PLAYNOTE アガサ・クリスティ『春にして君を離れ』

2012年04月15日

アガサ・クリスティ『春にして君を離れ』

[読書] 2012/04/15 14:26

先日、公演終了した『くろねこちゃんとベージュねこちゃん』を執筆するにあたって、まる10年振りくらいに再読した一冊。1500人近いお客さんの中で、1人だけ、「このお芝居、何か文学作品を思い出すんだよなぁ……、春にして、何だっけ」とズバリ言い当てていた人がいたが、内容面ではとにかく強く影響を受けた。

で、お芝居が終わったから言うんだけれども、本著は本物の名作である。『くろねこちゃんとベージュねこちゃん』が面白かった! という人なら、是非に読んでもらいたい。世界最高峰の文学作品と自分との力量差っつーものは、もう、痛感してしまうね、へこむ一方だね。追随も模倣もすまいと思ったが、多大な影響を受けた一冊であった。

アガサ・クリスティというと推理小説の人として有名だろうが、女性の心理を描いた傑作を何本も書いている。こいつは一番有名だよね。これはいわゆる推理小説、人殺しの仕組みを辿るものではないけれど、つまりは人間心理の推理小説、一人の女の一生を一つずつ紐解いていく様は、ミステリーの女王の並々ならぬ筆力を感じる。鬼気迫る。

ミステリーを書くということは、仕掛けを思いついて、登場人物を操れればいいというもんじゃない。一番、最も、操るべきは読者の心理だ。「信頼できない語り手」に代表される叙述トリックなんてのは、まさに事件そのものよりもいかに語るかという点でミステリーを生み出している。

『春にして君を離れ』では殺人事件は起こらないし、ポアロもホームズも明智小五郎も登場しないが、一つずつ闇が暴かれ点と点が繋がり、そして最後に大きく裏切られる、という点で、あまりに卓抜したエンターテインメント作品であり、おまけに巨大な文学作品でもある。ある初老の女性の心に訪れた、過去という名のヘビ、クモ、魔物。一人砂漠の真ん中で苦しみ続ける彼女のモノローグは、シェイクスピアかよってなくらい美麗で高潔で、泥々しい。アガサ・クリスティは10冊も読んでないと思うが、こいつが一番好きだわ。小難しい文学作品なんか読む気にならんわ、という人にも、推理小説は結局面白いだけで中身ペラペラで好かんわ、という人でも、どっちにもおすすめできる。

紹介と賛辞に終始してしまったが、名作には特に付け加える言葉も語るべき余地もないように思われる。