PLAYNOTE アーモンド二粒分の、私

2012年01月19日

アーモンド二粒分の、私

[雑記・メモ] 2012/01/19 02:47

ヌード・マウス、稽古は進む。今日はクライマックスの8場・9場を、何の臆面も無く公開稽古しておった。ネタバレ上等、稽古なんかいくらでも見てってくれ。だって、稽古は多分観ていて面白いし、だって、演劇は、劇場でスタッフとお客が集結してはじめて完成するものだから。稽古を観たって、味見にはなるけど、味わいはお皿の上で生まれるものさ。

そんな私のここ最近の日記をだらだら書くぞ。

今日は12時半に稽古場入りして、山本亨さんが髪を切られている様子を眺めたりしながら、稽古プランを練っていた。山本亨氏は本当にオモシロ俳優である。JACで暴れ回り、つかこうへいに見出され、tptをどっしり支えながら、阿佐ヶ谷スパイダースなんかにも出たりして、そして今も新宿を飲み荒らしながら、演劇と丁寧に向き合っている。今日、8場をカットした瞬間に、亨さんの目が潤んでいて、何だかとってもほっこりした。経験もキャリアも修羅場も一番上の人間が、一番真摯で真剣であるというのは、モリー・スウィーニーのときにもCaesiumberry Jamのときにも感じたことだが、毎度毎度頭が下がる。俺を殺せ。俺のようなやくざ者を殺せ。

そうして俺は、佐藤みゆき嬢にセクハラギリギリのアプローチを繰り返していた。もちろんおっぱいもおしりも触っていない。それは手が後ろに回る可能性があるし、俺は仮にも正式にも、紙の上でも気持ちの上でも妻帯者だ。お芝居の内容的に、性に関するトークはしなきゃいけないしね! ってことで、わけのわからん勃起や衝動やチョンチョンのことについて、へらへらと語りかけていた。

増田くんは髪を切ってかわいくなった。あと芝居が、ぐっと良くなった。若い人は本当に伸び率が異常だから面白い。最初はイライラすることがあっても、やっぱり軽々乗り越えてくる。そりゃそうだよ。彼はやっぱり、魅力もあるし、誠実だし、全力だもの。

そして大原さんが髪を切るのをほとんど見ずに、メイクさんから「こんな感じでいいですか」→「どうでもいいです」とひどい受け答えをしていた。もちろん冗談であるが、メイク大宝さんとは謎にウマがあう感じがする。彼女のセンスは信じていいし、大原くんを僕は大変に買っている。ぶっちゃけた話、新生DCPOPの新たな柱が、彼である。丁寧に仕事をし、真剣に打ち込んでいる。稽古にね。

そしてひたすら稽古をしたわけだが、やっていて、妙な感じに陥るね。俺は神だ。台詞も動きも美術も何もかも、思い通りにできる、神なのだ。作・演出だもの。ひどく臆病で、ひどく心配性の神である。いろんな人の意見を聞き、反応を伺い、確認をとりながら、一つ一つ組み立てていく。「大丈夫、俺を信じろ」と言いつつ、「任せろ、俺が責任とる」と言いつつ、一歩一歩、ヒヤヒヤと、しかし確信を持って、積み上げていく。演出家とは、ひどく臆病で、そして自由自在で、最後には打たれまくる神である。だがそんな批判も意見もどんと来いである。やりきった感触、誠実なモノ作りさえ自宅と稽古場でやることができれば、批判も意見も異論も喧嘩も、みんなパクッと飲み込むことができる。たまにノドに骨が引っかかって、酷い痛みを引きずることはあるけれども。

超・超・超、オーソドックスな会話劇、正統派ロックバンドとしての会話劇をやっている。初演で奇を衒う必要なんかない。台本がしっかりしてればスタッフが余計な主張をする必要もない。美術も照明も音響も、結構強い志向性を持ったものを作ってはいるけれど、それも全て俺に言わせれば「正統派」だ。観に来た人が、演劇ってこうだよね、これだよね、これが観たかったんだよね。そういうものが作りたい。今回は、そういうことがやれる、やってもいい、そんな舞台だと思っている。台本も俳優もいいんだから、スタッフはそっと手を添えるだけ。

あ、そうなんだからね。演出家ってのは、スタッフなんだからね、あくまでも。だから俺はカーテンコールに出る演出家が嫌いだ。俺はどこまで行っても裏方だ。スターでも主役でもない。あくまで主役は俳優なのだ。今まで演出家としてカーテンコールに出たことがあるのは、カーテンコールで予想外のダブルコール、トリプルコールが出た時に、場を収束させるために出たことが2回か3回、あるだけだ。それ以外はすべて、断っている。裏方としてのプライドです。

そして家に帰って事務作業を淡々延々とやっている。明日の通し稽古のことを考える。楽しみである。今日、俳優は30分くらい早めに帰らせて、明日の入り時間もちょっと遅くして、そんな余裕を与えておいて、こんなことを言った。「明日の通しを、俳優が気持ちよくやるのが何より大事」「ベストを見せて頂きたい」「そんでダメだったら、またどんどん稽古し、指定し、変えていきます」。こういう言い方をしたのだから、俳優は全力で立ち向かってくるはずだし、そういう余裕を与えたのだから、俺も俺で全力でやれるというものだ。ダメ出しがゼロだったらいいのにな。そうしたら演出家は稽古場にも現場にも不要になる。演出家とは、ある意味では、自分が必要とされないことを目指して頑張る仕事なのだろう。

はい。寝ます。あと、是非、観に来て下さいね。マジで金がないって人は、俺にメールして下さい。観て欲しいから、あの手この手でいろんなことを、考えますよ。舞台って本当にね、毎度毎度のことだけれども、この期間を逃したら観てもらえないってのが残念だ。わたし明日も頑張ります。