PLAYNOTE くろとベージュの旅3

2012年03月30日

くろとベージュの旅3

[公演活動] 2012/03/30 21:57
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広島・原爆ドーム前

みなさん僕のことを覚えていますか。かつてDULL-COLORED POPという劇団の主宰として、東京で活動していた、谷賢一と言います。旅する猫芝居、くろねこちゃんとベージュねこちゃん、東京→新潟→仙台→京都→大阪と来て、ツアー最終から2つ目、広島の土地に入りました。今日は地元の高校生とワークショップなんかやったりして、夜は珍しくご当地名物を食べられたりして(広島焼き)、割と充実した一日でしたが、明日は本番です。

主に京都・大阪の感想など。

京都、アトリエ劇研は、とにかく理想的なスペースであった。タッパ、間口、奥行のバランスが丁度よくって、東京にこれほど使いやすい劇場はないんじゃないかってくらい、気に入った。劇場スタッフさんも大変親切であり、お客さんも知的好奇心に満ちており、そしてアフタートークゲストの悪い芝居主宰・山崎彬さんとはやたらとウマが合い、最高であった。

動員にはえらく苦戦したけれど、来てくれたお客さんはいいお客さんばっかりだったな。あんなに想像力豊かに、自分に引きつけて見てくれるというのは、それだけで才覚であるよ。うらやましい。数学ネタで爆笑が起きていたのも、さすが京大の土地柄と言うべきかな。あいつら東大見下すくらい頭いいしオリジナリティとプライドに満ち溢れているからね。

大阪、in→dependent thaetre 1st。あぁなるほど、こりゃあ大阪初進出の劇団がこの劇場を選ぶはずだわと、あっさり納得のミラクル親切スタッフワーク。相内さん、笠原さん。僕はあなた達を一生ありがとうと思い続けます。

そしてまさかの満席。当日券も出まくって、通路席も埋まる。おまけにアフタートークへの残留率、9割以上だったり、開演と同時に拍手だったり、「金払った以上、楽しんで帰ってやる」「しかめ面して何が楽しい」とばかりに、非常に素直に、ストレートにお芝居を見てくれるお客さんたち。やってる我々も、死ぬほど楽しかった。さすが大阪。やはり大阪。

そして広島へ来た私。見当識障害を起こしつつも、そして締め切り間際の原稿に苦しめられつつも、広島の空気を楽しむ私。原爆ドーム前を通り過ぎて、慰霊碑の前で深々と黙礼して、ここで死に絶えた10何万人の人々の静かな霊に心から哀悼の意を感じる。同時に寒気もする。こんな平和で素敵な街並みで、焦熱地獄の死に様を味わった人々が、ほんの60数年前にいたなんて。資料館にも行きたかったが、時間の都合で断念。口惜しい。

明日、広島の公演を終えたら、東京へ帰って凱旋公演だ。広島レイノホールはいわゆるギャラリースペースで、未だかつてない苦戦を強いられることは目に見えているものの、予約は満席どころか満席超過で冷や汗かくくらいで、お客様の期待は高そう。あの空間とどうやって仲良くなるか。今日の下見の状況では、それもできそうな感じであった。

演劇は苦しい。楽しくなんかない、全然。誇らしい、有意義な仕事をしているという実感はあるが、楽しいとか嬉しいとかやり甲斐があるなんて気持ちでは全然やってない。やらなければならないからやっている。それも主に、お金とか経済とか以外の面で。でも、新しい人、新しい土地と出会うことは、こんなにも楽しい。

* * *

そういうのとは全く別に、大変に情緒不安定な精神状況にいる私である。自分の正体というものが、一切わからなくなりつつある。氷がアイスコーヒーに溶けていくように、私という存在も見知らぬ土地にどんどん溶けていく。

捨ててきたもの、直視していないもの、恨んでいるもの、目を逸らし続けているもの、去勢を張り続けているもの、妥協に甘んじているもの、未熟さに涙しているもの、様々な重荷に足を取られて、ただ街路を歩いているだけでときどき、ふと足を止めてしまう瞬間がある。僕の正体は私ではなく、俺は自分として存在していない。

ツアー公演は楽しい。演劇を楽しみに来てくれているお客さんたちがほとんどだ。座組に嫌いな人間はほとんどいない。それは理想的なことだろうか? 頷き切れない自分がいるのも確かだ。

とか何とか書くと、下衆の勘繰りでいろんなことを皆さんお考えになるでしょうけれども、お生憎様、そんなに単純なこと考えておりません。僕が思うのはつまり、僕にしかわからない寂しさと虚しさだ。35歳までには死にたいと思うし、そんな自分にうっとり恍惚とする俺である。

明日は劇場9時入りなので、さっさと寝る。朝起きて一仕事するから。もう寝かせて。