PLAYNOTE ルッキー/執筆メモ

2012年07月22日

ルッキー/執筆メモ

[雑記・メモ] 2012/07/22 05:58
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書き溜めている創作メモが75KBを超えた。約4万字というところ。随分書いた気がしていたが、まだこんなものか。

テキストデータというのは、すげぇもんだな。右に掲載してある画像はエディタのスクリーンショットにフィルタをかけて縮小したものだけど、300×340pixelのこんなつまらない、何も伝えない画像でさえ、208.2KBもある。テキストデータは、例えば俳句なんかなら、ほんの5・7・5、17文字、34byte=0.03KBで宇宙を思わせることも可能だ。文字には宇宙がある。正確には、文字は僕らの頭に宇宙くらいでけーもんも運んでくれる。すごいことだ。

断片をいくつ集めても全体にはならない。戯曲を書くには、一筆書きのようなひらめきと豪胆さが必要だ。溜め込んだイメージや言葉、情報が、ひとりでに踊りだして全体を構成するようなことは絶対にない。連中をどう束ねて、繋げ合わせ、息を吹き込むか。こればっかりは、理屈でやれないところがある。

今は主にウィトゲンシュタインの生涯について洗いざらい調べ倒して、とにかく日本語で読める主要参考文献は目を通したと思う。もちろん僕は学術研究をやっているわけではないし、アカデミックに正確なもの、例えばNHKのドキュメンタリーみたいな演劇を作りたいわけではないから、正確を期すことはこの際重要ではない。だけど、題材としているウィトゲンシュタイン君自身が、およそ常人の理解が及ばないレベルで正確さと完全さを期した人物であるから、モンタージュ写真のような曖昧さで執筆をはじめることは自分の良心が許さない。似顔絵を書くのなら、その個性と特徴をきちんと捉えてから、手を付けるべきなんだ。

そしてスリルとエンターテイメントのある話にしたいと思っているのだが、ふざけんじゃねーよ、と思う。本当に知的な冒険は何よりスリリングでエンターテイニングなものだが、論理と倫理の人を題材にしてジェットコースターのような、あるいは探偵小説のようなスリルとエンターテイメントを目指すというのは、三角定規とコンパスで劇画を描こうとするようなもんだ。どこかでそのすべてが結実する瞬間が訪れるはずだが、そのためにできることは祈ることだけという気がする。

最近は面白い芝居もたくさん見ているが、100%心酔できるような、手放しで賞賛できるような作品には触れていない。今、僕たちが求めている演劇って、何なんだろう。僕が、でも、あなたが、でもなく、僕たちが、求めている演劇。メリーゴーランドに乗り込んだと思って周囲の景色に見とれていたら、気がつくと思索の洞窟の一番奥に辿り着いてしまった、あるいは、みんなで楽しく合唱していたはずなのに、ふと目を上げるといつの間にか自分は一人ぼっちで、がらんとした部屋に取り残されている。そんなお芝居が作れたらいいのだけれども。

こうして書いていることはすべて間違いだ。間違いだから、ブログになんか載せられる。明日もがんばろう。