PLAYNOTE ただし、心は汚さずに(被災地支援と文化芸術に関する雑感)

2012年05月06日

ただし、心は汚さずに(被災地支援と文化芸術に関する雑感)

[演劇メモ] 2012/05/06 11:45

カフカの猿、6回公演中、5回終了の夜。客席に旧い友人、演劇関係の友人を含めても、連絡を取り続けている友人としては一番旧い友人(13~4年になる)が来てくれて、久々に一杯酌み交わした。彼女は今、某財団でホニャララ働いていて、被災地支援の話になったりしたんだ。

財団ってもんが、実感ない。うなるほどお金持ってて、それをいかに社会や人々に還元するか、考えている人たち。業突く張りで我田引水な人たちの話ばかり耳に飛び込んでくる中で、どうやったらこのお金を一番効率よく社会に還元できるだろう、ということを考えている人たちの話を聞くことは、新鮮であった。

社会に還元する、ということは、僕程度の演劇人でも終始考えていることであるし、おえらくなった人々は当然考えていることだけれど、彼女の話を聞いてると、カードとして持っている金の桁が軽く2・3桁違う。すげー素直に「ええええ」って声を出した。

んでどうやら彼女が今、担当している部署的に、311震災の寄付金として集まったお金の一部を、寄付者の強い要望により、文化芸術を通じた被災地支援として役立てたいらしいんだが、僕も困ってしまった。彼女も困っていた。確かに文化芸術は被災地支援の一連の取り組みの中で、他の業種の人たちじゃあなかなかタッチできないところにタッチできる。簡単にまとめると、心のケアと地域コミュニティ機能の回復。さらには、愛郷心と言うか、誇りと言うか、いろいろ。僕も演劇ワークショップやコミュニケーション教育に関するMLに入っていて、その取り組みが一つ一つ着実に成果を上げていることは理解しているし、重要な仕事であるとも思う。が、具体的な数字は伏せるが額面があんまりぶっ飛んでるもんだから、ちょっと困ってしまったんだな。

今、僕が『カフカの猿』字幕翻訳として現場入りしている世田谷パブリックシアター&シアタートラムでは、ちょうど「フリーステージ」というイベントをやっている。世田谷区で活動している様々な文化芸術団体が、世田谷パブリックシアターの大舞台で、いろんな作品を発表している。観たわけじゃないのでよく知らないが、音楽ありダンスあり演劇あり、という感じみたいだ。劇場の裏通りを、おもっきしメイクした小さなバレリーナたち×20人とかがウロチョロしていて、異常な空気である。みんな一年に一回のこのイベントを楽しんでいて、「15年ずっと出てます」なんておばあちゃんもいるらしい。この期間は、世田谷パブリックシアターは、クオリティの高い芸術をお届けする国内屈指の文化施設としての顔だけでなく、地域住民の交流と憩いの場としての顔を見せる。

コミュニティが寸断されてしまった現代において、集会機能や、コミュニティの修復機能を持つ事業を起こすのは大変難しい。「おい、集まれ! コミュニティやるぞ!」って言っても、人は集まらない。集まるわけない。「何か面白いことやってるみたい!」と自分から思って始めて、人はドアを開けてどこかに集まるわけで。

具体的には、それこそお祭りをやったり、運動会をやったりして、何とか普段顔を合わせない人々が顔を合わせる、その中でコミュニティを修復し、孤立死を防いだり、地域の防犯や災害対策、協力体制の地盤として整備するわけだけれども、劇場も大きな可能性を持っている。そのためには旧来的な、有名人や人気劇団を呼んできて上演する、というだけじゃなく、劇場が地域の人々にとって出会いや娯楽や勉強の場所となる必要がある。

僕はかつて柏においてコミュニティ・シアターを立ち上げて、それこそ小学生から70歳オーバーのおじいちゃんまで一同に会し、演劇を作る中でコミュニケーションを獲得していく様を間近で見ていた。中高生の恋愛相談をお母さん世代のマダムが聞いてあげたり、逆に携帯電話の使い方を若者がじいちゃんばあちゃんに教える、みたいな奇妙な光景がいろいろあった。公演が終わった後も世代を超えたお友達で、未だに仲良くしているし、劇団も続いている。演劇はコミュニティ機能の回復のために、実はすげぇポテンシャルを持っている。

でもまぁどこも予算ねぇしなぁ、文化行政のお金なんかどんどんカットされる一方だしなぁ、と思っていた僕にとって、彼女の話は刺激的であった。

もう一つ、ちょっと人間への絶望が和らいだ感じもする。何億・何十億というお金がある中で、いかに私腹を肥やすかということじゃなくて、いかに困っている人、疲れている人、取り残されてしまった人々に手を差し伸べることができるか、ということを真剣に考えている人がいるということ、それを知ることは、僕にとって救いであった。普段、何だよチクショウ、ずる賢く立ち回って人を蹴落とし欺き煙に巻かなきゃ生きていけない、それが人間摂理というものかね、なんてにび色どころか漆黒のどん底にいるような気持ちであった僕にとって、「あぁ、いい人いるんだ」っつー実感は、嬉しかったんだな。

いきなりハムレットの話になるけど。ハムレットは亡霊となった父親に復讐を頼まれるが、一つ条件をつけられるんだよね。「復讐せよ。ただし、お前の心は汚さずに」。この一言が軛となって、ハムレットは暗殺最大のチャンスを逃したり、ぐちぐち悩み続けたり、開き直ってパッパラパーになったりするんだけど、「ただし心は汚さずに」、この一言がハムレットを、高級な悲劇に仕立てる影の立役者となっている。

僕も心を汚さずに生きていたい。それはハムレット同様、坂道、泥道、曲がり道の連続だろうけど、心を汚さずに生きていたい。