PLAYNOTE 吠え声

2011年12月01日

吠え声

[雑記・メモ] 2011/12/01 03:07

どうにも腹の具合がよくない。

腹の具合がよくない、というのは別に、ユルんでいるとか下しているという意味でなく、釈然としないあれこれがあるということである。作品はいいまとまりを見せてきたと思うし、やればやるほどよくなるだろうとも思うんだが、釈然としない気持ちがある。

今日は永井愛大先生に加えて大尊敬申し上げている松岡和子先生や扇田昭彦さん、サムライ広田淳一、波止場の一匹オオカミ女・石丸さち子様や戦友・井上裕朗、来年ご一緒するこゆびマドンナ佐藤みゆき嬢に加えて神と呼ばれた男・増田俊樹くんなど、そらあもう豪華な客席で、一番ヒヤヒヤしもしたが、結果的には一番楽しいステージであった。暴力的な何か、というところまで、足を半歩踏み出せたのが気持ちよかった。ステージから客席を眺めたら、扇田さんがニコニコしていて、高校生の頃、ミッドナイトステージ館を毎週見まくり、あの目玉を毎週見つめていた自分のことを思い出したりもした。

そんな合間に来年の仕事に先鞭をつけたり、ヌード・マウスのことを考えたり、若手演出家サミットの庶務をすませたり、アイシティに行ったりゴーゴーカレーに行ったりしていた。あ、あと春風舎の仕込みチェックにも行ったな。俺はもはや分身していた。同時並行的に存在する思念体としての俺が、肉体を超えて中野や池袋、小竹向原に広く浅く展開され続ける一日であった。

しかしそれでも腹の具合がよくない。喧嘩上等の企画の割に、何だかみんな静かなんだもん。議論もせずにいいもん作れるか! ……とは、実は俺は思わない。議論よりいいもん作れるから演出家がいるのである。しかし、『日本の問題』とぶちあげた割に、周囲が静か過ぎる。問題提起や呼びかけだけでは意味が無いのだ。議論もしないで投票ばっかやってるから、この国の民主主義はおかしなことになったのだ。

「問題提起や呼びかけだけでは意味が無いのだ」と書いたのは、実は超・強烈な自戒を含んでいる。こないだ『Caesiumberry Jam』なんて再演しちゃって、「4年も前に書いてたとか予見してたね」なんて言われて「いえいえ」なんてへどもどしてたが、逆である。4年も前に書いておきながら、俺は原発事故を食い止めることに1ミリだって貢献できなかった。声を上げたことだけを誇っても、意味が無いのだ。

「ワタシは前から言ってたんですけどね」とか、ださすぎる。「ワタシは前から言ってたんですけどね」とか言いながら眉にシワを寄せている評論家だのコメンテーターだの、己を恥じよと思う。俺は随分前から「実体経済」という言い方に「へ?」って感じがしていて、じゃあ逆に実体がない経済って何なんだよ、超おもしれーなそれ、いや理屈は全部わかってんだけど、お化けみたいですげーなぁ、とか、もやもやしてたんよ。そして今、我々がやっている言論には全く実体がない。

もちろん俺は最初から言っていた通り、いい作品を作るだけである。政治家でも評論家でもコメンテーターでもないし、ましてや活動家でも革命家でもない。いい作品さえ作ってればいーじゃーん、アートの話だけしてりゃいいじゃーん。その通りだ。でも、そんな俺だってジョン・レノンの子どもだからさ。ジョンの無念を知ってる身としては、やはり同じ無念を感じざるを得ない。

くだらないことを書いたので寝る。最近こうしてくだらないことを書き続けているのは、『ヌード・マウス』への指慣らしだ。アウトプットを増やさなければならない。指が少しなまっている。

コメント

投稿者:海坊主 (2011年12月02日 00:27)

今夜はポケットでお話できなかったので、一言。

アドリブに見えないのは谷さんを含めて、全員がプロのアクターとして存在が成立してるからですよね。
あと、アナウンスとのタイミングが良くあっているからかな。
どこまで壊せるのかも楽しみですけど。

谷さんの作品としては、分かりやすい作品だなと思ったけれど、十分美しくて観て損は無いと思いました。
中嶋さんや詩森さんのも好きです。

ただ8組を全部見た個人的印象では、谷さんの「集団」としての問題提起の対局に位置するような、「個」に焦点した作品を演じるチームが欲しかったなとは思うけど。
谷さんはプロデューサーじゃないしね。

何はともあれ、お疲れ様でした。