PLAYNOTE ハダカネズミのサイレントホイール

2012年01月17日

ハダカネズミのサイレントホイール

[雑記・メモ] 2012/01/17 01:11

ヌード・マウス、稽古は進む。まるで他人事のように進んでいく。事実、稽古をしている最中の、ギヤの入った自分は別人のようである。我が事ながら、「お前だれ」って思いながら、今日や昨日を振り返る。

考えていることが多過ぎて、とてもブログにまとまる分量ではない。言いたいことなど一つもない、抱える矛盾があるだけだ。

などとネガティブなことを書き出したが、稽古自体は嫌に順調である。うーん、いや、正確に言うと、やるべきことがわかっていて、それをやる。そういうことができているし、ちっとも焦っていない。現場的にはどんどん焦れ、追い込め、攻め続けろ、そういう時期に来ているのだが、俺は一つも焦っていない。何故ならば、焦ることは演出家にとって全く妥当なチョイスとは言い難いことが、わかっているからだ。

以前、先輩に言われたことがある。先輩と言っても、年齢で言えば一回り半、経験で言えば二回り、人徳で言えば三周りくらいの先輩である。演出家が前のめりになっているときは、危険だ。演出家は、だらだら、適当に稽古見ているくらいがちょうどいい。つまらねぇなぁ、この芝居、何をたらたらやってやがる。ひでぇ本だな、この本は、どれ俺がちょいとまともにしてやるか。それくらいがちょうどいいのだと。

わからんでもない。わからんでもないのだ。そして実際、俺も俺で、いざ、というときは前のめりならぬ"後ろのめり"で稽古を見るよう心掛けてはいる。しかしながら熱というのは人間から人間に伝播するものであり、引いて扱う、落ち着いて取り仕切る、そういうことがマイナスに働く場合もある。すげー簡単に言うと、演出家が本気を出さないと、役者も本気を出さない。

だから、というわけでもないのだが、今日は「もう一息でこのシーン一皮むけそう」というところで、久々に前のめりな稽古をやったが、やはり疲れた。しかしそれ以上に俳優の変化変貌が見事である。うぜぇなぁ、と思う。僕は基本的には人間を信じたいクチの人だ。怒らなくてものび太は宿題をやって欲しいし、「こんなんじゃ予選敗退だぞ! やめちまえ!」と言われなくてもバスケ部はインターハイを目指すべきだ。俺はそうやって生きてきたから、人に叱咤されることが嫌なのだ。

だがしかし、ドラえもんとのび太が他人ではないように、コーチと部員が他人ではないように、やはり演出家も「ふーん」「へぇ」「そんなもんか」ではならんのだ、という、極めてありきたりな事実を感じた今日であった。逆にズゴゴゴと前のめりになってみたら、やはり現場は動いたし、俺も楽しかったし、そういうときの俳優は賞賛したい。僕はガチの俳優は、演出家などよりよほどミラクルに近い存在だと思い、心から尊敬している。

しかし疲れた。明日もこの意気で稽古をするだろう。より一層、疲れるだろう。それでいいのだろう。文学、芸術、科学思想、そういったものに寄与することこそ、何にも増して人間の喜びであり、輝きである。

ヌード・マウスは、来週火曜日から本番です。1/24から! 楽しみに待っていてくれよな。劇場で会おうぜ。