04:10
包帯チャム太郎「私が死んでも、代わりはいるもニャ」

今日はENBUゼミの演劇先生授業開きの日であった。昨年は追い詰められた挙句に1本新作を書くというわけのわからん頑張りを見せてしまった私だが、今年も年末に小公演をやることになるわけで、ざっと4ヶ月分の授業計画なんかを考えたりしていた。

写真は本文と一切関係ない、うちのヌイグルミねこ・チャム太郎が大怪我をした際の一枚。綾波レイを意識してみた。

いわゆる「俳優訓練のためのメソッド」はたくさん種類があって、ワークショップや稽古で扱う場合、目的に応じて選んだりアレンジしたりして使ってはいる。去年のENBUゼミでもいろいろやった。

今年は、それを、やめてみようかと思っている。

演劇経験の本当に少ない人や初めてですって人に、いきなり方法論を教えるのは、どうなんだろう。絵を描き始めたばかりの人にいきなり一点透視図法をガチガチに仕込んだり、文章を書き始めたばかりの人にいきなり効果的な書き出しの文例を教え込んだり、と同じじゃないか。かと言って何も「自由にやれ」と言っているわけではなく、一通り演じる楽しさと苦痛を理解してもらった上で、必要に応じていわゆるテクニックやノウハウを少しずつ与えていこうかな、と思っている。

僕はどちらかと言うと、技術やテクニックに凄まじい敬意を払っているタイプのアーティストだ。ピカソが写実主義から絵画に入ったように、文章家が文体模写なんかから訓練を始めるように、まずは技術、個性は自然と滲み出てくるからほっとけ、という考え方だ。だけど、俳優訓練に関しては最短距離や最適解というのがどうやらないみたいだ、ということが最近わかりつつある。そして本当にしんどい上り坂なのだということも、日に日に思いを強めている。だから最初は不条理や粗暴でいいのではないか、ということを、一周回って考えたりもする。結局は、自分で自分の尻を叩く、そういう習慣をつけることが、駆け出しの俳優には一番必要なんじゃないか。だって一生修行なんだし、アマちゃんはさっさと業界から去ってくれた方が、演劇界にとってもありがたい。

というわけで今回は、ただ一緒に作品を作る、というプロセスから入って、徐々に方法論を滲ませていこうかな、とか考えている。

つっても9月は授業がこれっきり、10月も1度っきりなので、本格化するのは11月中旬から。今日はどっさり宿題を出しておいた。お題は、芝居4本観て、感想ではなく技術や巧みさについて考察してレポート提出、というもの。本当は宿題なんだし1ヶ月もあるんだから15本くらい出してもよかったんだが、そこは俺も大人だ。とにかくたくさん芝居を観ておきなさい。読んでおきなさい。でなきゃ、あとで絶対、後悔するぞ、口を酸っぱくして言うが本当に行き詰まるぞ。ろくに音楽を聴かない人間がいい演奏家になれるはずがないだろう? と、やったらめったら言っておいた。そう言っても、観ないのが生徒だし人間なのだが。

結局、誰だって、自分のケツは自分で拭くしかない。誰かが面倒見てくれるのは、せいぜいが幼稚園を出る頃までだ。